倒すべき相手は・・・?
7.倒すべき相手は・・・?
「直径5キロとなっていたからさほどの距離ではないだろう・・・走って行ってみるか。」
すぐに全員で湖岸に沿って駆け出す。
『ダダダダダッ』『ザーザーザー・・・』少し走るとすぐに雨音が聞こえてきたが、まだ降っては来ていない。
「あれは何でしょうか・・・?」
ツバサのさす先には数体の巨大な紫色の塊が・・・雨の中をうごめいている・・・というか、灰色の雨雲自体の大きさはさほどでもなく、雨雲は局所的に・・・というか、その紫色の塊の動きとともに移動している様子だ。
「ううむ・・・2本の角が生えていて・・・巨大ななめくじのような・・・いや、もうちょっとずんぐりむっくりとさせたような・・・。」
「アメフラシに似ていますね・・・浅瀬に生息する軟体動物だったと思います・・・実際のものはもっともっと小さくて・・・手のひらサイズだったように記憶していますが・・・。」
源五郎が、目を凝らしながら雨で霞む先を確認しようとする。
ううむ・・・その名の通り、雨を降らせる魔物ということなのか?
体長2メートルはあるだろう・・・巨大な紫の塊は、降り注ぐ雨水を喜んでいるかのように、ゆっくりと湖岸を歩き回っていて、それにつれて雨雲も移動しているようだ。
こいつらの群れが雨雲を呼び込んで雨を降らせているために、ただの水たまりが巨大な湖と化して、さらに広がっていっているというのか?
「この魔物が、湖を形作っている雨を降らせているのであれば、仕方がありません・・・退治しましょう、とうっ」
『タタタタッ・・・タッ・・・』ツバサはすぐに駆け出して、光の爪でアメフラシの魔物に斬りかかっていく。
『シュッぷにゅっ・・・シュッぷにゅっ』しかし光の爪は、切り付けることも突き刺さることもできず、魔物の弾力に跳ね返されてしまった。
「攻撃が通じません・・・。」
ツバサが唖然とした表情で振り返る。
『ザーザーザー・・・』局所的な雨の中のアメフラシの魔物は、攻撃されたことを微塵も感じさせないように、ツバサを無視して平然と動き回っているようだ。
「どうれ・・・おりゃあっ!」
今度は俺が別のアメフラシの魔物に、鋼鉄の剣を振りかぶって斬りかかっていってみる。
『ダダダッ』『シュッぷにゅっ・・・シュッぷにゅっ』ところが鋼鉄の剣も、一瞬でなまくらとなったかの如く、刃先が切れ込むこともなく、その弾力に簡単に跳ね返されてしまった。
「鋼鉄の矢じりを使用してみます・・・。」
『シュッシュッシュッシュッ・・・ボンッボンッボンッボンッ』源五郎の鋼鉄の矢じりでさえも、突き刺さることもなく、きれいに跳ね返されてしまった。
「ううむ・・・かなり柔らかい体をしているのか、攻撃をはじき返してしまうな・・・。」
「ナメクジのような、軟体生物なのでしょうね・・・それにしても剣や矢が通じないとは・・・。」
「本命の魔物が他にいるので使いたくはないのですが、仕方がありません・・・とうっ!」
『タタタッタッ・・・』数歩の助走の後、ツバサは高く舞い上がった。
「真空の壁・・・とうっ!・・・奥義・・・鷲撃泰覇斬!」
さらにもう一段高く舞い上がると、そこから一気に回転しながら加速し、頭から突っ込んでいった。
『ぶよーんっ』ドッガーンという衝撃音を予想していたのだが、魔物の体深くまで突き刺さったツバサの体は、そこからゴムの弾力にはじき返されるかのように、そのままの姿勢で跳ね返され、『ピュー・・・・・クルクルクル・・・シュタッ』そのまま十数メートル飛ばされ、それでも何とか体勢を立て直して湖岸ぎりぎりに足から着地した。
「ありゃりゃ・・・ツバサの奥義も効果なしか・・・参ったね・・・。」
「アメフラシ自体は海の生物ですが、ここは湖ですし、ナメクジのように塩が苦手かもしれません・・・野営での自炊用に塩を大量に購入してあるので、ちょっとかけてみましょう。」
源五郎が冒険者の袋の中から小ぶりの麻袋を取り出し、中に手を入れてそこから白い粉末を手のひらからこぼれるくらい大量につかみ取る。
『ザバッ・・・』そうして目の前を悠々と歩いている紫の魔物めがけて投げつけた。
「あんぎゃぁー・・・。」
『どだっ・・・ぼよーんっ』『ズザザザザザッ』塩をかけられると苦しいのか、俺たちのことを気にもしていなかった魔物が、叫びながら源五郎に向かっていき体当たりをして・・・源五郎は数メートル弾き飛ばされた。
『ザーザーザー・・・』源五郎はすぐに立ち上がり弓を構えて身構えるが、それ以上源五郎に戦いを仕掛けることもなく、魔物はまた雨に打たれながら湖岸をゆっくりと歩き始めた。
「あーあ・・・塩はある程度効果はありそうだが・・・雨が大量に魔物めがけて降り続いているから、少しくらいの量ではすぐに流れて効果がなくなってしまうようだな。」
