沈没船
12 沈没船
沈没船は見事にひっくり返っているようで、湖底に船の上部・・・つまりデッキや船室などが向いている状態だ。
お姉さんたちは、その船室のドアを開けて中へと入っていくようで、俺たちもそれに続いて入っていく。
中は通路になっているようで、お姉さんたちはその通路をそのまま奥へと進んでいくのでついていくと、上へ上る階段が・・・、手すりを伝って登っていくようだ。
「ぷはーっ・・・。」
階上へ上がると、そこは空気があった・・・沈没船は完全にひっくり返った状態で、船底に傷や穴もないため空気がたまったままになっている様子だ。
階段の折り返し部分から空気があるので、そこから先はひっくり返った階段の手すりを使ってよじ登るようにして行かなければならない。
手すりにしがみついたまま、登り切った先にあるハッチのような大きな丸いハンドルが付いたドアを開けて、中へと入っていくと・・・・『ドスンッ』その先に床はなく1メートルほど落下してしりもちをついた。
『シュタッ』『シュタッ』ツバサも源五郎も、予期していたかの如く華麗に着地を決める。
「気を付けてください・・・、段差がありますから。」
奥の方から若い女性の声が聞こえてくる・・・、ちょっと遅かったな・・・。
見上げると、天井にはいくつもの大きなパネルがくっついていて、更に丸く大きな舵がある。
恐らくここはこの船の操舵室なのだろう・・・、ひっくり返っているから、俺たちは天井側にいるわけだ。
「災難でしたね・・・この場所の渦は大変強力で、湖底に向けて強烈な吸引力がありますから、その渦に飲み込まれてしまうと、脱出は困難なのです。
あたしたちもこの船に乗っていたのですが、渦に巻きこまれて沈没してしまい脱出できないでいます。」
白く薄いカーテン地のような1枚布を体に巻き付けただけのような格好の、髪の長い美女がやってきて話しかけてくる。
もちろん下着など付けてはいないようで、胸のふくらみや下腹部の状態など、水にぬれて所々透けて見えるようで、すっぽんぽんよりも想像をあおってかえってエロいのではないかと思わせる姿だ。
慌ててヘッドカメラを停止させる・・・今回はヘッドカメラをつけっぱなしで冒険するので、寝るときなどプライバシーにかかわるときは、録画を停止させていいことになっているのだ。
振り返ると、源五郎やツバサもカメラを停止させているようだ・・・、事情が事情だけに音声だけで我慢していただこう。
「あなたたちは沈没船の乗客でしたか・・・、てっきり人魚か何かと思ってしまいました。
そうですか・・・我々のボートが沈んだのを見つけて、レイを救出してくださったのですね?
レイの・・・あなたたちが連れて行った女の子の様子はどうですか?」
まずはレイの安全を確認することが先決だ。
それにしても一般人であったか・・・ゲームキャラとはいえ、危うく普通の人を手にかけるところだった・・・、あまりの美しさに手を出すのを控えたが、危ないところだったな・・・。
「お連れ様の容態は良好です・・・すぐに気を失ったようで、水もほとんど飲んではいない様子です。
今奥で寝かせておりますが、御覧になりますか?」
スケスケ姿の美女は、俺の視線が気にならないのか、どこも隠さずに平然と答えてくる。
「ああ、ありがとうございます・・、無事ならすぐに会わせてください。」
美女に礼を言って頭を下げる。
「どうぞこちらへ・・・。」
美女は操舵室奥に積み上げられたテーブルやいすを登っていき、其の先のハッチを開けて奥へと進んでいく。
浸水時の対策なのか、扉はすべてロックできる防水仕様のようだ。
後に続いていくと向こう側は通路で、少し先の右側のハッチを開けると中は小さな部屋になっていて、パイプ製のベッドにレイが横たわっていた。
一般の船室は天井がさほど高くはないのか、ひっくり返っていてもドアはそのままで入ることが可能な様子だ。
「レイ・・・レイ、大丈夫か?しっかりしろ!」
『ペチペチペチッ』頬を軽くたたいてやりながら、レイに声をかける・・・ちょっと乱暴ではあるが、重体なら復活の木の葉を息のあるうちに食べさせる必要性があるので、仕方がないのだ。
「うっ・・・うーん・・・、釣れた?」
すぐにレイは意識を取り戻し、右手の先に目を向ける・・・、恐らく握りしめたままだった釣竿の先を心配しているのだろう。
「おお、大丈夫だったか、よかったあー・・・。」
思わずレイを抱きしめる・・・・・と同時にレイのヘッドカメラを停止させる。
「よかったですね・・・。」
レイを看護してベッドに付き添っていてくれた人も笑顔を見せる・・・、こっちも長髪美女だ・・・。
「ありがとうございます・・・申し遅れましたが、俺は冒険者でサグルといいます。
この子はレイで俺の娘です・・・、ボートが沈んでおぼれたところを助けていただいたようで、本当にありがとうございました。」
改めて礼を言って頭を下げる。
「そうでしたか・・・上の方から大変大きな音がしまして、私どもも湖面の渦に何やら大きなものが巻き込まれた様子が見て取れたものですから、辺りをうかがっておりました。
