異変
5 異変
「よいしょよいしょ・・・。」
レイが何とかしがみついた岩壁をよじ登って、向こう側へとたどり着いた様子だ。
「ほーい・・・。」
そうして上から一本のロープが垂らされてきた。
「壁を押さえている鎖のフックが外れてしまったら、壁が元通りに閉まって閉じ込められてしまいますから、こっちの鎖は刺激を与えないようにして、僕たちはレイちゃんが垂らしてくれたロープを使ってよじ登りましょう。」
「ああ・・・、そうだな・・・。」
こんな事態の想定をして訓練を重ねていたわけだ・・・、俺も最近は一緒に訓練しているから何とか戸惑わずについて行けているが、流石・・としか言いようがないな・・・しかもわが娘のレイも活躍した・・・。
「よいしょ・・どっこいしょ・・・、ふうっ・・、脱出成功だ・・・。」
レイが降ろしてくれたロープを辿って、岩壁をよじ登り洞窟内まで戻ってきた。
「じゃあ、戻るとするか・・・。」
「はいっ」
そのまま洞窟を出て帰路に就く。
「お帰りなさい・・・、お疲れさまでした・・・。」
中継車に乗りペレンの街まで戻り、ついでに今日放送分の検閲を簡単に済ませてから町長宅へ戻っていくと、ツバサが笑顔で迎えてくれた。
すでに夕飯の時刻だ・・・案内された食堂には長テーブルに豪華な料理が並び、ツバサも町長の息子もすでに席についていた・・・しかし・・・。
「ああ・・・、最後はちょっとした罠があって閉じ込められそうになってしまったが・・・、何とか脱出できたよ。」
「へえ・・・そうですか・・・、よかったです・・・。」
ツバサの顔が一瞬曇ったが、話を最後まで聞くと安どの表情を長テーブルの向こう側から見せる・・・。
「そうですか・・・クエストをこなされて戻ってきたのですよね・・・、本日放送分ですか?
それはすごく楽しみです・・・、おい君・・・すまないが食堂にテレビを運んできてくれたまえ。」
「はっ・・ただいまお持ちいたします。」
町長の息子がせわしなく食事の準備をしている給仕を呼び止め、テレビを運び入れるように命じると、命じられた給仕はすぐに食堂奥の扉から出て行った。
ほかにも数人の給仕が、料理を運び入れたり皿を並べたりと大忙しの様子だ。
ううむ・・・広い屋敷に昨晩は町長の息子しかいなかったように思えたが・・、こんなにたくさんの使用人がいたという事なのか?
これだけの人がいれば・・・魔物だって簡単に屋敷の中に入り込むことなんて、できなかったんじゃあないだろうか?
もしかすると町長のお付なのかもしれなくて、昨晩は町長と一緒にどこかへ行っていたのかもしれないが、今朝には町長が戻ってきていたわけだから、今日の昼間はツバサも一緒にダンジョンへ向かっても、構わなかったんじゃあないだろうか?
「いやあ本当にお美しい・・・しかもお強いと来ている・・・、格闘技の世界最強なのですよね?
私はあなたのようにお美しい方に出会うのも初めてなのですが、同時にあなたのようにお強い女性に出会う事も初めてです・・・、あなたのような魅力的な方に巡り合えて本当にどう対処してよいものか・・・、昨晩からずっと頭を悩ませております。」
町長の息子が、隣に座っているツバサを絶賛しまくっているようだ。
なによりも気になるのがツバサの席だ・・・、俺たち3人は食堂に入ったすぐ手前の席に案内されている。
対するツバサはというと・・・、俺たちの正面側・・・つまり長テーブルの向こう側に座っている。
ツバサの左隣に町長の息子が座っていてその左に町長が座っている・・・、まるでツバサが町長一家の仲間入りしたような印象を受けてしまうのだ。
「では・・・皆さま、お疲れさまでした・・・ツバサ様がいてくださったおかげか、魔物たちも屋敷に侵入することもなく、今日1日平穏無事に過ごせました・・・、大変ありがたく御礼申し上げます。
シメンズメンバー様たちは、ペレー丘洞窟でのクエスト成功、おめでとうございます。
いやあ、私は最初から分かっておりましたよ・・・、皆様方がクエストを仕損じる事などないという事をね・・・。
ちょっとはご苦労なされた様子ですが・・・、まああまりに張り合いがないクエストばかりですと、面白みに欠けますからな。
多少はダンジョンの困難さに頭を使ったり・・・、あるいは敵とのバトルにスリルを感じたりすることが、クエストの醍醐味なのでしょうからね・・・、十分にお楽しみいただいたのだろうと考えます。