「そうですね・・・こいつらを退治するには何十キロ・・・何百キロもの塩が必要になりそうですね。」
源五郎は突き飛ばされた麻袋を拾って泥を払うと、冒険者の袋の中に収納した。
「うーん、魔法はどうかなあ・・・炎系の魔法は雨が降っているから駄目だよね・・・水系の魔法は効果がなさそうだし・・・雷はどうかな・・・ら・・・」
「まてまてまて・・・俺たちがいる辺りも魔物たちが動き回っていたせいか、雨に降られて地面が濡れている。
こんなところで強烈な雷撃を放ったら、俺たちもただでは済まないだろう・・・だから、雷系の魔法は禁止だ。」
すぐにレイを止める。
「じゃあ・・・全体光攻撃!」
『ぺかーぺかーぺかー・・・』レイが魔法を発すると、いくつもの光の束が魔物たちの群れに向かっていく。
「あれ・・・?効かないね・・・。」
レイが首をかしげる。
「うーん・・・雨粒が結構密に降り注いでいることと、あの魔物自体が向こう側が透けて見えるくらいに透明だから、光魔法は雨で弱められて、さらに当たっても素通しになってしまうのかもしれないな・・・。
光の魔法は元々お化け系の魔物に強い効果がある魔法だから、動物系だと効果も薄いのだろう・・・物理攻撃もきかないし、こうなるとある意味無敵といえる・・・参ったね・・・。」
本当に参った・・・なす術もないとはこのことだ・・・。
「雨は上空の雲から降ってきていますから、雨を直接当たらせないようにすればいいのですよ・・・そうすれば塩攻撃だって通用するはずです。
レイちゃん・・・風系の魔法で雨を飛ばせるかな?」
源五郎がレイのほうへ振り返って笑顔で指示をする。
「うん、いいよ・・・初級魔法にあったね・・・強真空波!」
『ビュービュー・・・』レイが唱えると、強烈な突風がアメフラシへ降り注いでいる雨粒どころか、アメフラシ自体をも吹き飛ばしそうな勢いで、襲い掛かっていく。
「よしっ!今だっ・・!あれ?」
源五郎が塩の入った麻袋の中に手を突っ込んで、塩を思い切り握りしめた右手を振りかぶったところで固まってしまった・・・突風は一瞬のことで、またアメフラシの体には上空の専用雨雲から雨が降り注いでいる。
「うーん・・・風系の魔法では一瞬だけだから効果なさそうですね・・・困りましたね・・・。」
源五郎が腕を組んで考え込む。
「仕方がない・・・うまくいくかどうか・・・俺たちが近づいても別に気にするそぶりも見せず、おとなしいわけだから・・・それを利用させていただこう・・・。」
冒険者の袋の中から、ビーチパラソルを取り出し傘を広げる。
どこかきれいな砂浜の海岸にでも行きついたときに、海水浴でもしたいと思って道具屋で購入しておいたものだ。
もちろんツバサの水着姿が目当てだったのは言うまでもないが・・・今は緊急事態だからやむを得まい。
アメフラシの背後からゆっくりと近づき・・・パラソルの柄をアメフラシの胴体にロープでぐるぐる巻きにして括り付けてしまう。
「ぎゃあー・・・」
『ザザッ!』アメフラシはその異常事態に気づいて体をひねって振り返るが、すぐに後方へと飛びのく。
俺が離れるとアメフラシはそのまま何もせず、パラソルを括りつけられたまま、またゆっくりと歩き始めた。
「今だっ、源五郎。」
「はいっ・・・。」
『ゴワッ・・・バサッ!バサッ!』源五郎が麻袋からつかみ取った塩を、パラソルを括りつけたアメフラシに投げかける。
「あんぎゃ−!あんぎゃぁー!」
アメフラシは体をよじって塩を振りかけてきた源五郎の方へと向かっていったが、よほど苦しいのかすぐにあきらめ、湖岸から湖の深みへと入っていこうとする。
『ジャバジャバジャバジャバ・・・』「あんぎゃー!あんぎゃー!」
すると次の瞬間、湖面に激しく波が発生し、中に入っていったアメフラシが苦しそうにのたうち始めた・・・。
「あ・・あんぎ・・・」
その後、湖面の波が収まり、開いたビーチパラソルだけがその場に突き刺さった。
「よっと・・・」
『ザッバーンッ』『ジャバジャバジャバ』木の枝でパラソルの柄を引き寄せ、湖面から持ち上げようとすると、すぐに激しい波が立つ。
「恐らくドルシャチの群れだろうな・・・凶暴で湖に入ってくるのは冒険者だろうが魔物だろうがなんだろうが、容赦なく攻撃してくるのだろう。
哀れアメフラシは、ドルシャチの犠牲になってしまったということだな・・・。
しっかし・・・アメフラシが雨を降らせながら湖岸を回っているからこそ、この湖があるというのに、ドルシャチはお構いなしということか・・・共存関係と思っていたが違うようだな・・・。
もしかするとアメフラシは、ある程度湖水を貯めたら、そこで生活をしようと考えていたのかもしれない。