ちょうどそこへ娘さんが沈んでまいりましたもので・・・、勝手ながら収容させていただきました。」
操舵室に入って最初に声をかけてきてくれた美女が、かえってかしこまってお辞儀をする。
うーん・・・、美しい・・・というか色っぽい・・・。
「いえいえ、本当に助かりました・・・、それで・・・こっちが源五郎で、こっちがツバサ・・・俺たちは4人で冒険者パーティを組んでいます。」
源五郎たちもついでに紹介しておく。
「ああそうでした・・・名乗りもせずにご無礼を・・・、わたくしはトシミと申します。
この子がナガレで彼女がサダミ・・・、他にも6名いますが全て女ばかりなのですよ・・・。」
トシミさんは笑顔で周りの美女たちも含めて紹介してくれた。
どの子も美しいのはもちろんだが、トシミさん同様白い1枚布を羽織っているだけの様子で、レイを助けに海中に潜っていたためか、生地が濡れているからそれはもうスケスケで・・・、本当に目のやり場に困るというか、目が釘付けになってしまうというか・・・どうしよう・・・。
「そういえば先ほどお聞きした限りでは、皆さんはこの船の乗客で船とともに湖底に沈んだとか・・・、遭難してから長いのですか?」
いくらひっくり返った船の中に空気が残っているといっても、そう何日も生きてはいられないだろう、食料だってそうは持たないだろうしな・・・。
「そうですね・・・、何ケ月くらいたったかしら・・・?」
トシミさんがふと宙を見上げながら恐ろしいことを口にする・・・。
「船が沈んでから、30ケ月だ・・・およそ2年半だな。」
先ほどナガレと紹介された美女が、指折り数えて答える・・・・2年半だって?
「そんなに長い間、こんな湖底で生きていられるものでしょうか?
酸素だって生きていれば消費するでしょうし、それに食べ物が・・・。」
いくらゲームのクエストの設定だとしても、あまりにも無謀な・・・。
「ですが、この船は冷凍船で大量の食料を積んでおりました・・・、沈没してエンジンは止まってしまいましたが、湖底は水が冷たいので腐ることもなく、今でも新鮮な肉や魚に野菜など食べることができますよ。
更に居住区には観葉植物も大量に鉢植えで備わっておりました・・・、そのため食事に困ることはなく、植物が空気を清浄してくれているのでしょう・・・、何とか生きながらえている次第でございます。
食べ物の次に困るのが着るものなのですが・・・、スーツケースに入れていた衣装はすべて着古してしまい、今ではレストランのテーブルクロスに使われていた布を服代わりに羽織っている次第です。」
トシミさんが少し顔を赤らめながら、解説気味に答える。
そうか・・・テーブルクロス・・・、絶妙な生地の薄さはその点にあったのか・・・。
「食べ物なら、湖の中に出れば小魚が寄ってくるから、それを捕まえて食べることもできるしな・・・、渦の外には狂暴なブラックダンプたちがうようよいるから、小魚たちも渦の内側に避難しているので手づかみできる。」
ナガレさんがつかみどりのようなしぐさを見せる・・・、ふうむ・・・そんな設定を・・・。
「でも、やはりこんな中での生活では不自由ですよね・・・、更にいつ食料が尽きてしまうか・・・こんな生活を続けるよりも、脱出して湖面に浮上することは考えなかったのですか?」
俺ならこんなところに閉じ込められるのは1日だっていやだ・・・、すぐに脱出しようとするだろう。
「それが、できないのです・・・先ほども申し上げましたが、この湖の中心に発生している渦は強力でして、湖底に向かって強い水流を作り出しております。
そのため、湖上へ向かうことは困難で、更に渦から脱出できたとしてもその周りには狂暴な魚ブラックダンプたちが群れを成しております。
この船の船長含め多くの男性船員たちが脱出を試みて、何とか渦の外へと出ることを挑戦致しましたが、その多くは渦の水流に負けて浮上することなく溺れ、仮に運よく脱出できたとしても、ブラックダンプに襲われその命を失ったようです。
ましてやわたくしたちのような力のない女たちなどに、外の水流に立ち向かうことなど不可能でございます。」
トシミさんは力なく肩を落とす・・・。
「そうですか・・・多くの犠牲者が出たようですね・・・、それでですか・・・。
まず、この湖に生息していた外来種のブラックダンプに関しては、俺たちが一匹残らず退治したので安心です。
次にどうやってこの強烈な渦から脱出するかですが・・・。」
とりあえず狂暴な魚の脅威が消えたことは告げておく。
あとは渦からの脱出だが・・・、俺たちならできるかもしれないが、確かの彼女たちのような華奢な女性では難しいかもしれないな・・・、何か策を練らなければ湖面に達する前におぼれてしまいかねない。
「そうなのですか・・・あの凶暴な魚たちをすべて・・・、ありがとうございます。
ナガレ・・・ちょっと来て頂戴・・・、あの魚たちを全て退治してくださったそうよ。
だからお礼をしなければ・・・。」
トシミさんが突然ナガレさんを呼び寄せる・・・。
「ああそうか・・・、あの葛籠だね・・・?
