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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest31:葛葉を討伐せよ その12


※


 マコトが背中から地面に叩きつけられた瞬間、ユウカは頭の中が真っ白になった。

 視界が暗くなり、周囲の喧噪が遠ざかった。

 そんな中で自分の呼吸と心臓の音だけがうるさいくらい響いていた。

 あの倒れ方はマズい。

 そう、直感した。

 すぐに駆け寄り、水薬(ポーション)で治療しなければならない。

 だというのに脳裏を過ぎるのは疑問だけだった。

 マコトは――自分達は上手くやった。

 ダンジョンの最下層に辿り着き、葛葉を追い詰めた。

 それなのに、どうしてマコトが倒れているのか。

 何故、何事もなく終わってくれなかったのか。

 それだけでいい。それ以上のことなんて望んでいない。

 マコトだって――彼の場合は三人の恋人とよろしくやる所までセットか。

 ユウカにとっては愉快なことではない。

 正直に言えば不愉快だ。

 何と言うか、そういうことを臭わされるのが嫌なのだ。

 よくもまあ、そういうことに夢中になれるものだとも思う。

 もっと他にやることがあるんじゃないかとさえ思うが、これはユウカの問題だ。

感情的に嫌というだけの話だ。

 マコトには重要なはずだ。

 それなのに、なんで、どうして、フェーネの弟――レドを庇ってしまったのか。

 自分の幸せを考えていればいいのに。

 いや、分かっている。

 きっと、咄嗟に庇ってしまったに違いない。

 マコトは変な所でお人好しなのだ。

 だから、これは必然だ。

 今日でなくてもいつか起きていた。

 偶々、今日だっただけだ。

 駄目だ。こんなことを考えている場合じゃない。

 この思考は無駄だ。空回りしているのと変わらない。

 マコトが倒れている。

 腕の断面から心臓の鼓動に合わせるように血が噴き出している。

 早く止血しなければ死んでしまう。

 そうだ。一分一秒を争う状況なのだ。

 それなのに、こんな意味のないことをしていてどうするのか。

 まったく、度し難い愚かさだ。吐き気がする。

 どうして、上手くできないのだろう。

 いつも上手くやりたい時に限って失敗する。

 この世界に来た時だって――。

 思考が疑問と自己嫌悪、後悔に埋め尽くされる。

 だが、体は動いた。動いてくれた。

 マコトに駆け寄り、右腕が上になるように体を傾ける。

 血がセーラー服を赤く染める。

 濃密な血の臭いに吐き気を覚えるが、構わずにスカーフで腕を縛って止血する。

 マコト! しっかりしなさい! と言葉を紡ぐ。

 そのつもりだが、自信がない。

 片手で腕の断面を押しつけ、もう片方の手でポーチを漁る。

 苛々しながら水薬を取り出し、腕に振りかける。

 水薬が光を放ちながら蒸発し、マコトの腕がゆっくりと治っていく。

 腕が繋がり、ホッと息を吐いた時、それは起きた。

 時間を遡るように傷が元に戻り始めたのだ。

 どうなってるのよ! とユウカは悪態を吐き、新しい水薬を取り出した。

 改めて水薬を掛ける。

 傷がゆっくりと治り、また元に戻る。


「――――ぁぁぁぁぁぁッ!」


 不意に音が戻り、葛葉の絶叫が鼓膜を貫いた。

 顔を上げると、葛葉はのたうつように飛び回っていた。

 鳥籠にぶつかる鳥みたいだ。

 鳥と違うのはぶつかるたびに岩が落ちてくることと耳障りな音が聞こえてくることだ。

 葛葉が体を構築するパーツ――ガラスの破片のようなものを組み替えているせいだ。

 最適な形を取るためにパーツを組み替えているのか。

 そうしなければ動けないのか。

 どちらにしても耳障りな音に変わりはない。


「何処までもムカつく女ね」


 ユウカは吐き捨て、立て続けに水薬をマコトに掛けた。

 だが、先程と同じことが繰り返されるだけだった。

 まるで――いや、呪いなのだろう。

 それなら、とユウカはフジカに視線を向けた。

 すると、フジカはびくっと体を震わせた。


「体を竦ませる暇があったら来なさい!」

「分かったし!」


