豹変
14 豹変
「ようやく無頼漢たちが去ってくれたから、安心して庭を歩くことが出来る。
ツバサは、花は好きかい?
この家の中庭には花壇があって、チューリップやユリ、ランなどが季節ごとに咲き誇るんだ。
今まではメイドたちに世話をさせていたけど、できればツバサに花の面倒を見てもらいたいな。」
サグルたちシメンズメンバーが町長宅から出発して中継車の姿が見えなくなったころ、屋敷を案内してくれることになった町長の息子が、すっきりした表情で話しかけてきた
「あっあたしは・・・花など愛でたことはありませんし・・・、何より繊細なお花でしょうから、あたしのようなガサツな人間には、お世話は難しいのではないかと・・・。」
今まで路傍に咲く花をみて、厳しい環境でも健気に咲き誇るその姿を自分に重ねたことはあっても、観賞用の花を育てたこともじっくりと眺めたこともない・・・、なにせ毎日が冒険の世界で戦いの繰り返しだったのだ。
そもそもそんなことに時間を費やすくらいなら、10キロでも20キロでもランニングをした方がいいというのがツバサの感覚だ。
「荒んだ心をいやすには、やはり花の香りと美しさが一番なんだ・・・、ツバサには是非ともこの花たちの世話をお願いしたい・・・、なあに・・・毎日世話をしていればすぐに慣れるさ・・。
この鮮やかな色の花々がチューリップで、この花は毎日水をやって・・・、こっちの芸術的な美しさのフォルムの花弁の持ち主がランだ・・・、そうして・・・。」
町長の息子はツバサの気持ちを無視して、もうすでにそれがツバサの役目であるかのように、花壇の花々を順に説明していく。
「はあ、そうですか・・・。」
仕方なくツバサは町長の息子の花の世話に関する説明を、極力聞き漏らさないよう、しっかりと心に刻んでいった。
「さあ・・・夕食だ・・・ツバサも少しは料理を覚えた方がいいな・・・。
今はメイドたちに支度させているが、やっぱり最愛の妻に仕切ってもらいたい・・・、今まで冒険ばかりでまともな食事など食べたことはないのだろうが、これからはテーブルマナーに関しても、しっかりと覚えてもらうつもりだよ・・・これから毎日、お付のメイドたちに習って覚えてほしい。
なあに・・ツバサだったら1週間もかからずに覚えてしまうさ・・・。」
彩よく皿に盛りつけられ、食卓に並べられた料理を満足そうに眺めながら町長の息子が、食堂の席に着く。
「はあ・・・あたしも料理は結構得意ですよ・・・、父の道場の練習生のための賄を作っていましたから。
スタミナがつくような料理なら任してください・・マナーに関しても一般的なことなら大丈夫です。」
賄料理と言っても肉や魚に野菜などをごった煮にした、基本的にはちゃんこ鍋に唐揚げやカツなどの揚げ物主体で、大人数分を手早く作る手際や味付けには定評があった。
明日からは自分も調理場に立って、愛する家族のために料理を作ろうと思いながら、ツバサも促されて町長の息子の隣に座るが、なぜかツバサの前には肉料理ではなく野菜中心のダイエット食が並ぶ。
「もう魔物との戦いなどしなくてもいいのだから、筋肉など必要ないだろう?
ツバサには当面肉料理ではなく、野菜中心の食事で女性らしい体系を作ってもらう、いいね?
そうして我が家に出される料理は、この食卓に並んでいるような見た目も美しく繊細な料理だ・・・もちろん味も逸品だがね。
粗野な冒険者料理では決してないから、しっかりと勉強してくれよ。」
さらにツバサに対して、侮辱ともとれるような心無い言葉が発せられる。
「そういえば・・・、本日は食堂にテレビが置かれていませんが・・・冒険放送は御覧にならないのですか?
もう放送が始まる時間ですよ。」
少し遅めの夕食になってしまったので、もう本日分の冒険放送が始まる時間だ。
サグルたちがどうなったのか気になるツバサは、すぐにでもテレビのスイッチを入れたい気持ちでいっぱいだ。
「冒険放送だって・・・?魔物たちを退治する姿を見て何が面白いんだい?
