ダイレクトメール
2.ダイレクトメール
「それは、一体どういうことなのかな?
つぶれかけた会社を買い取るなんて言うことは、普通に行われていることなんじゃないのか?
融資という形だったり、あるいは借金ごとすべて買い取って子会社化したり・・・。」
倒産して9年以上も経過して、いまだに残っている負債がきれいになくなるというのだから、いいことではないのか?その何が問題だというのだ?
「いや・・・そんなに単純なことではない。
会社ごと買い取るということだから、もちろん商社として行っていた数々の事業や、あのゲーム機ごとすべての資産を引き継ぐということなのだろうが、そんなことをして一体何の得になるのか・・・。
何せビルを買い取るだけであれば、あの土地の評価額にビルとしての上物の価値・・・それを上乗せした額での購入となる。
しかし、それでは借金を払いきれないため抵当が消えることはない・・・あのビルには土地やビルの評価額の3倍もの抵当がついているわけだ・・・だからこそ、9年間も売れ残っていたわけだからね。
なんにしても、ようやくすべての清算を終えるということになって、翔たちも一安心といったところではあるのだが、あまり素直には喜べないわけだな・・・なにせ10年前と9年前の2度にわたる不正アクセスが分かってしまった後だからね。
そもそも10年前の不正なアクセスで、とんでもない経験値の魔物たちを送り込まれてさえいなければ、ゲーム機がまやかしの機械ではなかったということも、また、ゲームをする以外に利用価値がないことも証明できていたはずなんだ。
だれが何の目的で、あのようなことをしでかしたのか、まったくわかっていない中で、あの会社ごと買い取られてしまったら、真相は完全に闇の中ということになってしまう。」
綾瀬が淡々ととんでもないことを告げる・・・ううむ・・・買い手・・・か・・・しかも通常価格の3倍も出してまで買い取ろうとするなんて・・・。
「そっ・・・その・・・買い手というのが怪しいんじゃあないのか?なにせ、とんでもない値段で9年も前につぶれてしまった会社を買い取ろうとしているわけだからね。」
「ああ・・・俺もそう考えたさ・・・だが、その相手というのが・・・なんとテレビ局なんだ・・・。
いや・・・テレビ局自身ではないが、テレビ局の子会社・・・といったほうがいいかな・・・テレビ番組の制作会社が、どうやら買い取ろうとしているようだ。
テレビ番組制作のほかにゲームにも乗り出すらしい・・・ネット系の番組配信を手掛けている会社で、その配信の付属プログラムとしてロールプレイングゲームを売り出したいといわれた。
事の真偽はともかくとして、1時期は高額な代金を支払ってもかまわないというような、ヘビーユーザーを抱えたゲームの世界に興味があるといわれたよ。
あの会社は商社として結構大きな会社ではあったが、さすがに9年以上も休止していると、当時の取引先などはすべて別商社に切り替えているだろうし、行っていた事業も継続可能なものは他社に切り売りされて、少しでも負債の補填に充てられてしまい、何も残ってはいないといったほうがいい。
そんな会社を買い取ろうというだけでも、眉に唾をつけて話を聞く必要性があるのだが、言っていること自体は理解できなくもないし、はっきり言って断る理由など見つかるはずもない。
売却という方向で進行中だ・・・これによりゲーム機でアクセスすることは、完全にできなくなってしまった。
買い手がついたということで俺たちですら、あのビルに入ることができなくなった・・・買収金額が妥当かどうか確認のために、買い手側が当面あのビル内に立ち入って確認するそうだ。
その後買取と決まれば、完全に向こうの会社のものとなる。」
綾瀬の言葉に、固まってしまう・・・。
「それにしても、どうして今頃になって・・・本業の商社の事業もそうだろうが、ゲームに関してだって、10年もたてば古ぼけてしまって、市場価値はないはずだろ?
そんなもの欲しさに市場価格の何倍もの金を出すだなんて・・・怪しいにもほどがあるんじゃないのか?