 フジカが駆け出し、やや遅れて他の四人――リブ、ローラ、メアリ、アンが駆け出す。


「頭を下げて下さい!」

「――ッ!」


 フジカが頭を下げ、ローラが落下してきた石を盾で弾き飛ばす。


「お前様! お前さまぁぁぁぁッ!」


 葛葉の絶叫が響き渡る。

 パーツを組み替える音もそうだが、絶叫も耳障りだ。


「お待たせだし!」


 フジカは滑り込むようにマコトの傍らに跪き、手を組んだ。


「ペリオリス様! 癒やしの奇跡をお願いしますッ! 治癒(ヒール)ッ!」


 捲し立てるように祈りを捧げ、マコトに手を翳す。

 柔らかな光が放たれ、傷が塞がり始める。

 だが、今回も結果は同じだ。


「き、傷が――ッ!」

「アンタの魔法なら何とかなると思ったのに」


 ユウカは顔を顰めた。


「呪いを解く方法は?」

「教会に行くか、解呪の魔法しかねぇッ!」


 ユウカの問いかけに答えたのはリブだった。


「駄目元で聞くけど、解呪の魔法は?」

「使えないし」


 フジカは申し訳なさそうに言ったその時――。


「ほら! 早くこっちに来るッス!」

「で、でも、葛葉が!」


 フェーネとレドの声が聞こえた。

 声のした方を見ると、フェーネがレドを引き摺ってこちらに向かっていた。

 レドの言葉に怒りが込み上げてくる。

 誰のせいでマコトが死にかけていると思っているのか。

 轟音が響き、ダンジョンが揺れる。

 葛葉が天井に激突したのだ。

 さらに地面に落下して狂ったようにのたうつ。

 不意に動きが止まる。


「お前様ぁぁぁぁぁッ!」


 葛葉は絶叫し、フェーネとレドを追いかける。

 二人を呑み込もうと大きく口を開け、猛スピードで背後から迫る。


「援護をッ!」

「雷よ!」

「昇天(ターン・アンデッド)!」


 ローラが叫び、リブがポールハンマーから雷を、フジカが魔法を放つ。

 だが、雷は虚しく弾かれ、昇天は効果があったのかさえ分からない。

 一瞬だけ動きが鈍ったような気もするが――。

 葛葉はフェーネとレドのすぐ後ろにまで迫っていた。

 呑み込まれたらどうなるのか。

 体を切り刻まれるのか、葛葉と同化してしまうのか。


「姐さ~んッ!」

「――ッ! 分かってるわよ!」


 フェーネが叫び、ユウカは立ち上がった。

 レドのことはムカつくが、フェーネにまで死んで欲しいとは思わない。

 仲間――なのだ。


「再詠唱(リピート)!」


 杖を構え、魔法を放つ。

 光が膨れ上がり、礫となって葛葉に向かう。

 礫は九つに分裂し、フェーネとレドを避けて葛葉に突き刺さる。

 いくつかのパーツが地面に落ちて砕けるが、ダメージを受けたようには見えない。

 無理もないか。

 今使ったのは追尾弾(ホーミング・ブリット)だ。

 スキルで強化しているとは言え、元は対人用の魔法だ。

 無数のパーツで構築されている今の葛葉とは相性が悪い。

 面攻撃をするか、範囲攻撃をすべきだ。

 だが、呪文を詠唱している暇がない。


「再詠(リピ)――」

「あたいが時間を稼いでやらぁぁぁッ!」


 再詠唱(スキル)を使おうとしたその時、リブがポールハンマーを担いで飛び出した。


「死ぬ気ッ!」

「そんなつもりはねーよ! さっさと呪文を唱えろッ!」

「くッ――スキル! 魔法極大化(マキシマイズ)、並列起動(マルチタスク)×100」


 ユウカはスキルを使い、詠唱を開始する。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く――」

「頭を下げろ!」


 フェーネがレドを押し倒し、リブは回転しながら距離を詰める。


「お前様ぁぁぁぁぁぁッ!」

「颶風撃!」


 葛葉が叫び、リブは裂帛の気合いと共にポールハンマーを振るった。

 轟音が響き、葛葉が見えない壁に激突したかのように動きを止めた。

 初めて見る技だ。

 どういう原理なのか気になるが、今はそんな場合ではない。


「うらぁぁぁぁぁぁッ!」

「あぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 火花のようなものが飛び散り、リブが吹き飛ばされる。