命のやり取り・・・とまではいかないまでも、私もよく友人たちとポーカーゲームに興じますが・・・、かけ事というのは、一種の凌ぎあいですからな・・・、勝った時の爽快感と達成感は何にも代えがたいものがあります。
私の若いころなどはですな・・・・・と、延々と話しが続くので途中で聞くのをやめた・・・
まあ、何にしてもよかったよかった・・・、皆さまがご無事でお帰りなされたこと・・・何よりです。
では・・食事の準備も整いましたので、お召し上がりください・・・っとその前に、皆様方と出会えましたこと・・その喜びに乾杯!」
町長が少々長話の後、乾杯の音頭をとる。
「かんぱいー・・・」
「あっああ・・・かんぱい・・・。」
「かんぱいー・・・」
「かんぱーい・・・」
レイとツバサはジュースを・・・、俺と源五郎はビールジョッキを高く掲げて乾杯する・・・、しかしどうせ飲もうとしたとたんに、中身が消えるだけだ・・・いや・・・それともテレビスタッフが用意してくれたスープのように、何の味もしないまずいものだったりして・・・。
ちょっと不安に感じながらビールジョッキに口を近づける・・・と、ほんのりアルコールの香りが漂ったかと思うと、すぐにジョッキが半分ほど空になる・・・どうやらこの食堂は冒険者用のようだ。
「冒険放送が始まりますね・・・少々行儀は悪いですが、食事をしながら鑑賞いたしましょう。
皆様の冒険放送は見逃せませんからね・・・。」
『カチッ』町長の息子が、給仕が運び入れたテレビのスイッチを入れる。
この日の放送は、当然ながらペレー丘洞窟ダンジョンがメインだ・・・、放送内容の蓄えがないので当日放送で当面行くしかない。
少々戸惑ったが、何とか攻略できたのはよかった・・・最初の一撃を俺が食らった時はツバサが顔を伏せてしまったが、その後はまあ順調に進んだと言えるだろう。
それでも暗視カメラの映像では、レーザー光線をぎりぎりで躱していたり、全然関係のない方向を向いていたりと、結構危ない場面も感じられた。
派手な戦闘シーンではなかったが、ぎりぎりの駆け引きとも言え、それなりに満足いくクエストだったように感じるし、食事もうまかったので酒も大いに進んだ・・・と言っても食事も酒も食べようとした途端になくなってしまうのだが・・・。
「いやあ・・・でもすごいですよ・・・、ペレー丘の洞窟ダンジョンは、一応Aランクのダンジョンと伺っておりました・・・、つまり相当に高度な技術とたぐいまれなる知恵・・・もちろんそれに加えて遥か高レベルの強さも必要とするダンジョンのはずです。
それをいとも簡単に、しかも3人で攻略なされるとは・・・これはもう今後の冒険も期待できますな・・・。」
冒険放送が終わると、真っ赤な顔をした町長が突然思いもかけないことを言い始めた。
だって今朝は3人だけでも十分攻略可能だって・・・楽勝だって言っていなかったか?
それが、Aランク・・だって・・・?
「Aランクのダンジョンだっておっしゃいましたが、ダンジョンの難易度にランクがあるのですか?
Aというのは、高レベルのダンジョンという事ですか?」
聞きなれない言葉だし、確認しておこう。
「あっああ・・・そうですな・・・、ダンジョンは難易度が設定されておりまして、一番低レベルのダンジョンはZランクで・・・、このゲームの初期レベルのダンジョンは最高でOランクです。
第1ステージのラスボスである魔王を倒して魔神も攻略すると第2ステージへと移行いたしますが、それで初めMからHランクのダンジョンに切り替わります。
ですが・・・通常の冒険で使われるダンジョンのランクはせいぜいHランクまでで、Gランク以上のものが使われることはめったにないそうです。
それが・・・このところBランクのダンジョンが設定されていると聞いておりましたが、つい先日からAランクのものまでお目見えしたようですよ。」
赤ら顔の町長は、酒の勢いもかってか饒舌に話し始めた。
なにせ飲んだ気は全くしないのだが・・それでもなぜか酔いが回ったように体が熱くなった感じがするのだ。
「Aランクが一番上なのですか?」
「いえ、Sランクがもう一つ上で、更に特Sランクというのがあるそうです。」
町長は自慢げに胸を張って答える・・・、おいおい・・・難攻不落のダンジョンで威張らんでくれ・・・頭が痛くなってくる。
しかも、まだ2ランクも上があると言い放つ・・・、どうせいというのだ?
