キノコ
6 キノコ
「サグルさん・・・目を覚ましてください!」
『ピチピチッ』声が大きくなるのと同時に、頬を軽くたたかれる・・・あれ?後方の耳元でささやかれていたのかと思っていたのだが・・・いつの間に正面に回られたんだ?
しかも正面にいるはずの相手の姿が見えない・・・声だけが聞こえるのはどうしてだ?
ああそうか・・・俺が目をつぶっているからか・・・あれ?でもどうして目をつぶっているのだ?
海岸清掃で解散して、俺は帰宅しようとして駅へ向かって歩いている最中のはずだ・・・電車にはまだ乗っていないから居眠りしているはずもない・・・。
結構重労働だったから疲れ果てて眠るにしても、流石に歩いている最中に突然倒れてしまうほどではなかったはずなのに、一体どうして?
なんだかわからないが意識ははっきりしているはずなのに・・・ううむ・・・まずは目を開けてみるとするか・・・だがおかしい・・、瞼の感覚がなくなってしまったかのように目が明かない。
そもそも起きているときに、意識して目を開けようとしたことなんてない・・・、朝目が覚めれば当たり前だが目を開けて、洗面所へ行って歯を磨いたり顔を洗ったりしたのち家族とあいさつしてから朝食をとり出社する・・・こんな毎日の繰り返しの中で、とりわけ目を開けようなんて考えたことは一度もない。
なのになぜ・・・?意識ははっきりしているのに目を閉じたままなのだ?
こうなりゃあ仕方がない・・・指で瞼を無理やり開けて・・・、と思って両手を顔の方へとなんとか持ち上げようとする。
「きゃっ!・・・」
うん?今何か柔らかいものに手が触れたような気が・・・温かくてやわらかくてとても気持ちがいい・・・なんだこれは・・・なんだかとても懐かしいような心地よい感触・・・ううむ女性の胸の感触に似ているな・・・分厚い布越しではあるがその柔らかさと温かさは実感できる。
そう思いながら尚もその柔らかなふくらみを確かめようと、両手で何度もまさぐってみる・・・。
「さっ・・・サグルさ・・・ん・・・。」
ううむ・・・やはりこの感触は間違いなく女性の・・・しかも弾力があり若い女性の胸のようだ・・・だが妻のものとは違う・・・が、触っていてとても気持ちがいい・・・。
この声から察すると・・・今地球にはいないはずのツバサの胸・・・ううむ・・・ついに妄想でツバサの胸の感触まで・・・えっ・・・ツバサの胸・・・?一瞬でのぼせ気味の頭から血の気が引いた・・・まさか!!!
「つっ・・・ツバサ・・・。」
恐る恐る今度は意識して目を開けると、すぐ目の前にはツバサの顔が・・・ツバサは真っ赤に染めた顔をゆがめながらあえいでいた・・・そうして俺の両手は感触の通りに、ツバサの両胸を揉みしだいていた・・・。
「わっ・・・悪い・・・目を開けようとして手を顔にもっていこうとしたら・・・何か柔らかいものに当たって、その感触があまりにも気持ちがいいものでつい・・・。」
慌てて両手を引っ込める。
どうやら仰向けに倒れた俺の体に、のしかかるようにしてのぞき込んでいたようだ・・・。
そんな状態で俺が両手を持ち上げたものだから・・・ううむ・・・運が悪いというか・・・すさまじいまでの幸運といおうか・・・。
「いいいいいいいったい・・・どどどど・・・どうしたんだ?
たたた・・・たしか・・・海岸線を埋め尽くしていた流木を片付けていたはずだったよな・・・・。」
ツバサの体をかわしながら上半身を起こしてあたりを見回す。
どうやらここは砂浜ではなく、道路端の様子だ・・・すぐそばに中継車も停車している。
「分かりません・・・流木を皆さんと運んでいたらバタバタと倒れだして・・・あたし自身も倒れそうになりかけたのですが、何とか別次元にいる本体が頑張ってサグルさんだけは、ここまで運んできたのです。
テレビスタッフたちには、危険なので中継車から出ないよう指示してあります。
本体のあたしも、多少影響を受けて意識はもうろうとしだしていたのですが・・・でも・・・先ほどのショックで、こっち側のあたしも目が覚めました・・・。」
ツバサが耳たぶまで真っ赤にしてうつむく・・・そりゃあそうだろう、介抱していたらいきなり乳をもまれたのだからな・・・そりゃあショックだったろうな・・・。
「もっ・・・申し訳ない。」
速攻で両手を地に着け、おでこも地面にこすりつけるようにして土下座する・・・意識してのことでなかったにしても、お詫びのしようもない。
「いえ・・・いいんです・・・そのことなら・・・事故ですよね?