そもそも買収金額が妥当なもののはずがないじゃないか・・・それなのにどうして?」
やはり10年前の不正アクセスとの関連を、どうしても疑いたくなってしまう。
「ああ・・・それはそうなんだが・・・VR技術だって今では相当進化して、スピーカーが組み込まれたゴーグルや、草花の香り成分を噴出するタイプまで出回っているご時世だ。
それでもあのゲーム機ほどのリアルさには追い付いていない・・・当たり前の話だ・・・あれは正真正銘のリアル・・・現実世界なのだからな。
色々やってみたけどだめで、だったら実績のある技術を手に入れたいと考えたとしても不思議ではない。
その見極めのために10年かかったと考えれば、つじつまは合わないでもない。」
電話口の綾瀬の声のトーンが少し下がったのが伝わってきた。
「だとすると買い取った会社が、またあのゲーム機を販売して、あの星での冒険ができるようになるということなのか?」
それならそれでも俺は構わない・・・販売価格にもよるが、青空商会には申し訳ないが、別会社からの販売でも俺は迷うことなく購入するだろう。
「いや・・・それは難しいだろうと、翔も定男も考えているようだ。
あの星へアクセスするには惑星間どころか銀河系間通信が必要なわけだが、当然のことながらゲーム機自体にはそんな大それた機能は持っていない。
一定の周波数の電波を飛ばしたり受信したりできるだけだ・・・その電波というのは、映像や音声などを送るためのいわゆるテレビ放送などに用いる周波数帯の一部を使っている。
もちろん放送法にのっとって、他のテレビ放送に影響を与えないように、周波数帯も守るし出力制限だってかけてある。
だから同じ周波数帯の電波であれば通信できるのかというと、実はそうではない・・・何度も言うが、銀河系間通信ができるような超々大出力の電波ではないからだ。
俺と翔があの星に行って願ったのは、翔が運営する会社・・・つまり青空商会だな・・・が、これから制作する装置と送受信をして、あの星にゲームの世界を作り出すということだ。
もちろん、これから作り出すゲームの内容に関して、詳細まで願うことはあの時点では到底不可能だった。
かといって、あの星では詳細まで願わないと、こちらが意図したとおりの結果になるとは限らないから、ゲーム機のプログラム用と基幹プログラムを管理する用のコンピューターに加え、地球との通信装置を持っていった。
当時の高級パソコン程度のものではあったが、それでも常に最新の地球製スーパーコンピューターの能力以上のレベルを確保し続けるよう願っておいた。
そのコンピューターに俺たちがプログラミングしたソフトを、あの星に置いた通信装置を通じてインストールして初めて、あの星での冒険が可能となったわけだ。
ゲームプログラムの基幹となる部分は、後から変更できないようにロックしてあるし、信号が届かなければ書き換えなんて絶対に不可能だ。
つまり、俺たちが作ったゲーム機の発する電波でなければ、あの星に達することはない。
ゲーム機の中の部品では、今では手に入らないものもあるようだが、CPUやMPUなどストック市場から在庫を拾い集めて、まったく同じゲーム機を作り上げたとしても、通信はできないはずだ。
それだからこそ青空商会を買い取ったのだろうが、そのうえでゲーム機を作ったとしても、うまくアクセスすることは叶わないだろうと、五郎じいさんも言っていた・・・青空商会制作のゲーム機であることを識別するために、プログラム中に特殊なコードを織り込んでいるしな・・・それがなければ通信できない。
つまり、あの星でのゲーム活動を復活させるために大枚はたいたのだとすれば、それは全く無駄な投資でしかない可能性が高いというわけだ。
もちろん俺にしても翔にしても、あのゲーム機は世界中の政府機関が鑑定して、実際には別世界にアクセスできない、嘘偽りのものだという烙印を押されたものだ。
だから、その世界を再現しようとしても無駄なことですよ・・・と何度も説明し続けたのだが、そんなことは承知の上で買い取るのだという回答が来た。
ますますあの会社を買い取る理由が分からなくなってきているのだが、もうこれ以上の詮索はできない。
なにせ、本当のことは話せないのだからね。」
綾瀬の声の大きさがだんだんと小さくなって、最後は何とか聞き取れる程度になってしまう。
「それじゃあ、もうゲーム機でアクセスすることは、不可能ということかな?」
