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もう一人のツバサ

2 もう一人のツバサ

『ブンッブンッブーンッガツッ』農夫がものすごいスピードで、手に持つクワをツバサめがけて振り下ろしてくる。

 何とか右に左に体をかわしてよけるが、ついにはよけきれず両腕をクロスさせ、脳天ぎりぎり十字受けでようやく止めた。


 まさか一般町民と戦闘になるなど夢にも思っていなかったから、上級格闘家の胴着は着用したのだが、天空の拳士の盾も、光の爪も装備していないのだ・・・つまり武器も防具も装備していない状態で、最高経験値で来たはずの中央のメンバーと戦わなければならないのだ。


「ふんっ、流石だな・・・レベルから行くと、俺よりもはるかに低いレベルだというのに、何とか攻撃をしのいでいる・・・、ううむ・・農夫姿の俺では敵と認識できないから、世界最強は発動しないはずなのにな・・・。

 だがまあ・・・、そんな頑張りもいつまで持つかな?オラオラオラッ!」


『ブンッブンッブンッブンッブーンブンッ』農夫はクワを持つ手を長く伸ばして、高速でクワを振り回し始めた。


「とうっ!」

『タッ』その様子を見て、ツバサはすぐに華麗に宙へと舞い上がった。


『タッシュタッドゴッ』『ドーンッ』ところがすぐに別の方向からもう一つの影が、ツバサより高く舞い上がったかと思うと、ツバサの上方から鋭い膝蹴りが飛んできて、ツバサはもろにそれを右わき腹に受けて墜落した。


「空中殺法は君だけの特技だと思ったら大間違いだよ・・・、僕だって身は軽いのさ・・・なにせとび職だからね。」


「げぼっ・・・」

 地に落ちたツバサの視線の先には、ねじり鉢巻きに半そでシャツ・・・ニッカポッカに地下足袋姿の若者がツバサを見下ろしていた。


 恐らく町長の息子に化けていたのだろう・・・、2人とも最高レベルでやってきた町人と考えられる。

 変装ではない・・・完全に姿かたちが異なっていたようだ・・・、他人に化けてしまうような変身術をも身に着けていると考えられる。


 その能力を使って、魔王や魔神に成り代わってしまおうと考えているのだろうか・・・。


「あなたたちは・・・、あたしを騙していたのですね・・・。」

『シュッ』何とか立ち上がったツバサは、血が滴る唇を右手の甲でぬぐいながらとび職を睨みつけた。


「騙す?とんでもない・・・僕はツバサの大ファンだよ・・・、何せかわいいからね。

 だからハヤテがツバサをシメンズから引き離そうと提案したときに、僕がツバサを口説いて引き留めることを立候補したわけだ。


 君はあまりにかわいいものだから・・・、君を家の壁に塗りこめてレリーフにしようとしていたくらいさ。」

 とび職は壁塗り用のコテを右手に持ち、それを使って壁を塗り上げるようなしぐさをして見せる。


「なっ・・なんという事を・・。」


「ふんっ・・・前にも言ったが、南部大陸を離れてしまえば、ちょっとやそっとの戦闘では魔王や魔神が目覚めることはない。


 俺たちが直接手を下しても全然かまわないのだが、面倒だからお前たちの退治は魔物に任せることにして、クエストを準備していたんだが、より確実にするためにお前たちを分断することにしたのさ。


 ツバサさえいなければ、この地に不慣れなシメンズメンバーたちなど取るに足らん存在だ。

 協力してくれる仲間の冒険者も、今は一人もいないのだからな。


 なんだったら奴らには最後の最後まで冒険させてやってもいいくらいだ・・・、魔王が目覚める寸前まではな・・・、その方が、この世界が存続しやすいのであれば一番だという奴らも多いのでな・・・。


 なにせ・・・冒険者が居なくなってしまえば、この世界は滅びてしまうかもしれないと主張する奴がいてだな・・・、消滅することを恐れるあまりに、それに同調する奴も出てきたという訳だ。


 それもこれも110年前に戻れないことが原因なのだがな・・・、だがまあ・・いいさ・・・それだってそう遠くない未来には叶いそうだ・・・、だから・・・シメンズをいつでも倒せるくらいにしておけば十分という訳だ。


 それにはツバサ・・・お前の存在が邪魔なのさ・・・。」

『ブンッブンッブンッ』そういうと、またもや農夫がクワを高速で振り回し始めた。


『スカッスカッガツッタッシュパンッ』脳天めがけて振り下ろされるクワを間際によけ、更に返す動作で右わき腹を狙ってくるクワを腰を引いて避けると、そのまま飛び上がってクワの柄を踏み台に高く舞い上がり、農夫の脳天めがけて踵落としを食らわせる。


「くぅー・・・目から火花が出たぜ・・・、だが、今のつばさのレベルじゃあ、しっかり急所を狙ったとしても、致命傷には程遠いようだな・・・、悪いが少しくらくらするくらいで大きなダメージはない。

