ツバサとの別れ
7 ツバサとの別れ
そういえばツバサの格好はいつもの拳法着姿ではない・・・、いや、修復に出した拳法着をまだ引き取っていないのであれば仕方がないのだが、それでも高校生風のブレザー姿ですらない。
シルクか何かのドレス姿のようだ・・・、こんな朝早くから・・・そういえば昨晩も色違いのドレスを着ていたような記憶がある・・・。
「あり得ないとは思うが、まさか何か弱みを握られているとか・・・それはツバサに関してだけではなく、誰かの弱みを握られて、それで脅迫を受けているという事はないよね?
ちょっと失礼な言い方ではあるのだが、あまりにも信じられない状況なので念のために確認させてくれ。」
別に力が弱くても、弱みを握られて脅されているという事も考えられないことはないのだが・・・。
「このあたしはただのゲームキャラですし、家族もこの世界にはいませんし、弱みなんてあるはずもありません。
それは皆さんも同じですよね?
あたしは彼のことを愛していますし、彼もあたしのことを必要としてくれているだけです。」
ツバサからは当然といえば当然の答えが返ってきた・・・まあ、俺はレイという娘を連れてきているわけだが、そのことで脅迫を受けるような弱みは一切感じない。
「あっ愛しているって言ったってツバサさん・・、出会ってたったの2日ですよ、2日!」
すると源五郎が右手の人差し指と中指を立てて大きな声で叫ぶ・・、ううむ・・奴は興奮しすぎだな。
「出会ったばかりでも・・・昨日はずっと1日中、あたしに向かって愛の言葉をささやき続けてくれました。
その前日は一晩中あたしの体にしがみついていてくれました・・・。
そんなふうに愛されたこと・・・今までに一度もありませんでした・・・、彼はあたしのことを本気で愛してくれています・・・。」
ツバサはようやく少し顔をあげ気味に・・そうして少し笑顔を見せながら答える。
そういえばそうだな・・・占い師との会話でも格闘技が恋人なんて話をしていたんだものな・・・、俺たちと一緒に旅をしたときに、彼女は誰か恋人などできなかったのか?
源五郎には2人の彼女・・・らしき人がいたらしいっていうのに・・・、そのうちの一人がツバサ・・・ではないのだろうな・・・?もしそうであれば、恐らくツバサが黙っていたとしても源五郎が気づいているはずだ。
俺にはレイが・・・というかレイだった俺の妻がいたはずだし・・・現実化した世界から戻ってきてツバサと出会った時に、最初の冒険の時にツバサと出会う前から俺と妻は付き合っていたと教えてくれたからな。
まあ、地球の現実世界でも付き合い始めたところだったから、そう言われたこととは関係なく自然と・・といった感じではあったが・・・。
そうなると実体化していた時に俺たちや源五郎が彼女たちとイチャイチャしているのを、彼女はただじっと見ていただけだったという事になる・・・ううむ、記憶にはないとはいえ、大変に申し訳ないことをした。
いや・・・俺たちは現実化したとはいえ、所詮はゲームキャラだったわけだ・・・、しかも元のゲームの世界に戻りたいと願っていて、その願いをかなえるための冒険をしていたはずだ。
だからこそ現実化した世界から元の次元のゲームの世界へ戻ることが出来て、通信が回復したわけだからな。
その中でツバサだけは、この星の住民であり、俺たちとはまさに住む世界が違ったわけだ。
同じ冒険をしている仲間であるにもかかわらず、いずれ別れなくてはならないと分かっていたわけだし、流石に源五郎も遠慮したのかもしれない。
なにせ俺たちはゲームキャラであり、ツバサは実際の人間だったのだ・・・実体化していたとはいえ流石に躊躇するわな。
それでもゲームの世界に戻った時に、ツバサもゲームキャラを特別に割り当ててもらって、一緒に冒険することが出来ることにはなったわけだ。
ところが冒険が再開したと思ったら、俺たちのゲーム機が政府に没収されてしまい彼女一人だけ残されてしまって・・・、たった一人だけでそれから10年間も戦ってきたんだ・・・どれだけ寂しかっただろう・・・。