目をつぶっていらしたから、意識してのことではないですよね?」
ツバサが念を押して、経緯を確認しようとする。
「そ・・・そりゃあもちろんさ・・・幻覚を見ていたようだ・・・地球に戻って仕事をしていたようなつもりになっていた・・・ところがその途中からツバサが呼びかける声が聞こえてきて・・・。
ううむ・・・しかしどうして幻覚なんか・・・はっ・・・レイは?源五郎は?」
焦って周りを見回すが、レイたちの姿がない・・・まだ俺は夢の世界にいるというのか?
「本体のあたしも意識がもうろうとし始めたので、レイちゃんと源五郎さんまでは運んでこられませんでした・・・ここなら大丈夫と思ってまずはサグルさんを目覚めさせようと・・・。」
ううむそうか・・・別次元にいるツバサは、冒険世界のツバサが食事や睡眠をとることにより生きていけるって言っていたからな・・・こっち側の影響を受けるという訳だ・・・だから同じように倒れそうになったのだろうが、何とか俺だけは運び出してくれたという訳だ・・・。
「ううむ・・・しかし一体どういったわけだ?
海岸には流木があるだけで、魔物の気配もなかったし・・・幻覚攻撃という訳ではないはずだろ?」
道路端から海岸を見回しても、やはり魔物が潜んでいるようには見られない・・・。
「そういえば・・・流木を運んでいる最中に、何か流木からポンポンと生えてきたような気が・・・あれはキノコか何かだったと思いますが・・・。」
ツバサが、先ほどの海岸でのことを何とか思い出しながら説明する。
「キノコ・・・キノコか・・・キノコの種類によっては、胞子に幻覚作用を起こすものもあると何かの本で読んだ記憶がある。
もしかすると流木に生えていたキノコの胞子を吸ってしまい、倒れて幻覚を見た可能性が高いね・・・。
そうと分かれば・・・。」
すぐに冒険者の袋をまさぐって、防毒マスクを取り出す。
「船のコスチューム屋で一緒に購入しただろ?軍人用の備品だったはずだ・・・。」
ツバサに同じものを出すように指示して、マスクを装着する。
「ちょっと話づらいが、マスクをつけてさえいれば恐らく幻覚からは耐えられるだろう。
まずは源五郎たちを運び出してやらねば・・・。」
ツバサにマスクのつけ方を教えて、2人でそのまま海岸へと降り立つ。
レイと源五郎はほとんど二人折り重なるようにして、砂浜の中ほどに倒れていた。
俺が源五郎を、ツバサがレイを担いで道路へと運び上げる。
「岳斗・・・岳斗・・・かわいいなあ・・・早く大きくなって、一緒に遊ぼうねー・・・。」
レイが目をつぶったまま、両手を高く掲げて頬を緩ませる。
岳斗というのは・・・レイの弟のために知恵を絞って準備していた名前だ・・・どうやら地球に戻って弟をあやしている夢を見ているな・・・。
「君は・・・いや君たちは・・・いったい何者なんだ?
どうして僕をこんなに悩ませるんだ・・・?この星のどこへ行けば出会えるんだい?」
源五郎はどうやら幻覚の中でも、夢で出会う彼女たちを探しているようだ・・・。
「さてどうするか・・・残念ながら幻覚を直すための薬草を持っていないし、魔法は取得していない。
仕方がないので、とりあえず道具屋で買った毒消し草を口に含ませて・・・あとは回復呪文だな・・・。
全体回復!」
全体回復呪文を唱えると・・・、少しもやもやしていた頭がすっきりとしてくる。
「はっ・・・あれ?岳斗は?岳斗ちゃんはどこ?」
毒消し草の効果か回復呪文の効果かわからないが、目覚めたレイが辺りをきょろきょろと何度も見まわす。
「おお・・・気が付いたか・・・。
どうやら、毒消し草が効いたようだな・・・。」
すぐさま防毒マスクを外して、レイのところへ駆け寄っていく。
「はっ・・・あなたはゲームの中のパパ・・・という事は・・・日本に戻って弟にあっていたのは・・・夢だったの?」
レイが突然悲しそうな顔をする。
「ああ・・・夢・・・を見ていたという事になるな・・・。」
「えーんえーん・・・ママに会いたいよう・・・岳斗を抱きしめたいようー・・。」
夢であったことを告げるとレイは、大声で泣き出してしまった。
「はっ・・・ら・・・・・・ライト・・・。」
続いて源五郎も目を覚ます。
「おお気が付いたか・・・、キノコの胞子を吸って幻覚を見せられていたようだ・・。」
源五郎にも事情を説明する。
「そうですか・・・でも・・・彼女の名前というか愛称ですかね・・・いつも呼んでいたのを思い出しました・・・。
多分ライトとか・・・ライちゃんか・・・あるいはこれに近い発音の言葉のはずです。」
まだ夢見心地のように瞳を潤ませながら、源五郎が力強くうなずく。
その言葉を聞いて、なんだかツバサが顔をしかめているように感じるのは気のせいか?