 背中から地面に叩きつけられ、激しく咳き込む。

 隙だらけ。完全に無防備な状態だ。

 このままではやられてしまう。

 だというのに葛葉はフェーネとレドに襲い掛かった。

 ユウカは杖を葛葉に向けた。


「顕現せよ、魔弾(ブリット)!」


 光の本流が葛葉を呑み込み、体を削り取る。

 苦痛からか、葛葉は魔弾から逃れようとのたうつ。

 光が途切れる。

 すると、葛葉はユウカに向かってきた。

 お前様と叫んでいたくせに尻の軽い女だ。


「お前様ぁぁぁぁぁぁッ!」

「再詠唱! 再詠唱ッ! 再詠唱ッ!」


 あたしはアンタの男じゃないわよッ! と叫びたいのを堪えて魔法を放つ。

 光の本流が葛葉を吹き飛ばす。


「あぁぁぁぁァァァァAHAAAAAぁぁぁぁッ!」


 絶叫が響き渡る。

 身の毛もよだつとはまさにこのことだ。

 光が途切れ、葛葉の体が崩れ落ちた。

 ユウカは杖を構えながら地面を見つめた。

 文字通り、葛葉はバラバラになっていた。

 倒せたのだろうか。

 倒せたと思いたいが、この程度で倒せるほど甘くないはずだ。


「痛ッ! くそッ、超痛ぇ」


 リブが起き上がり、ユウカに歩み寄る。

 痛みに顔を顰めながらもポールハンマーを構える。


「倒したのか?」

「分からないわよ」

「警戒を怠らないようにしましょう」


 いつの間にやって来ていたのか、ローラがユウカの前に立つ。


「レド、早く立つッス」

「……」


 フェーネがレドを引き摺り、ユウカ達の陰に隠れる。

 レドは茫然自失といった有様だ。

 ありがたいと言えばありがたい。

 この期に及んで葛葉の名前を呼んだら思いっきりぶん殴ってしまいそうだ。

 殺人によるペナルティは勘弁して欲しいが、ぶん殴ったら気分がいいだろう。


「治癒!」


 背後からフジカの声が響く。

 正直に言えばすぐにでも振り返りたいが――。


「やっぱり、傷が塞がらないし!」


 フジカが叫び、カタッという音が聞こえた。

 音は地面――葛葉のパーツから発せられていた。

 最初は一つ、次は二つ、その次が四つ――共振するように音を放ち始める。

 パーツが一斉に浮かび上がり、渦を巻き、数を増やしていく。

 それらは再び組み合わさり、狐の姿となる。

 ごくり、とユウカは喉を鳴らした。

 葛葉が先程よりも大きくなっていたからだ。

 今もパーツが分裂し、大きく鳴り続けている。

 このまま大きくなったらダンジョンの壁に挟まれて死んでしまうのではないか。

 そんな不安が湧き上がる。

 その時――。


「Aaaaaaaaaaaaa!」


 葛葉は吠え、真上に飛んだ。

 ガラスの砕けるような音が響くが、砕けたのは葛葉ではない。

 ダンジョンだ。

 砕けた天井の向こうに月が浮かんでいた。

 ぐらりと視界が傾く。

 魔法の使いすぎかと思ったが、そうではない。

 ダンジョンが揺れていた。

 突き上げるような衝撃が全身を貫いた次の瞬間、ダンジョンが砕け散った。

 思わず目を閉じる。


※


 ユウカが目を開けると、そこは地上だった。

 目の前にはリブとローラがいる。

 肩越しに背後を見る。

すると、そこには他の六人――マコト、フェーネ、フジカ、メアリ、アン、レドがいた。

 ホッと息を吐いたその時――。


「あぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 絶叫が響き渡り、反射的に空を見上げる。

 すると、上空で葛葉が8の字を描くように飛行していた。


「治癒、治癒、治癒――」


 フジカの呟きが聞こえて振り返る。

 気づかれるから魔法を使うのを止めなさい。

 そんな言葉が喉元まで競り上がるが、辛うじて呑み込む。


「ユウカ! 転移をッ!」

「――ッ! 分かってるわよ!」


 フジカが顔を上げて叫び、ユウカは叫び返した。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移(テレポーテーション)!」