そういえば俺たちがこの世界に戻ってきてから、1人で頑張ってきたツバサに対してねぎらいの言葉もろくにかけてはいなかったな・・・、どちらかというと俺たちがツバサのことを助けに来たというような、少し上から目線でいたのかもしれない・・・しかも俺たちの方がはるかに高い経験値で来たわけだしな・・・。
彼女の方から礼を言われることはあっても、たった一人だけでこの世界を守ってきたツバサに対して礼も言っていなかったかもしれないな。
だからツバサがそんな俺たちに対して・・・といったことはないのだろうが、それでもやはり優しい言葉をかけてくれた奴に対してほろりとなってしまったことに、どうこう言うことはできまい。
だがなあ・・・俺たちがツバサに対してそっけない態度だったのは、決してツバサに魅力がないからではない・・・、まあ、俺は妻がいるから・・・ツバサに対して意識はしないようにしてきたが・・・、そもそも今は全員がゲームキャラなので、恋愛感情など不要でただ冒険に没頭すればいいのだと考えていたわけだ・・・。
いや、この世界の異常さからほかのことを気遣う余裕がなかったといった方がいいかもしれないが、何とかしてこの世界を取り戻すということだけを考えていたわけだ。
まさかツバサがそんなことを思っていたとは・・・という感情を持つこと自体が、ツバサに対して失礼極まりないことであり、こんなだからこそ、ツバサを奪われてしまったといえるのだろうな・・・。
正直に言わせてもらえば、妻とも出会っていないときにツバサと出会っていたとしたら・・・しかも別の星の住民でなかったとしたら・・・俺は間違いなくツバサに惚れていたであろう・・・、それくらい古風な性格と言い外観と言い本当に俺好みなのだ・・・(妻には大変申し訳ないのだが・・・)。
だから・・・奪われてしまうのは非常に悔しい・・・、しかし今の俺に何ができる?だったら俺の方がツバサのことを・・・なんて言い出すのか?今になってか・・・?娘もいるのに・・・か?いくらゲームの世界で、しかも地球の本体と通信できないと分かっているとしても・・・そんなこと、できるはずもない・・・。
告白したとしても、俺の方になびいてくれるとも考えられないし、このタイミングでは、仲間を失いたいがため言いつくろっていると取られて、かえって心証を悪くする可能性だってある。
だから無理だ・・・。
「わかった・・・最後に一つだけ確認だ・・・、君の結婚に関しては、この星の別次元にいる両親に対しても報告できるんだね?」
このまま、この場面が放送されるようなことになってもいいのかどうか、確認しておかなければならない・・・なにせ、最初の日に町長の息子が襲われたということもあり、以降は町長宅に厄介になっているときにはヘッドカメラを装着したままでいるのだ。
「いえ・・、どうせあたしは千回死んで本体と通信できなくなった身です。
分身ではありますが、本体とは関係のないところで生きていきます。
それなので大変申し訳ありませんが、あたしが結婚するというこの場面は、どうか放送しないでください。」
ツバサはそういって、うつむいたまま食卓にこすりつくくらい深く深く頭を下げる。
ううむ・・どうやら本気のようだ・・・、仕方がない彼女の意思を尊重しよう。
「分かった・・・もともとツバサの危機を救うためにきたつもりではあったが・・・、まあ実際に危機ではあったんだが、ツバサ自身の願いでないことはわかったわけだし、俺たちは最初の目的通り、このおかしくなった冒険の世界を修正するべく旅をつづけるよ・・・じゃあ、元気でな。」
「はい・・申し訳ありません・・・、じゃあこれを・・・。」
ツバサはそういいながら、飛翔の宝剣と身代わりの指輪を俺に手渡した・・・冒険者の袋やこれまでに得た報奨金も俺に渡そうとしたが、おねだり禁止であることだし、それはツバサが大切に保管しておくようになだめた。
「いっ・・・いいんですか?ツバサさんを置いて行っても・・・!!!