 だが俺の攻撃は、かすっただけでも大きなダメージを食らわせられるはずだ・・・、いつまで避けていられるかな・・・。」


『ブンッブンッブンッ』ツバサの攻撃をまともに食らったというのに、さほど大きなダメージを感じさせない農夫は、なおも両手に持つクワを振り回してツバサを追いかけまわす。


「とうっ!」


『タッ・・・タタッタッ・・・』『タタタッ・・・シュタッドッゴォーンッ』クワの攻撃をよけながら、ツバサは再度大きな跳躍を見せるが、次の瞬間、またもや大きな影がツバサに襲い掛かり、上空で体が伸びたツバサの腹部に、きついエルボを食らわせた。


「ぐはっ・・・。」

 あえなく墜落したツバサが、口から血反吐を吐きながら地面を転げまわる。


「だから言っただろ?身が軽いのは君だけじゃあないって・・・、君の弱点は空中での無防備な体勢だ。

 まあ人間空を飛べるわけではないから、宙を舞っている間は惰性で飛んでいるだけだからね・・・、そんな中姿勢を自由に変えられるわけはないのだが・・・、君はおそらく誰よりも高く飛べたんだろう。


 だからだろうな・・・、君の空中姿勢には周りへの警戒が劣っているね。

 一番高く上がって、その勢いのまま地上の標的への攻撃態勢に入るから、特に自分の上方は全く無警戒だ。

 ハヤテにおとりになってもらって君が空中殺法に入る瞬間に僕が攻撃を仕掛ければ、面白いように決まる・・・。


 君の攻撃のタイミングは完全に把握したから、もうこれ以上君の攻撃が我々に当たることはあり得ないよ。」

 とび職は自信満々な笑みでツバサを見下ろしている。


『タッ・・・シュタッ』ツバサは悔しそうにとび職の顔を睨みつけながら両足をそろえてあげると、反動をつけて一気に立ち上がった。

『ブンッブンッブンッブーンッ』するとまたしても、農夫がクワを振り回して攻撃を仕掛けてくる。


「くっ・・・」


「それそれそれっ・・・ちょこまかと・・・、だがいつまで逃げていられるかな?」


 ツバサはすぐに跳躍したいのだが、宙高く舞い上がってしまえば、またとび職の空中殺法の餌食になるだけだ。


 どうやら自分よりも遥か高くへ舞い上がる能力を持っているらしい・・・、流石最高経験値でこの地へやってきただけのことはある。

 身の軽いとび職を選択して、その技能に経験値の多くを割り振ったのだろう。



「いっ・・・いいんですか?このまま放送を続けても・・・。

 いつもと違って・・・ツバサさんが滅多打ちされていますよ・・・、このままじゃあ番組の視聴率が・・・。」

 テレビカメラのレンズを通してツバサの姿を追っているカメラマンが、不安げに声をあげる。


「あっああ・・・まさか俺も・・・ツバサさんがただの町人に負けそうになるなんて、考えてもいなかった。

 一瞬で片付けてしまい、ツバサさんは俺たちと一緒に遊覧船乗り場へと急ぐのだろうと考えて、取りあえず生放送でツバサさん復活の経緯を流しておこうと考えていたんだが、どうにも思惑違いだった。


 だが・・・今更やめられないだろ?

 途中でやめたらツバサさんの安否がわからないと抗議の電話が殺到するだけだ・・・、兎も角この戦いの決着までは放送するしかない。


 続行してくれ・・・ただし、もしツバサさんが強烈な一撃を食らって地に付した場合は、決してアップにするな・・・、逆に引いた映像にして、結果をあやふやなままにしておいて放送を終了する。

 いいな・・・。」


『ガチャッ』テレビスタッフは部下のカメラマンにそう指示をすると、自分は中継車に引っ込んで本社へ連絡することにした。



「ちいっ・・ちょこまかちょこまかと・・・いつまでも逃げ回っていないで、いい加減あきらめて倒されてしまうか、攻撃を仕掛けてみろ!」


 あれからどれくらい時間が経過しただろうか・・・、ツバサは反撃する術を失い、ただひたすら農夫の攻撃をよけ続けるだけに神経を集中させた。

 とび職の方はツバサが宙に舞い上がった時のカウンターを狙っているのか、幸いにも攻撃を仕掛けてくることはなかった・・・、つまり今この場の脅威は農夫のクワ攻撃だけだった。


「はぁはぁ・・・おいっハヤブサ・・・、いつまでもただ眺めていないで・・・、お前も攻撃しろ!

