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タコ真珠貝

9 タコ真珠貝

「どうしました?きゃあっ・・・」

「いやあー・・・、前が見えないよう・・・。」

 続いてツバサとレイの悲鳴も聞こえてきた。


「ちいっ・・・。」

 慌てて防毒マスクのゴーグル部分をふき取ろうとするが、ねばねばとくっついて取れない。


 湖の水で洗い流したいところだが、毒に汚染されているので浸けることをためらうし、更にマスクを外すことも危険だ。


「どうやら墨を吐かれたようだ・・・クエスト票には書いてなかったが、タコ真珠貝という名前から警戒すべきだったな・・・油断した・・・。


 だがまあ・・・毒ガスは空気中では無毒化すると言っていたし・・・このまま湖から上がってしまえば問題はないはずだ。

 目をつぶって、まっすぐに歩くくらいは皆取得しているわけだから、大丈夫だろう。


 防毒マスクは外さずに、このままボートを桟橋に着けよう。」


『はいっ』

 目をつぶったままで魔物を退治したこともあるわけだし、そのままボートを漕いで岸に上がるくらいは何のことはない・・・桟橋の大体の位置も把握しているから、困るようなことはないさ。


『ビュッ』『カンッ』『ビュッ』『カンッ』『ビュッ』『ドガッ』『ビュッ』『ガンッ』ところが、すぐに何かが鎧にぶち当たる音が・・・だんだんとその衝撃が大きくなってきた。



「きゃあっ・・・。」

「いやあっ・・・」

「うわあっ・・・」

 同時に、次々と皆が叫び始めた。


「大丈夫か?みんな・・・。」

「なにか・・・投石のような・・・攻撃を受けています。

 あまりにも早すぎて・・・視界のきかない状況では捉えきれず、急所を避けるのが精一杯です・・・。」


 ツバサには珍しく、悲観的なコメントだ・・・それだけ厳しい攻撃という事なのだろう・・・。

 恐らくタコ真珠貝が攻撃を仕掛けてきているのだろう。


「分かった・・・ツバサはそのまま身を伏せていてくれ・・・体を起こしたままではかえって危険だ。

 俺に考えがある・・・ちょっとこの場は任せてくれ・・・。」


「はい・・・分かりました・・・。」

 ツバサをボートに伏せさせてから立ち上がり剣を抜く・・・そうして精神を集中させる。


「レイちゃん・・・ここは僕に任せて、身を伏せていてくれ・・・。

 大丈夫・・・僕にも奥義があるんだ・・・。」


 向こうのボートでも、源五郎がレイを伏せさせて一人立ち向かおうとしているようだ。


 そう・・・昨晩奥義の修行の時に、2人で考え抜いた奥義・・・というか・・・精神集中するときには目をつぶるので・・・そのまま神経を研ぎ澄まして攻撃を行う・・・・いわゆる心眼なのだが・・・それを少し発展させて、動きの速い敵にも対応できるよう、一段上の精神集中を狙ったものだ・・・。


 とりあえず、すぐに実践できそうな、お手軽な・・・いわゆる・・・無念無想の・・・。


「奥義・・・無想斬撃・・・!」

「奥義・・・無想射撃・・・!」


 呼吸を整えて耳を研ぎ澄まさせる・・・もちろん耳だけではない・・・視覚以外の4感全てを総動員して周囲の状況を把握する。

 触覚は・・・皮膚の感覚を通して風の動きや周囲の温度変化を探り、臭覚はもちろん敵魔物の匂いを感じる。

 更には舌を少し出して、空気の味というか・・・微妙なイオンの変化をも感じようとする。


「わっ!」

 そうして、更に声を出す・・・なるべく高い音の方が反射して帰ってくる量が多いので適している。


 その音の反射の具合から、周囲の状況を探るのだ・・・これは超音波を出して周囲の状況を把握して暗闇でも高速で飛行する、蝙蝠系の魔物の動きにヒントを得たものだ・・・。


 前方に高速の飛翔体が3つ、後方には2つ・・・ほぼタイミングをずらさずに襲い掛かってきているようだ・・・更に精神を集中させて、どの順に対処していけばより効率的か計算する。


『ビュッ』『ビュッ』『ビュッ』『キンキンキンッ・・・シャキィーンッシュッパンッパンッパンッパパンッ』前方右手から襲い掛かってくる飛翔体を袈裟懸けに斬りおとし、そのまま正面の飛翔体を突き上げ更に逆V字に剣を振り下ろして左の飛翔体を斬る・・・。


 そのままの勢いで回転し、背後から襲い掛かってきた2つの飛翔体を水平切りで一刀両断した。


『シュシュシュシュシュシャパッシュパッシュパッシュパッ』隣のボートからは、源五郎の鋭い連射の音が聞こえてくる。

 こちらも快調に魔物の攻撃を仕留めている様子だ。


『シュッパンシュパパンシュッパンシュパッ』『シュシュシュシュシュシュパッシュパッシュパッシュパッシュパッ』その後も俺と源五郎が奥義を駆使して、魔物の攻撃を撃破し続けて行く・・・。