大体、彼らはゲームキャラのはずですよ、結婚だなんてありえないでしょう?」
「お姉さんと離れるのは嫌だよぅー・・・えーんえーん・・・・。」
源五郎は大きな声を出して叫びまくるし、レイはレイで泣き出してしまった・・・。
「いや、俺たちのせいで現実化してから、ゲームキャラだって意思を持ったはずと聞いただろ?
結婚を望むやつが出てきたところで不思議じゃあないはずだろ?
それに・・・何よりも大切なのは、ツバサの幸せだ!分かってやってくれ・・・。」
俺だって辛いさ・・・でも・・・、仕方がないじゃないか・・・
ツバサに別れを告げて、後ろ髪を引かれるような思いをしながらも町長宅を後にした。
「パラボラアンテナ施設関連のクエストは、これら5つですね。
ペレン遥か北のペレヘス湖に自生する巨大蓮鳥の駆除・・・クエストレベルがAZ。
ペレヘス湖北部の地下洞窟に生息するライガー蝙蝠の撲滅・・・クエストレベルがAY。
ペレヘス湖北東部のパラボラアンテナ施設門にはびこる、からみ蔦の除草・・・クエストレベルがAX。
パラボラアンテナ施設内魔物の駆除・・・クエストレベルがAV。
パラボラアンテナ施設最深部にある受信装置の奪回・・・クエストレベルがAUですね。
最初の3件はアンテナ施設と関係なさそうなクエストの気もしますが、人助けの分類でパラボラアンテナ施設関連という枠が設けられていました。
どちらかというと、最初の3件が狩猟であとの2件は宝さがしという件名からのイメージですが、どうして人助けになっているのか・・・、パラボラアンテナ施設建設が滞っているために、ヨースルなどから来た人たちがやることがなく帰ろうとしてこの町に留まっていたからですかね。
まあ、これら魔物によって工事が滞留しているものとみて間違いがないでしょう・・・、と言っても、これらのクエストで、このギルドにあるクエスト全部ですけどね・・・。
それにしてもクエストレベルが徐々に上がってきています・・・、まだまだ僕たちのレベルには達していませんが、それでも5件も重なると注意が必要と考えます。」
源五郎が、ギルド中央の柱からプラチナクエスト票を数枚手にして戻ってきた。
そうか・・期日はどれも5日から10日となっているから、ここからかなり距離があるという事だろう。
だがまあ・・・中継車を使っての移動であれば、さほど時間は要さないだろう。
「ようし・・・クエストは残らず片付けておく必要性があるから、パラボラアンテナ施設に関係あろうがなかろうが引き受けなければならないので、行先が同じだけでも都合がいい。
・・・・じゃあ、これを申し込む。」
受け取ったクエスト票をもって、すぐに受付嬢のところへと向かう。
「シメンズの方たちですね・・・・・・了解いたしました。
リーダーの変更はございませんか?・・・・では頑張ってきてください。」
今日も・・・ともいえるが、ツバサ抜きの3人だけでギルド受付に向かったというのに、メンバーの確認はされなかった。
メンバー1人置いてクエストに向かっても問題はないという事なのだろう・・・、そうであればツバサはメンバーから外さずに、そのままにしておこう・・・どうせこれ以上メンバーが増えることもないわけだからな。
『バタンッ』『ブロロロロロロッ』ギルド前から中継車に乗り込み、出発する。
来た当初はあまりの人混みで街中に車で入ることもできず、外で待機してもらっていたのだが、波が引くように人々の群れが遠くヨースル方面へ向かっていったので、いつも通りに中継車も街中に入ってこられるようになったのはありがたい。
だめもとで防具屋に寄ったら、ちょうど鋼鉄の鎧は修復を終えたところで、何とか受け取ることが出来た。
武器屋にも寄ってみたら、大きな穴が開いた源五郎の鉄の大弓も修復が終わったところで受け取ることが出来た。
とりあえず、ツバサの武器防具以外は全て受け取り済みとなったのでほっとした。
「えー・・・っ、本当にツバサお姉さんを置いて行っちゃうの?