 魔法陣が展開するが、激しく明滅して消滅した。


「どうしてッ?」

「……転移を阻害されてるのよ」


 フジカが悲鳴じみた声を上げ、ユウカは小さく呟いた。

 改めて空を見上げる。

 葛葉はまだ空を飛んでいる。

 ムカつく女だ。

 ぶん殴ってやりたいが、できない。

 空を飛ぶ魔法はまだ覚えていないし、あの女はぶん殴ったくらいでは死なない。

 それに、マコトをどうにかしなければならない。

 だから、クールに振る舞うべきだ。

 ユウカはフェーネに視線を向けた。


「……フェーネ、馬車の場所は分かる?」

「分からないッス。けど、誰かが近づいてきてるッス」

「誰かって誰よ?」


 ユウカが問い返した次の瞬間、ガサッという音が響いた。

 リブとローラが武器を構え、ユウカは音のした方を見る。

 すると――。


「何かと思ってきて見れば、やはりお前達か」


 茂みを掻き分けて現れたのはフランクだった。

 フランクはマコトを見て、軽く目を見開いた。

 跪き、傷を確認する。


「……呪いか?」

「見ての通りよ。早く治したいんだけど……」


 ふと疑問が湧き上がる。

 何故、フランクは傷を見ただけで呪いと気づけたのか。

 ベテランだからと言われればそれまでだが、落ち着きすぎではないか。

 因縁を付けられていると思われるかも知れない。

 それで失敗することが多いのだ。

 だが、何もしないで後悔するよりはマシだ。


「……アンタ、呪いの解き方を知ってるんじゃないの?」

「何故、そう思う?」

「落ち着きすぎてると思ったのよ」


 そうか、とフランクは苦笑した。


「で、どうなの?」

「知っている。呪いを解くのではなく、打ち破る方法だが」

「やって」

「分かった」


 意外にもというべきか、フランクは素直に応じた。


「そんなに不思議か?」

「ええ、断られると思ってたから」

「揉めている場合ではないからな」


 そう言って、フランクは月を見上げた。

 つられて上を見ると、葛葉が落ちてきていた。

 あくまで目測に過ぎないが――。


「ここに落ちてくる?」

「そういうことだ。守りは任せたぞ」


 フランクは穏やかな笑みを浮かべ、目を閉じた。

 体が淡い光に包まれる。


「ああ、もう! やってやるわよッ!」


 ユウカはケープを翻し、杖を構えた。


「スキル・魔法極大化! 燃えろ燃えろ劫火の如く――」


 呪文の詠唱を開始するが、その間にも葛葉は近づいている。


「爆ぜよ爆ぜよ火山の如く、我が敵と共に燃え尽きろ! 顕現せよ! 灼熱の世界! 炎爆(フレイム・バースト)!」


 魔法陣が展開し、その中心から赤い光が伸びる。

 赤い光が葛葉を貫き、炎が膨れ上がった。

 炎が夜空を赤く染め、ユウカは大きく息を吐いた。

 頭が痛い。吐き気がする。

 体が怠い。猛烈に眠い。

 この感覚には覚えがある。

 どれくらい魔法が使えるか試した時に経験した。

 魔力が尽きかけているのだ。

 その場にへたり込みそうになるが、何とか堪える。

 経験上、まだ無理ができる。


「……お願い。終わって」


 ユウカは祈るような気持ちで炎を見つめた。

 だが、期待は裏切られた。

 炎の中から葛葉が飛び出してきたのだ。

 地面を転がり、五十メートルほど離れた所で止まった。

 体は半ば溶けていたが、あっと言う間に再構築を完了する。


「あぁぁぁ、Aaaa、アァァァァ――」


 葛葉は吠え、駆け出した。


「再詠唱!」


 ユウカは杖を葛葉に向けて叫んだ。

 魔法陣が展開し、赤い光が迸る。

 炎が炸裂し、周囲の木が燃え上がる。

 葛葉は体半分を吹き飛ばされながらもスピードを緩めない。

 体を構築するパーツが分裂し、元に戻る。

 心なしか、体が大きくなっているような気がする。


「動きが速すぎる!」

「もう一度、あたいが足止めする!」


 ユウカが叫ぶと、リブが飛び出した。

 ポールハンマーを振り上げ、回転しながら葛葉に迫る。


「颶風撃・改!」


 漆黒の炎がポールハンマーを包み、回転が加速する。

 竜巻と化したリブが葛葉と激突する。

 轟音が響き、葛葉が宙を舞った。

 ただし、ユウカ達に向かって。

 激突した瞬間にパーツを切り離したのだ。


「再詠しょ――」

「アァァァァぁぁぁaaaaaa!」


 ユウカは魔法を放とうとしたが、間に合わない。

 覚悟を決めて葛葉を睨んだその時、ローラがユウカと葛葉の間に割って入った。


「衝撃反転(リフレクション)!」

「Aaaaaぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 ローラが盾で葛葉を受け止めるが、跳ね返すことはできなかった。