『・・・・・』やがて、周囲は音もない静寂な空間と化した・・・。


「ふうっ・・・どうやら魔物の攻撃は終了したようだな・・・数を数えていたんだが、最初の攻撃からちょうど50まで数え切ったから、恐らく全滅だろう・・・じゃあ、もう大丈夫だからバケツを持って岸に上がるぞ。」

『ジャバジャバジャバ・・・ゴンッ』おおよその見当をつけた桟橋方面へボートを漕いでいくと、軽い衝撃が・・・。


「よしっ・・・上がるぞ・・・。」

 マスクのゴーグルは依然として視界がゼロだが、魔物の攻撃を防ぐこともできるくらいなので、ボート隅のバケツを探るくらいはお茶の子さいさい・・・両手にひとつづつ持って桟橋へと上がる。


「はあ・・・すごい奥義ですね・・・。」

『パンッパンッパンッ』ツバサが体を少しはたいてから、バケツを持って桟橋へと上がってきた。


「ああ・・・これといった凄い技を思いつかなかったから、精神修養のための禅のままでできる技を考え付いただけだよ・・・、奥義第1弾としてはこんな処かね・・・わっはっは・・・」

 照れ隠しになるべく豪快に笑って見せる。


 華麗なツバサの奥義や、すさまじい破壊力のレイの奥義に比べるとずいぶんと地味な技だが、まあ最初はこんなものさ。

 おいおい、すっげぇー・・・って羨望のまなざしを受けるような技を考えていけばいいさ。


「ふうっ・・・これで全部だな・・・。」

 桟橋から上がって小屋の前にバケツを並べ、ようやく防毒マスクを外す。


「あれっなんか・・・減っていませんか?」

 ツバサがバケツをのぞき込んで、不思議そうに首をひねる。


 確かにそうだ・・・湖のここから掻き出したときには、かなりの厚みがあって、10個も入ればバケツは満杯になっていたというのに・・・今はバケツの1/3程度しか入っていない。


「ああそうか・・・攻撃してきたわけだから、大半は切り刻まれて湖の底という事なのかな?

 いくつ残っている?」

 そういえば墨の目つぶしを食らったあとに攻撃されたわけだから、バケツの中身は何も入っていないはずだわな。


「1つのバケツの中には・・・10個ちゃんと入っていますよ・・・だから・・減ったというより、小さくなったんでしょうね。」

 ツバサがさらに首をひねる・・・ううむ・・・一体どうしたわけだ?


「念のためクエスト票を見てみるか・・・また後出し気味の特性が書いてあったりして・・・おお・・・やはり補足説明が浮かび上がってきているようだぞ・・・なになに・・・。

 湖の底を掻いて引き揚げたときはおとなしいが、桟橋が近づいて岸にあげられそうになると最後の抵抗を試みる。


 その名の通り、タコの墨を吐いて敵の目つぶしをした後、貝の中の真珠を射出して敵を攻撃。

 タコの墨は直接目に入った場合は失明の危険性あり・・・眼鏡をしていても粘性があり十分に水洗しないと落とせない。


 真珠玉の射出攻撃力はAAなので要注意となっている・・・ううむ・・ただ毒ガスを吐き出すだけじゃあなかったわけだ・・・こんな情報は事前に出してほしいね・・・たまたま防毒マスクがゴーグル一体型だったからよかったものの・・・。」


 重要情報を後だしにされたおかげで、真珠玉の攻撃を食らったという訳か・・・まあ、タコ真珠貝自身が飛翔して攻撃してきたわけではないからよかった。


「でも・・・、これだとクエスト失敗ではないでしょうか?

 恐らく、タコ真珠貝の中の真珠採取が目的のクエストなわけでしょ?

 だとすると・・・真珠のなくなってしまったタコ真珠貝は・・・言ってしまえばタコ貝でしかないわけですよね?


 肝心の真珠は・・・多分剣や矢の攻撃を受けて、割れてしまって湖底に沈んでいるはずですよ・・・。

 恐らく粉々になっているのではないかと・・・。」

 源五郎が、そら恐ろしいことを口にする。


「ああ、それで・・・戦いの最中に、粉が体に降りかかってきたのですね・・・あれは真珠の玉が割れた粉・・・。」

『パタパタパタ』ツバサがもう一度胴着を払って、降りかかった粉を払いのける・・・。


「いや・・・そうは言ってもだな・・・。」

 答えがしどろもどろになってくる・・・。


「あっ・・・宝箱が出て来たよー・・・。」

 レイがバケツの中に出現した宝箱を目ざとく見つける。


「やっぱりここも遊園地の乗り物券とカジノのコイン券だねー・・・・。」

 2つの小さな宝箱には乗り物回数券と100コイン券が4枚ずつ入っていた。


「まあとりあえず・・・クエストはあくまでもタコ真珠貝の採取だからな・・・これを持ち帰ってみよう。」

『ガラガラガラガラ』『ガラガラガラガラ』貝が小さくなったので、5つのバケツの中身をまとめて、2つに減らす。

 源五郎も同様にして、合計4つのバケツになった。


『ドンドンドンッ』「タコ真珠貝は全数採取し終えたよー・・・まだ毒ガスは残っているかもしれないから、湖に出るのは危険だが、数日もすれば収まるんじゃあないかねー・・・。」