「まあ俺たちの手引きではもう無理ということになるな・・・買取が中止となれば別だが、今の様子では、そんなことはあり得んだろう。
それでも絶望することはないぞ・・・買い取られたからといって、ゲーム機がなくなるわけではない。
なにせ伝説と化したゲームの世界を求めて、市場価格の3倍もの金を出して会社ごと買い取るわけだからな。
あのゲーム機は永久保存版として、保存しておく可能性が高い。
ゲーム機自体の設計図はあるから、わざわざバラして部品構成など把握する必要性もないからね。
買取となった後で・・・事情を説明してゲーム機を使わせていただくという手もなくはないと考えるがね。
あくまでも一般のユーザーを装ってだな・・・。」
綾瀬が何とか希望をつなぐ説明をするのだが、難しいだろうな・・・。
以前このゲーム機のお世話になりましたー・・・とか言いながら、会社見学会に参加しろとでもいうのだろうが、アクセスを申し込むというのは非常にハードルが高い。
懐かしいので一度寝てみてもいいですか?なんて、ショールームに展示されているゲーム機にさりげなく入り込むというのだろうが、電源が入る状態かどうかわからないし、初期データ入力なんてことをやるだけでも1時間以上かかるわけだ・・・何せアンケートに回答して事前に入力してもらっているわけではないのだからな、1からすべて設定するわけだ。
その間、待っていてくれるはずはないし、さらに俺には裏コマンドが使えないから、初級レベルでアクセスしてしまえば、はじまりの村まで到達できずに、超強力な魔物たちの餌食になってしまうのは目に見えている。
買い取った会社の人間が、試しに一度アクセスしてみようかと、取説を見ながら寝てみたとしてもゲームが始まることもないわけだ・・・大空翔たちは、裏コマンドなど教えてやるはずはないわけだからな。
そのうえで、そのテレビ局の子会社の事業でなかったものを、壊したり捨てたりはしないにしても、ショールームに展示し続けるかどうかもわからないのだ。
「そうか・・・残念だな・・・。」
力なく電話を切る・・・レイに、もうあのゲーム機で冒険世界にアクセスすることは出来なくなりそうだと話すと、ショックを受けた様子ではあったが、それでも晩飯後は岳斗のおむつ替えの練習を妻と一緒に夢中になってやっていた。
レイの場合は、ゲーム機で向こうの世界にアクセスした記憶が全くないからな・・・だから悔しさはあるのだろうが、その素晴らしさを知らないから、できなくなったということへのショックはさほど大きくはないようだ。
それよりも新しく増えた家族に対して興味が移っているようで、少しほっとした。
その後源五郎にも電話してやったが、言い逃れができたという報告までは喜んでいたのだが、途中から黙り込んで、何も応答しなくなってしまった。
なんだか俺やレイよりもショックが大きいようで、ちょっと心配になった。
それからまた2ヶ月間は、何事もなく平穏な日々が続いた。
予想通りというか、綾瀬の電話から1週間経たずに、青空商会ビルが会社ごと買い取られたというニュースが、テレビでも流れた。
それはそれで喜ばしいことなのだろうが・・・正直俺の心境は複雑だった。
「ちょっと、あなた・・・ネットでアダルトサイトなんか見に行っているんじゃあないの?
レイだってもう大きくなって、わかるようになってきているんだから謹んでよ!」
そんな折、帰宅したら妻から突然お小言を食らう・・・出産後に体に残った余分なぜい肉を、ようやく絞って妊娠前に近い体形に戻りつつあり、最近は機嫌がよかったはずなのだが・・・。
「えー・・・俺はスマホでだってアダルトサイトにはアクセスしないぞ・・というか、うちは家庭円満だから、そんなもの必要ないだろ?」
アダルトサイトって・・・家のパソコンではユーザーは分けてアクセスするようにしているが、それでもそのまま放置して見られてしまってはまずいので、怪しげなサイトには絶対にアクセスしないように気をつけている。
「何馬鹿なこと言っているのよ・・・恥ずかしい・・・だったらこれは何なの?」
妻が顔を赤らめながら、一通の封書を見せる。
何々・・・村木 摸様・・・ううむ・・・俺宛だな・・・。
「宛名をラベル印刷して封筒の表に張り付けて、さらに料金別納郵便・・・いかにもダイレクトメールのようだが、これがどうかしたのか?」
どうにも妻の言っていることが理解できない。
ダイレクトメールが送られてきたからって、それとアダルトサイトがどうつながるというのだ?