ところが、そこにドルシャチが発生してしまったから、仕方なく湖岸をうろうろして湖の範囲を広げていった・・・ところがドルシャチがそれに比例して増え続けるものだから、いつまでたってもアメフラシが住める湖はできないといったことなんじゃないかな・・・。
まあいいさ・・・パラソル作戦は成功だ・・・次々とアメフラシを始末していこう・・・アメフラシがいなくなれば、この日差しだ・・・湖の水は何日と持たずに干上がってしまうことだろう。」
だんだんと状況が呑み込めてきた・・・まあある意味アメフラシは被害者なのかもしれないが、ドルシャチ退治のためには仕方がない・・・退治させていただこう・・・どうせ魔物なんだしな・・・。
「だめぇー・・・アメフラシさんは、何も悪いことしていないもの・・・。
雨を降らしているだけで・・・このクエストと何の関係もないじゃない・・・だからアメフラシさんを傷つけちゃだめー!」
ところがレイが突然、ビーチパラソルとロープを携えて一歩踏み出そうとした俺の前に、両手を広げて立ちはだかった。
確かに気持ちはわからんでもない・・・俺たちがこれだけ近づいているにもかかわらず、奴らは俺たちに攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、自由にのびのびと歩き回っているだけだ。
「おいおいレイ・・・ちょっとはかわいそうな気もしないでもないのだが・・・所詮アメフラシは魔物だ。
いずれクエストの対象になるかもしれないし、それにドルシャチを退治するには、この湖の水は邪魔なんだ。
雨を降らせているアメフラシは、このクエストを履行させるために取り除くべき障害・・・いわゆる・・・邪魔者といえるわけだ。
それに・・・パラソルつけて雨水を直接当たらないようにしてから塩を振りかけるだけで、苦し紛れに湖に入って行きドルシャチたちのえさになってしまうわけだ・・・つまり俺たちが直接手を下さなくても・・・。」
直接攻撃するわけではないため、ちょっとは罪悪感が薄まる・・・というか、俺たちの攻撃はほぼ通じないのだが・・・塩で体の水分が失われることで、アメフラシの体表の弾力やハリがなくなり、物理攻撃が通じるようになってしまうのだろうと推測しているのだがな・・・。
「だめったら、だめぇー・・・!」
レイは俺の目の前から動こうとしない、こうなると厄介だ・・・何せ頑固だからな・・・。
「確かに・・・アメフラシの魔物は、今回のクエストには直接関係ありませんからね・・・北極海岸のイルカよりもクエストへの関与が薄いわけです・・・奴らはレイちゃんに襲い掛かっていったりもしましたしね・・・。
どうでしょう・・・何とかアメフラシを傷つけずにドルシャチを退治する方法を考えませんか?」
源五郎がレイの隣にやってきて、俺を説得しにかかってきた。
そうはいってもだな・・・この雨水の流入をどうにかしないと、湖はどんどん広がっていって・・・あっ、そうか・・・別にアメフラシがいるからといって、雨水が入っていかないようにはできるな・・・。
「うーん仕方がないな・・・だが、そうなると、この湖岸にダムのような堰でも作って、アメフラシたちが降らせる雨水が、湖に入っていかなくする必要性があるぞ・・・結構な労力と材料となる木材が・・・。」
あたりを見回しながら・・・ため息が漏れる・・・何せ見渡す限りの平原なのだ・・・所々に木々が見られるが、切り倒して堰を作るためには一体どれだけ集めまくらなければいけないものか・・・。
「大丈夫ですよ・・・見渡す限りの平原ですからね・・・。」
源五郎が、俺の隣で遥かかなたまで続く平原を眺めながらつぶやく。
「いや・・・いくらどこまでも続きそうな平原だからといって、そこに生えている木々は本当に点在といえるくらいしかないのだぞ・・・これらの木々を集めるのにどれだけ苦労することか・・・。」
そりゃあ確かに堰を作るための木の調達に事欠くことはないともいえるのだが・・・それを集めるのにどれだけ走り回らなければならないものか・・・気が遠くなるほどの・・・。
「いえ・・・堰を作るわけではありませんよ・・・移動させるのです・・・。」
源五郎は自信満々に答える。
「移動・・・?」
「そうです、移動させるだけです・・・アメフラシの魔物は先ほどから僕たちが近寄っても敵意を示すことはありません・・・塩をかけたりしなければですがね・・・。
ですから、そのまま別の遠くの場所まで運んでいけばいいですよ・・・見渡す限りの真っ平らな平原ですから、数キロ離せばそこで降る雨がこの湖に流入してくるには、相当な日数がかかるでしょう。
まあ、安全のためには十キロは離しておいたほうがいいでしょうけどね・・・。」
源五郎は目の前の平らな平原の先の方を指さす。
なるほどそうか・・・アメフラシをどこか遠くまで連れて行ってしまえばいいわけか・・・確かにそれで済むのであれば、一番平和な解決法だ・・・。