「えーんえーん・・・。」
「レイちゃん・・・ママが恋しいのね・・・、よーしよーし・・・。」
ツバサが泣き止まないレイのところへ行って、優しく抱きしめてくれる。
「ツバサお姉さん・・・わあっ・・・うわーんわーん。」
ツバサに抱きしめられると、レイはなお一層大声で泣き始めた。
「ううむ・・・ありゃあ当分泣き止まんだろうな・・・仕方がない、2人で片付けよう。
防毒マスクをしていれば、キノコの幻覚には悩まされずに済みそうだ。」
そう言いながら先ほど外した防毒マスクを再度装着する。
「ああ、そうですか・・・。」
源五郎も袋の中から防毒マスクを取り出して装着する。
「はぁはぁ・・・よいしょ・・・、一向に集まらないっすね!」
『ゴンッ』源五郎が、運んできた2メートル級の流木を暫定の収集場所に積み上げながらマスク越しに叫ぶ。
恐らく1時間以上海岸の流木をまとめるために、運んでは積み運んでは積みを繰り返しているのだが、ようやく折り返し地点を少し超えたといったところだ。
更に、防毒マスクをつけているためか呼吸が不便で、息が上がってきている。
まあ、これも体力強化のための特訓と考えればいいのだろうが・・・。
「待って・・・もう集めなくてもいいよ・・・あたしが全部燃やしてあげる・・・。」
振り返ると、瞼を真っ赤に腫らしたレイが立っていた・・・、もう泣くのに飽きたのだろうか・・・。
それにしても海岸線に数キロにわたって漂着していた流木は、まだ相当な範囲にわたって散らばっている。
端の方から順に集めてきているとはいえ、まだその範囲は1キロ近くあるだろう。
レイの炎の魔法だと、最大範囲でもおおよそ数十mからせいぜい百m程度だろうから、十回以上はとなえなければならないぞ・・・かなり大変と思うのだが・・・。
「折角おうちに帰れたと思っていたのに・・・生まれたての弟にも会えたと思っていたのに・・・喜んだのが全部夢だったなんて・・・ひどいよ・・・こんな思いをさせるなんて・・・もう許さない。
全部燃やしてあげる・・・奥義・・・究極火炎・・・バースト!!!」
レイが唱えると真っ白い光の玉がいくつも発生し、それが渦をなして海岸線へと降りてきた。
「おおっと・・。」
その様子を見て慌てて道路端へかけのぼると、光の玉は左右に別れ、各所に積み上げられた流木へと襲い掛かり、瞬く間に巨大な火柱と化した。
『ごぅおー・・・』『ごぉー・・・』海岸線に落ちていた流木は、それなりに湿っていて重かったのだが、その湿気など全く感じさせない位勢いよく燃え上がり、その火柱は数百メートルにも及ぶ高さで、勢いよく燃え盛っている。
恐らくあの真っ白な光の玉は、いかにあの炎が高温であったかを示していたのだろう。
すさまじいばかりの破壊力だ・・・、こんな魔法があったなんて・・・流木に発生するキノコの胞子をも燃やし尽くした火炎は、十分ほどで鎮火し、後には真っ白な灰が残るだけとなった。
「すっ凄いな・・・、あれも上級魔導書にあった魔法なのかい?」
レイのところに駆け寄り、どのページに記載されていたのか確認する。
「ううん・・・ちがうよ・・奥義だよ・・・。」
レイがにやけた顔で否定する。
奥義・・・だって・・・?奥義で魔法を作ったというのか?・・・そうか・・・ツバサのように格闘技の専門家は奥義で破壊力の大きな技をあみ出し、レイのような魔法使いは奥義で強力な魔法を作り出すという事なのか・・・。
ううむ・・・奥が深い・・・。
「ダーリンとねえ・・・奥義の名前を一生懸命考えたんだよ・・・今のところ決まっている名前は、あと3つあるけど・・・まだ練習してないから、うまく使えないの・・・。」
そう言われて振り返ると・・・。
「そうなんですよ・・・昨日レイちゃんの魔法の修行に付き合わされて、魔法の効果から連想しやすい名前を付ければ、唱えたときに結果をイメージしやすいと思って・・・でもすごいですよ・・・こんなに早く取得してしまうなんて・・・。」
源五郎が、興奮気味に話す。
ううむ・・・源五郎の協力があればこそとはいえ・・・凄いな・・・皆で始めた奥義の特訓だって、基礎体力のトレーニングと精神集中のための禅がようやく第2段階に入ったところだというのに・・・。
さすが子供は純粋だから奥義というものを知り、自分でも使える可能性があると分かると、素直にその力を発揮できるようになるのだろうな・・・、まあそれもこれも最高経験値で来ているという事に由来するのだろうが・・・。