いや待てよ・・・もしかするとアダルトなムービーのDVDとかの通販の案内なのか?
若いときは結構そういった類のダイレクトメールが多かったが、最近はとんと送られてこなくなった・・・今では1度でも購入したお客に対してのみ、ユーザー登録いただいてメールで新作情報を送っているのだろうな・・・。
別に残念とか寂しいという気持ちはないのではあるが・・・まさか妻が俺宛の郵便物を勝手に開けて中身を見たとでもいうのか?
いくら夫婦とはいえ、それは法的にも倫理的にもまずい行いだぞ・・・。
「ほら見てよ・・・封筒の裏側・・・いやらしいわね・・・こんなのいつの間に申し込んだの?」
妻がもう一通の封筒を裏返して見せる。
するとそこには、驚くべき文字が・・・必ず中をご確認くださいの文字とともに、
『あなたの幸せな夫婦生活を応援します。
遠い地へ単身新赴任中でも倦怠期でも、引退済みのご夫婦でも問題ありません、満足いただける性生活が復活します』の文字が・・・。
「なんじゃこりゃ・・・倦怠期って・・・子供が生まれたばかりだというのに・・・一体どういうことだ?
しかも俺宛だけじゃなく、お前宛にも来ていたのか?」
「岳斗が生まれるまでは、あなたにも不自由をかけたから、その時に申し込んだんじゃないの?」
「馬鹿なことを言うなよ・・・いくら俺でもそんなことするはずないじゃないか・・・どこの会社からだ?」
もう一度封筒の表を見てみると、封筒の右下には関東オカメ株式会社の文字が・・・。
「これって関東オカメTVの子会社か何かかな・・・なんだってテレビ局が・・・。」
とりあえず胡散臭い会社からの封書ではなさそうなので、開けてみてみる。
すると、その中身は驚くべきものが・・・A4サイズのカラー刷りのチラシには、リクライニングシートを細長い流線型の透明カプセルで包み込んだ繭のようなものが描かれていた。
そうして毎晩このシートに横たわって睡眠するだけで、まさに夢のような毎日が送れます・・・別世界で若々しい肉体と、美しい伴侶を得ませんか?もちろんご夫婦でお申し込みも可能です・・・と書かれていた。
加えて、居ながらにして世界各地のご当地グルメを堪能できます・・・しかもダイエットなど心配ご無用・・・何食食べても太らない・・・とある。
「発売は来年初予定ね・・・それまでに限定千台の予約受付しますだって・・・でも高いわねー・・・ゲーム機本体の値段が百万円で、さらに通信費が一般的なご使用だと月5万円で年間60万円だって・・・まあ、通信費は課金の仕方によって月千円から・・・と次の段に大きく記載があるけど・・・。」
一緒に封筒の中身を見ていた妻が、別のチラシを広げて見せる。
「俺はこんなものの資料請求などした覚えはないぞ・・・俺の知り合いの中にだって、好意にしても嫌がらせにしても、こんなものを俺に黙って申し込むようなやつはいないはずだ。
会社の同僚で俺の住所まで知っているのは課長くらいだしな・・・もしかすると、あのゲーム機の購入者リストあてに送ってきているのかもしれない・・・価格が似ているし、何よりゲーム機は機構からしてそっくりだ。
ゲーム機が使用不能ということになって返金されたのは、結婚してこの住所に越してきてからだったからな。
だがなあ・・・あの世界での分身たちにはSEX機能なんてなかったはずだ・・・食事だって食べようとしたとたんに消えてなくなってしまい、満腹感が得られるだけだったからな・・・実体化していた時であればともかく・・・。
それよりも何よりも、あの星へのアクセスは、別のゲーム機ではできないといわれていたはずだぞ・・・。」
そういいながら案内文の差出人欄を見て驚いた・・・なんと青空商会からのダイレクトメール・・・やはり、あの会社を買い取ったところが作ったゲーム機に間違いがない・・・。
俺はすぐに源五郎に電話して郵便が来ていないか確認するとともに、綾瀬にも連絡してみることにした。