「大丈夫ですよ・・・皆さんの実力なら・・・、Sランクでも特Sランクでも簡単に攻略出来ますよ・・・。
うーん・・今から楽しみだなあ。」
俺が頭を抱えていたら町長の息子に励まされてしまった・・・、いやあ、そんなお気楽に言われても・・・。
「Sランクや特Sランクのダンジョンは、どのような構造になっているかわかるかい?」
ダンジョンに詳しそうな町長の息子に尋ねる。
「いやあ・・・、僕はダンジョンや魔物たちのことなど全く知識がありません・・・。
そう言ったことに詳しいのは・・・やっぱり父だけです。」
そう言って町長の息子は頭を掻く・・・、なんだなんだ・・・?ダンジョンの難易度もわからずに簡単に攻略なんて言っていたのか・・・?
「そっ・・・そうですな・・・、Sランクとか特Sランクとかのダンジョンはですね・・・実は私にも全く分かりません。
なにせAランクのダンジョンですら、それがこの近辺に出現して初めてその連絡が来た次第でして・・・、いまだにこの世界に投入されてもいないランクのダンジョンに関しての情報は皆無です。
まあでも息子の言う通り、皆様方でしたら・・・楽勝ですよ。
私が太鼓判を押させていただきます。わっはっはっは・・・。」
町長は大きく膨らんだ太鼓腹をさらに膨らませて豪快に笑う。
いやべつに・・・、あなたたちが俺たちの実力をどう評価されようと何の得にもならないのだが・・・、それにしても無責任な発言だな・・・。
まあでも明日からはツバサが加わってクエストに向かえるわけだから、確かに今日の調子から考えると、この程度のダンジョンなら楽に攻略できると言えるだろう。
「それじゃあ俺たちはこの辺で・・・、明日も早くからクエスト探しにギルドへ向かわなければなりませんので。
どうも、ごちそうさまでした・・・料理も酒も大変おいしかったです。」
そう言って頭を下げながら席から立ち上がり、挨拶をする。
「おおおお、そうですか・・・そうですよね・・・おい息子よ、皆様の部屋の割り当ては済んでいるのか?」
「はい、昨晩もお泊り頂いて、そのままの部屋をお使いいただきます。」
「そうか、ならいいのだが・・何かご不自由な点がございましたら、何なりとお申し付けください。
給仕やメイドを部屋の外に待機させておきますので、お気軽にお声がけください。」
町長が席から立ち上がり見送ってくれる・・・だがなぜかツバサは立ち上がらずに、町長の息子の隣に座ったままだ。
まああれだけずっと話しかけられていたら、食事もろくに進んでいないことだろう。
少し食べれば部屋に戻っていつものようにトレーニングに向かうのだろうな・・・俺たちは俺たちで軽く汗でも流してから寝るとするか。
別に何も声をかけたわけではないのだが、俺たち3人は全員が2階の客間へ行かずにそのまま玄関に向かい、中庭に出ると柔軟を始めた。
少し酒は入っているのだが、まあ、酔い覚ましのつもりも兼ねてゆっくりと始めよう。
「ふあーあ・・・。」
トレーニングを終えてシャワーで汗を流した後、客間に入ろうとした途端にもう翌朝になっていた。
酔いはさめている・・・、まあ2日酔いするほども飲んではいなかったしな・・・。
「おはようございます。」
そのまま朝食を摂りに食堂へ向かうと、すでに町長の息子やツバサは食卓についていた。
そういえば昨晩のトレーニングにはツバサは顔を出さなかったな・・・、このところ俺たちとともにトレーニングするようになったというのにな・・・、タイミングが合わなかったのかな?
「おはようございます・・・、今日もダンジョンへ向かいますか?」
「ああ・・・そのつもりだよ・・・、昨日見た限りではパラボラアンテナ施設関係のクエストが何件かあったようだ・・、でもずいぶんと遠そうで行くのに時間がかかりそうだから、まあ、この町を離れることになりそうだね。」
ツバサに今後のクエスト展開を説明しておく・・、彼女は昨日ギルドに行きそびれているからな。
「そ・・・そうですか・・・、あの・・あたしは・・・。」
なぜかツバサは元気なく顔を伏せる・・・・。
「おはようございます。」
「おはようございます・・・ツバサお姉さん・・・、今日からまた一緒に冒険の旅だね・・・。」
源五郎とレイも起きてきて、食卓へと着く。
「ごめんなさい・・・。」
ツバサが不意に頭を食卓に着くくらい深く下げる・・、えっ、一体どうしちゃったの?