分かった・・、こっちへ来てください。」
ナガレさんが手招きする。
彼女は通路をさらに奥へと進んでいくと、突き当りのハッチを開けて向こう側へと消える。
すぐさま俺たちも後を追っていくと・・・、中は倉庫のような少しひんやりした空間だった。
「この部屋の中にあった食料は、閉じ込められていた間に全部食っちまったんだが、食べられないものも中にあった・・・、この2つの葛籠だ。
結構高価なものが入っているようだから、何かの記念の際のプレゼントにって、姉のトシミが決めて保管してあったものだ。
どっちでも好きな方を選んでくれ・・・。」
ナガレさんは大きな葛籠と小さな葛籠を示して、どちらか選択するよう指示をする。
そうか・・・トシミさんとは姉妹という事なのか・・・、美人姉妹という言葉がぴったりだ。
「いや・・・お気持ちはありがたいが、俺たちはクエストの一環としてブラックダンプを倒しただけであって、そのお礼を受け取るわけにはいかない。
それに、君たちには溺れたレイを助けてもらい、こちらからお礼をしなければならないくらいだというのに・・・。」
ありがたいお気持ちだが、ここはお断りしておく・・・、何事も節度のある態度が必要だ。
「いや・・・それではこちらの気が済まない・・・、姉にも怒られてしまうので、どちらか選んでください。
それと・・・、この船の中では決して葛籠を開けないでほしい。
陸に上がれてから初めて開けてくれ・・・、これだけは約束してほしい。」
ナガレさんは、そういいながら頭を下げる・・まいったな、引いてはくれそうもない。
「でも・・・、今回のクエストは湖底の沈没船に眠る宝剣の回収でしょ?
あの葛籠の中に入っているかもしれませんよ・・・、だったらもらっておいた方が・・・。」
源五郎が後ろから囁いてくる・・・、うーん、言われてみれば確かにそうではあるのだが・・・でも、ふつうはボスキャラを倒して初めて宝箱が出てくるわけだろ?
「分かりました、それでは一ついただけるわけですね・・・?選んでもいいでしょうか?」
中身は無事に生還してからのお楽しみという事のようだ・・・、確かに宝剣が入っていても脱出できなければ意味がないからそれはそれで構わないが・・・なるべく宝剣が入っていそうな方を選ぶとするか・・・、と言って宝剣の大きさも知らない。
柄に宝石などをちりばめた脇差のような小型の飾り刀のような気もするが・・・、業物の長剣であることも考えられるわけだ。
そうなると大きな葛籠、小さな葛籠どちらにも可能性が出てくると言える・・・、果たして・・・・。
うん・・・?そうか・・・、この葛籠があれば・・・。
「その・・・決して変な意味ではないのだが、君たちが今身に着けているレストランのテーブルクロスなんだが・・・、まだほかにも在庫はあるのかい?
できれば5,6枚は欲しいのだが・・・。」
念のために確認しておく・・・、まさか裸で・・・というわけにもいかないだろうから・・・。
「ああ・・・着替え用・・・という言い方も変かもしれないが、まだ船のレストランにはテーブルクロス付きのテーブルは残っているさ・・・でもどうしてだい?」
ナガレさんが小首をかしげる。
「じゃあ、俺たちは小さな葛籠の方を頂くとしよう。
そうして大きな葛籠の方は、君たちが使ってくれ。」
「へっ・・・?」
俺の言った言葉の意味が分からないナガレさんは、ますます目を大きく見開いて、ぽかんと口を開けた。