必ず勝つってわかっている戦いを毎日繰り広げているだけだろ?そんなもの毎日見るなんて、時間の無駄さ。
そもそも冒険者なんて働きもせず、ただ毎日魔物たちと戦うだけで生活の糧を得ている。
しかも、我々が働いて得る報酬に比べると、はるかに高い報酬を得ているわけだ・・。
我々市民では到底かなう事のない魔物たちを退治してくれるのだから仕方がない・・・?いやそうではない。
冒険者も魔物もいない平和な世界が来れば、あのような粗暴な奴らの居所もなくなるという訳だ。
僕も父さんも、そんな理想の世界を目指しているのさ、だから、ただひたすら暴力シーンだけの野蛮な放送など、見る気もしないよ・・・。」
ところが町長の息子の言葉は信じられないものだった・・・。
「そっそんな・・・冒険者だってちゃんとした生活をしています・・、第一あなたはシメンズの大ファンだとおっしゃっていたではないですか?」
昨晩までの態度と今日の態度があまりにも違う事に戸惑いを隠せないツバサは、町長の息子を問いただそうとする。
「何を言っているんだ・・、僕も父もシメンズの大ファンだったよ・・・ツバサ・・君のね・・・。
そのツバサを射止めたんだから僕は大満足さ・・・そうしてツバサのいないシメンズなんて、もう見る価値もないのさ。
いいかい・・・僕が愛しているのは・・・ツバサ・・・君だけだ・・・、この気持ちに嘘偽りはない。
昨日は君の元仲間たちを不快にさせないために言いつくろっていただけさ・・・、つい先日までは僕も君たちの冒険放送を見ていたよ・・・、もちろんツバサの可憐な姿を見たいがためにね。
でも、もうその必要がなくなったわけだから・・・、決して心変わりしたという訳じゃあないんだ・・・分かってくれ。」
町長の息子はそういいながら自分の両手でツバサの両手を包み込み、じっとツバサの目を見つめる。
「あなたがあたしのことを愛してくれているのはわかりましたけど、でも・・・シメンズのメンバーたちはあたしの大切な仲間たちです・・・、サグルさんたちを悪く言うことは・・・あたしを悪くいう事と同じです・・・。」
ツバサは目に涙を浮かべながら訴える・・・。
「ああ・・そうだったね・・悪かったよ・・・、元仲間たちに関して君があまりに一生懸命だから、ちょっと僕も焼きもちを焼いてしまったみたいだね・・・、そうだね・・・彼らは愛する君の仲間だったんだものね・・・。
悪かった・・・謝る・・・もう彼らのことは悪く言わないよ。
だから・・・ツバサも、いつまでも彼らのことばかり考えていないで、早くうちの生活になれてくれよ、お願いだ・・・。」
町長の息子は、素直に頭を下げて謝った・・。
「そうですね・・・あたしも早くこのうちのことを勉強して、皆さんに溶け込みたいと思います。
どうかよろしくお願いいたします。」
ツバサも一緒に頭を下げる。
サグルたちのことを、もう過去形で表現されることに妙な引っ掛かりを覚えるのだが、それでも異性にこんなにはっきりと愛を告げられた経験がないツバサは、愛しているの一言で舞い上がってしまい、余計なことは考えられなくなっていた。
「さあさあ・・・・ツバサもちょっとは飲めるんだろ?
飲みすぎなければ、お酒は健康にもいいんだ・・・さあさあ・・・。」
食事と酒が進むにつれ、いい気持ちになってきたのか町長の息子は、ワインをツバサの目の前のグラスに並々に注いだ。
「いえ・・・あたしはこれからトレーニングがありますから・・・。」
ツバサはそういって、笑顔を浮かべながらワイングラスを町長の息子の方へと押しやる。
「そんなあ・・・今日から君はこの家の一員となる新たな門出なんだ・・・、それを祝って一杯くらいは・・・乾杯しようじゃないか・・・。
それに、さっきも言った通り、トレーニングなんてもう不要なんだ・・・無駄な運動に時間を取られることはない・・・そんな暇があったら、食器洗いでもしてくれ。
そうしたくなければ、一緒に飲もう。」
ところが町長の息子は、酒を飲むか食器洗いか選択を迫ってくる。
「いえ・・・あたしはお酒は嫌いなもので・・・・それにトレーニングは日々の習慣ですから、やめることは絶対にできません。」
それでもツバサは頑なに拒否する。
修行に影響するようなものは、ツバサは極力避けることにしていた。
サグルや源五郎たちが、どうして平気で酒を飲み・・・その後でトレーニングをしようとするのか不思議でならなかった・・・、正常な判断ができない状態では、心身の成長は望めないとツバサは常に考えているのだ。