 それどころか、押し切られそうになっている。


「おぁAaaaaaaaaaaッ!」

「不破城砦(アンブレイカブル・ディフェンス)!」


 ローラが叫んだ瞬間、動きがぴたりと止まった。

 肩がわずかに沈み――。


「盾撃(シールド・バッシュ)!」


 次の瞬間、ローラと葛葉が弾けるように吹き飛んだ。

 葛葉が再び宙を舞う。

 ただし、今度は自分の意思ではない。


「再詠唱! 再詠唱ッ! 再詠唱ッ!」


 魔法を立て続けにぶち込む。

 炎が葛葉を呑み込み、熱が押し寄せる。

 ひりひりと肌が痛む。

 距離があってもこれだ。

 その中心にいる葛葉は無事では済まないはずだ。

 少なくとも人間なら消し炭になっている。

 それほどの熱量だというのに――。


「アァァァァぁぁぁaaaaaa!」


 葛葉は体を再生させながら炎の中から飛び出してきた。


「再詠――」


 ぐらりと視界が傾ぎ、ユウカは堪らず膝を屈した。

 限界だ。魔力が尽きた。だが――。


「再詠唱!」


 ユウカは気力を振り絞って魔法を放った。

 情けないほど小さな炎が灯る。

 今度こそ、本当に限界だ。

 葛葉が迫っている。

 どういう訳か、狙いはユウカのようだ。

 この尻軽女、と睨み付ける。

 瞬間、頭上を風が通り過ぎた。

 風が葛葉を貫き、内側から爆ぜる。

 葛葉はバラバラになり、五十メートルほど離れた場所で元の形に戻った。

 背後から足音が近づいてくる。

 足音の主――マコトは何事もなかったようにユウカの脇を通り過ぎ、立ち止まった。

 腕はある。

 どんな方法か分からないが、フランクが呪いを解いてくれたのだ。

 不覚にも泣きそうになる。


「わ――」

「ちッ、この主人公気取りが」

「もう少し寝てりゃよかった」


 ユウカが悪態を吐くと、マコトはぼそぼそと呟いた。


「ほら、ここから先はアンタの仕事よ。サボってた分、頑張りなさい」

「分かったよ」


 マコトは深々と溜息を吐き、走り出した。

 すると、葛葉も駆け出した。

 両者の距離は瞬く間に縮まり――。


「アァァァァぁぁぁaaaaaa!」

「変神(メタモルフォーゼ)!」


 激突する寸前でマコトは漆黒の炎と化した。

 漆黒の炎は爆発的に収縮し、黒い光の点となる。

 そして、黒騎士が現れる。

 黒騎士が体を突き抜け、葛葉はまたしてもバラバラになった。


「アァァァァぁぁぁaaaaaa!」


 耳障りな声を上げ、葛葉のパーツが宙に浮かび上がる。

 旋風のように渦を巻き、一斉に真上に飛ぶ。

 それを追って、黒騎士が飛ぶ。

 わずかに遅れて風が押し寄せる。

 立つのもやっとという強風、いや、爆風だ。

 月を背景に黒騎士と葛葉は戦いを開始する。

 ぶつかり、離れ、またぶつかる。