もう会えないかもしれないんだよ!本当にいいの?」
レイが後部座席から、遠ざかる街並みを眺めながら叫ぶ。
「ああ・・・仕方がないだろう・・、ツバサの意思なんだから・・・。
彼女は町長の息子のお嫁さんになるんだ・・・、彼女の幸せを祈ってあげた方がいい。」
涙ぐむレイを必死になだめる。
「そうなんだよ、レイちゃん・・・ツバサさんはお嫁さんになるんだ。
おめでたいことなんだから、みんなで祝福してあげなくてはいけないんだよ。」
源五郎も一緒になだめてくれる。
「えー・・・、おめでたいの・・・?どうして?
だって、ツバサお姉さんとお別れしなければならないんだよ・・・、ツバサお姉さんはずーっと一人ぼっちだったんだよ。
10年間も一人ぼっちで、ようやくあたしたちが来て仲間ができたって喜んでいたんだよ。
それなのに・・・あたしたちと別れて、また一人ぼっちになってしまうんだよ・・・、それがどうしておめでたいの?」
ところがレイはそういって首を横に振る。
まあ確かに、仲間と別れるというのは非常に悲しいものではあるのだが・・・。
「だがなあレイ・・・ツバサはお嫁さんになって、将来的には子供を作ってやがてはママになるんだ。
そうやって家族を増やしていくわけだね・・・、だからちっとも一人ぼっちじゃないんだ。
今だって、旦那さんとそのお父さんっていう、新しい家族ができたばかりだしね・・・。」
不安そうなレイに対して、決してツバサは一人ではないことを強調する。
「家族・・・?ツバサお姉さんは、ママになるの・・・?
ママ・・・・・・・・・ママ・・・・・・・・・・、ママに会いたい・・・、弟・・・に会いたい・・・えーんえーん・・・。」
しまった・・・子供とかママとかは禁句だった・・・、今まで何とか押さえつけていたのだろう、感情が一気にあふれ出てレイは思い切り泣き出してしまった。
そもそも我々はゲームキャラだから、生殖機能はないわけだ・・・トイレも行かないしな。
子供は・・・ストーリー上でできる場合もあるのだろうが、まあそんなのは主人公キャラたちであり、俺たちのような割込み的な冒険者には無理なことだろう。
だが、そんなことは俺たちのような分身でなければわからないわけだ・・・町長の息子はゲームキャラだから、自我があれば結婚を真剣に考えたとしても不思議ではない。
余計なことを言って、爆弾を踏み当ててしまったような気持ちだ・・・。
最悪なことに、今まで何とかレイをなだめることが出来ていた母性であるツバサと別れてしまったのだ・・・どうしよう・・・。
「まっ・・・ママはいないけど・・・、パパがいるぞー・・・ほらっ・・。」
どうしようもなく、レイを抱きしめようとする。
「いやだ・・・、ママじゃなきゃいや!」
ところがレイの奴は俺の両手を振り払って、泣きじゃくりながら足をばたつかせ駄々をこねる、まいった・・・。
「レイちゃん・・・レイちゃん・・・、ほら・・・犬と・・・、猫ちゃんもいるよ・・・。」
すると源五郎が、突然犬と猫のぬいぐるみというか、布製の指人形を取り出してレイに見せる。
片手で操るタイプのようで、右手が犬で左手に猫のキャラクターをかぶせている。
「わ・・わんちゃ・・ん?にゃ・・・にゃん・・こ・・・?」
泣きじゃくるレイが少し泣き止んで、源五郎の両手につけられた人形を凝視する。
「ほらっ・・・わんわん・・・にゃんにゃん・・・かわいいでしょ?
この人形たちもコスチューム屋さんで売っていたんですよ・・、どうやら大道芸人の小道具のようですね。
このワンちゃんは・・・えーと・・・、太郎で・・・猫ちゃんは・・・花子・・・でいいかな?
ほら・・・太郎だよー・・わんわん・・・花子ですー・・にゃんにゃん・・・。」
源五郎が必死で2体の人形を操って、レイを慰めようとする。
「へえ・・・、ワンちゃん・・・かわいい・・・にゃんこも・・・。」
レイが少し微笑みを見せる。
この後ずっと中継車での移動中、源五郎が何とかレイの気をそらせてくれていた・・・ありがとう源五郎。
それにしても、もう少し現代風な名前にした方が・・・。