「いや・・・、そうはいっても・・・。」
それでもなお町長の息子は、執拗に酒を勧めてくる。
「まあまあ息子よ・・・、いいじゃないか今日のところは・・・ツバサさんだっておいおい慣れてくるさ・・・、何せまだ初日だからね。
無理強いして仲たがいしてもつまらん・・・当分の間は彼女に任せよう・・・あまり極端に生活様式を変えると、体調をおかしくすることもあるからね。
ツバサさん・・・今日のところはトレーニングでも何でも好きなだけしてから眠るがいい・・、だが、明日から少しずつ減らしていってもらうよ・・・息子が言う通り、トレーニングに費やす時間があったら、その分家事をやってくれ・・・この家のメイドたちは、朝から晩まで働き詰めなわけだからね。」
2人のやり取りを見ていた町長が、あきらめたように仲裁に入ってきてくれた。
それでもツバサが今まで通りにできるのは本日のみと、限定されてしまった。
明日からは、この家のルールにのっとった生活形式を徐々に強制させられていくというのだ・・・、別に家事が嫌とは思ってはいない・・・嫁いできたからには一家を取り仕切って家事もそつなくこなしていくつもりではいた。
しかし、家事と修行が両立できないとは、ツバサは考えていないのだ。
「分かりました・・・家事はやらせていただきます・・ですが・・・あたしの時間は自由に使わせていただく所存です。」
そう言ってツバサは食堂を後にした・・・、目からなぜか涙があふれてくる・・・こんなはずではなかった・・・、町長の息子に愛されて笑いの絶えない幸せな生活が待っているはずだったのに・・・。
「はぁふぅ・・・さて・・・、もう皆さん寝静まりましたね・・・。」
ツバサは、お屋敷2階の町長と町長の息子の部屋の明かりが消えたのを確認してから、中庭から家の中へと入ってきた。
町長の息子からもう寝るぞと催促されても、もう少しトレーニングを続けるとかたくなに拒否して、中庭で型の稽古を行っていたのだ。
『パチッ』居間の明かりをともしてから、壁際のテレビのところへ歩いていく。
「えーと・・再生は・・・っと。」
ツバサはリモコンを持って、スイッチ類を確かめながら慎重に操作する。
ここで、ボリューム調整を失敗して大音響で鳴らしてしまい、家人を起こしては大変なことになるのだ・・・。
<さあ本日の冒険放送です・・・、ペレヘス湖に生息する巨大蓮鳥駆除のクエスト・・・果たして成功するのでしょうか?
ツバサちゃんという、圧倒的エースを欠いた新生シメンズの戦い方に注目です。>
<いやあそうですね・・・この冒険放送のいわゆる顔であったツバサちゃん・・・、彼女のファンの方も多いと思いますが、今回から冒険への参加をお休みいたします・・・確か前回放送もお休み頂いていましたよね?。
一部では無期限休養といったことも囁かれておりますが・・・、詳細情報は伝わってきておりません。
心配ですね・・・彼女の復活を心から願いつつも・・・、新生シメンズの戦い方にも注目です。
では、ごゆっくりと御覧ください・・・。>
アナウンサーと解説者のコメントの後に、サグルたちの冒険放送がテレビ画面に映し出される。
食事時に家族皆で冒険放送を観覧すると思っていたのだが、旦那さんや義理の父の手前、真剣に見入ることはできないだろうと、念のためにビデオ録画しておいたのが幸いした。
ビデオ録画の手順などは、以前レイから教えてもらっていたのだ。
まさか、あれほどサグルたちシメンズメンバーを毛嫌いされるとは思ってもいなかったので、録画の話は一切出さずに、1人だけで鑑賞することにしたのだ。
恐らくこれからもずっと、夜遅くに一人だけで彼らの活躍を見守っていくのだろう・・・毎日家族みんなで彼らの冒険放送を見ながら明るく感想を言い合う生活を想像していた自分と全く正反対な状況を少し嘆いてはいるが、それでも仲間たちの反対を押し切って自分で決めた人生なのだから後悔しないと、何度も自分に言い聞かせていた。
「いやっ・・・」
レイを助けようとしたサグルが巨大蓮鳥に噛まれてしまうシーンでは、思わず大きな声を出してしまいそうになり、反射的に口を抑えた。
それでもレイの回復魔法でダメージを感じさせないところまで回復し、最終的に魔物たちを駆除できた時には、ほっと胸をなでおろした・・、よかった・・・あたし抜きでも彼らは十分に戦える・・・、分かっているつもりではいたが、少し寂しいような・・・それでいて安心したような、複雑な気持ちにツバサは戸惑いを感じていた。