 現実という感じがしない。

 マンガか、アニメか――神話のようだ。


「……とんでもないわね」

「フランクさん! フランクさんッ!」


 フジカの声で振り返ると、フランクが仰向けに倒れていた。

 ユウカは嫌な予感を抱きながら歩み寄り、跪く。

 すると、フランクは億劫そうに目を開いた。


「……役目は果たしたぞ」

「どうして、倒れてるのよ?」

「気を与えたせいだ」

「――ッ!」


 ユウカは息を呑んだ。

 今になってフランクの真意を理解する。

 彼は呪いを解くのではなく、打ち破ると言った。

 つまり、それは――。


「気にするな。俺は俺の役目を果たしただけだ」

「死ぬの?」

「さて、な。再び目を開けられるかは運次第だ」


 フランクは男臭い笑みを浮かべて目を閉じた。

 ねぇ? と呼びかけるが、ぴくりとも動かない。

 胸が上下しているので死んではいないようだが――。


「す、すみません。できれば水薬か、治癒を……」


 申し訳なさそうな声に顔を上げると、少し離れた場所にローラが倒れていた。

 腕や脚が捻れていて、かなりヤバそうだ。


「ローラも治癒を使えるんでしょ?」

「使い果たしてしまいました」

「そう言えば呪いは?」

「私は大丈夫なようです」


 ユウカは胸を撫で下ろした。

 ローラまで呪われたら洒落にならない。


「フジ――」

「後ろッ!」


 フジカが叫んだ直後、爆風が押し寄せてきた。

 風が収まり、目を開ける。

 すると、地面がクレーターのように陥没していた。

 黒騎士はその中心で倒れていた。


「アァァァァぁぁぁaaaaaa!」


 声が響き、顔を上げる。

 黒い炎を纏った葛葉が黒騎士目がけて突っ込んでくる。

 あたしが何とかしなきゃ、と杖を構えたその時だ。

 黒騎士が胸の中心に指を突き立てた。

 胸部の装甲が砕ける。

 だが、その下には何もなかった。

 闇が蠢いているだけだ。

 不意に闇が動きを止める。

 周囲はしんと静まり返っていた。

 葛葉の声さえ聞こえない。

 何の前触れもなく、闇が噴き出した。

 黒騎士から噴き出した闇は葛葉を呑み込み、さらに天高く上っていく。

 そして、空が砕けた。

 ユウカは呆然と空を見上げた。

 砕けた空の向こうにあったのは月と建造物の残骸らしきものだった。

 呆然としている間に穴は塞がり――。

 ハッとしてクレーターの中心を見ると、マコトが手足を投げ出した状態で倒れていた。

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8月3日コミック第5巻発売‼


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