 小屋の扉をたたいてから、クエスト完了を告げる。


『ガラガラガラッ』「ほっ・・・本当かい・・・?」

 すぐに肩を超す長い髪の巨乳美女が顔を出した。


「こっこれは・・・確かにタコ真珠貝・・・本当に退治してくれたんだね・・・ありがとう、ありがとう。」

 巨乳美女は俺の両手を自分の両手で包み込むようにして、何度も上下させながら、お礼の言葉を繰り返した。


「いやあ・・・あくまでも俺たちのクエストなわけだから、それほど感謝されるようなことではない。


 それよりも、これは係留されていたボートに積んであったバケツなんだが、勝手に利用させてもらっていた。

 今回のクエストは、生ものを扱うにもかかわらず、なぜか捕獲用袋を支給されていないんだ。


 直接冒険者の袋に貝なんか入れたら、一緒に入っている弁当とかが生臭くなってしまいそうでいやだから、バケツに入れさせてもらったという訳だ。

 それで・・・なんだが・・・、このバケツを譲っていただけないか?


 10のバケツを4つにまとめたので、4つだけでいいのだが・・金は払うのでお願いします。

 だったらボート代も・・・と一緒に請求されても構わない・・・。」


 巨乳美女にバケツを譲っていただけるよう交渉する・・・古びた小さなバケツだが・・・まあ言い値で高く請求されても仕方がないな・・・。


「バケツでよければいくらでもあげるよ・・・こんな壊れかけた奴じゃなくて、新品の在庫があったはずだ・・・。」

 そう言い残して、巨乳美女はそのまま奥へと引っ込んでいった。


「はいこれ・・・4なんて縁起が悪い数字だから、1つ予備を含めて5つあげるよ。」

 そう言いながら、巨乳美女はブリキ製の真新しいバケツを持ってきてくれた。


「いっいや・・・このバケツで十分だし、頂くというのも申し訳ないからお代を・・。」

 バケツを直接俺の手に持たそうとするのを遠慮して、更に金を払おうと冒険者の袋を広げる。


「いいからいいから・・・・魔物が住み着いて観光用のボートもシジミ漁用の船も出せなくなっていたのを、あんたたちが退治してくれたんだから、バケツくらい持って行ってもらって当然だって・・・。

 このまま帰してしまったら、あたしが社長に叱られてしまうから・・・ねっ、こっちのバケツに開け変えて・・・。」


『ガラガラガラ・・・』『ガラガラガラ・・・』巨乳美女は素早い動きで、古びたバケツから新品のバケツへとタコ真珠貝の真珠抜きを移し替えてくれた。


「はいっ・・・これでいい・・・本当にありがとう・・・やっぱり、あたしたちの暮らしを守ってくれる、冒険者ってのはいるんだね・・・、少し世の中を見る目が変わって来たよ・・・。

 これからも頑張って冒険を続けてよね・・・。」

 巨乳美女は、笑顔で5つ目の空のバケツの柄を無理やり俺の手に握らせると、手を振って見送ってくれた。


「こちらこそ、ありがとう・・・機会があったら、バケツを持ち帰ってくるよ。」

 そう言って、できもしない約束をしたのち湖を後にする。



『ズザザザザザザッ』『ズザザザザザッ』ギルドの受付カウンターに、百個のタコ真珠貝の真珠抜きをバケツから開けて積み上げていく。

 生ものなので、当日に引き渡した方がいいだろうと考え、帰りにギルドに寄ったわけだ。


 バケツごと渡した方がいいのだろうが、このバケツは可能であれば返却したい気持ちがあることと、更に生ものであるにもかかわらず、捕獲用の袋を渡さなかったことへの当てつけだ。


「ご苦労様です・・・少々お待ちください・」

『ガチャッ・・・・』『ガラガラガラガラッ』受付嬢は暫し目を開け口をあんぐりと開けて動きが止まっていたが、すぐに気を取り直すとカウンターの裏側へ消えた。


 そうして大き目のステンレストレイを台車に積んで帰ってくると、受け付け台の上のタコ真珠貝をトレイの中に移し替え、再度カウンター奥へと引っ込んでいった。



「えー・・・タコ真珠貝百個・・・確かに受け取りましたが・・・クエストは失敗です。

 肝心の真珠がすべて抜き取られていました・・・これではタコ真珠貝の価値が全くありません。

 残念ですね・・・。」

 受付嬢は、申し訳なさそうに伏し目がちに告げる・・・やはり恐れていたことが・・・


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