 俺はこちら側からツバサを追い詰めるから、お前は反対側で待ち構えていろ・・・うまくすれば、背後から不意打ちを食らわせるはずだ・・・はぁはぁはぁ・・・。」


 息が上がっているところを見ると、強さの割に体力はそれほどないのだろう・・・、いつまでも攻撃を仕掛けられないと踏んだのか、農夫はとび職の男にも一緒に攻撃を仕掛けるよう命じた。


「ああ・・・分かったよ・・・僕はどちらかというと、華麗な空中殺法で決めたかったんだけどな・・・。

 だがまあいいさ・・・、あと1,2撃で決まると踏んでいるんだが・・・、最後は華麗な蹴りで引導を渡してあげるからね・・・。」


 とび職の男の声が、ツバサの背後から聞こえてくる。

 最初からずっとツバサの視覚外へ回り込んで息をひそめカウンター狙いに徹していた、とび職の男も一緒に攻撃を仕掛けてくるという事のようだ・・・いよいよ自分も最後だと、ツバサも観念した。


「はあはあはあはあ・・・。」

 疲れているのは、ツバサも同じだった。


 日ごろから鍛錬を欠かさなかったツバサだが、それでもはるか高レベルの敵からの攻撃を、神経を研ぎ澄ませて間一髪のところで避け続けるのは、普段の戦いの何倍もの疲労を感じさせた。


 さらに2時間ルールという訓練時間の上限も設けられてしまい、それを甘んじて受け入れていたがために限界まで自分を追い込むことがなくなったためか、足がもつれ始めてきていた。


 それでも、こんな卑劣な奴らをこのままにしておくことはあまりにも悔しい・・・、何とか農夫かとび職の男、どちらか一方とでも差し違える覚悟で、前方の農夫と後方のとび職両方の位置関係を把握しつつ、反撃の機会を伺っていた。


「うん?・・・」

 不意にツバサの視界の中に、一人の少女が飛び込んできた・・・。


(あれは・・・あたし???)

 そう、その少女は着ている服装こそ普通の拳法着であるものの、まさにツバサそのものだった。

『タタタッ』その少女は小走りで草原中央に達すると立ち止まり、そこで両手を大きく左右に広げて天を仰いだ。


「がっ・・・たい・・・?」

 迫りくる農夫の向こう側にいる自分の姿を見ているツバサがつぶやく・・・、そう、少女の声は聞こえないが、唇の動きで何を言っているのかなんとなくわかる・・・。


「なんだかわからんが・・・思い通りにはさせんぞ・・・。」

『ブンッブンッブンッブンッ』ツバサの目線の動きから後方の様子を察した農夫が、更に過激にクワを振り回して詰め寄ってくる。


『ズザッザッザッ』あまりの圧力にツバサは堪らず大きく後ろへと下がるが、あまり下がりすぎるととび職の男が待っているのが分かっている。

『スタタタッタッ・・・』仕方なく数歩下がった後前方へ助走して、上空へと舞い上がった。


「待ってましたぁ!」

『タタッタッ・・・』それに呼応して、すぐに後方からとび職が、はるか上空へと飛び立つ。


『シュッ・・・・タタタタタッ』しかしツバサは低空飛行で農夫のすぐ脇上方を飛び越え農夫をかわすと、着地して勢いよく駆けだした。


「ちぃっ、逃がすかあっ!」

『ブンッブンッブンッ』すぐに農夫はUターンしてクワを振り回しながら追い始めた。


「うーん・・・、逃げるとは情けないなあ・・・だがしかし、僕の脚力ならすぐに追いつくさ・・・。」

『シュダッ・・・ダダダダダッ』とび職もすぐに舞い降りてきて駆け出す・・・ものすごいスピードだ。


『タタタタタッ・・・』ツバサは両手を広げて天を仰いでいる自分自身に向かって、全速力でかけていた。

 そう・・・あれはこの星の別次元にいる自分自身だと分かっていた・・・だが、どうして自分がこの場にいるのかは、理解できないでいた。


 それでも自分が何かを伝えようとしていることだけは分かる・・、そう、次元の向こう側の自分自身と体を重ね合わせるように言っているのは間違いがない。


『タタッ・・スッ』そうして自分の体と重なるようにして立ち、両手を広げる・・・。

『ズンッ・・・』次の瞬間・・・自分の体が倍以上に重くなったように感じた・・・、この星の重力が急激に強くなったかのように・・・。


 そうして色々な記憶が頭の中に流れ込んできた・・・、そう・・・千回目の死亡継続をしてしまい、ゲーム機に横たわっても冒険の世界とつながることが出来なくなってしまった事。

 それでも毎日ゲーム機を通じて自分の分身が、無謀な挑戦を続けている姿を見守っていたこと。


 そのうちに星の住民たちが願ってくれて、自分を助けに地球から仲間たちがやってきてくれたこと。


 そうしてゲームの世界の異常を正すべく新たな冒険が始まったのを、喜んでいいのか悲しむべきなのか、複雑な気持ちで、それでも両親に見続けるよう言われて見守っていたこと・・・、そう、ツバサ本人の通信が途切れてからの記憶が、分身の自分に流れ込んできたのだ・・・。


 そうして町長親子に騙されシメンズメンバーと引き離され、彼らを救いに向かった分身の窮地を緊急生放送で知り、急きょアンズ村から駆け付けたこと。


 分身の自分と体を重ね合わせて合体することにより、ツバサ本人の強さを引き出すことが出来るよう願ったことも伝わってきた・・・、そうツバサ本人ならゲームの設定ではなく世界最強の格闘家なのだ。


 魔物だけではなく、町人であろうが農夫であろうが、誰に対しても世界最強である。

 更に・・・ツバサ本人がこれまでに訓練で身に着けた強さもすべて引き継がれるのだとしたら・・・、まさに無敵と言えよう・・・。



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