31:守りたいものを守れ
先日の東京スカイツリーでの殲滅任務も終わり、僕は自室で任務報告書を書いていた。
結局あの後、軌琉は見つかったのだが本人曰く「女と羽角さんの戦いを見に行っていた」らしい。
途中まではついてきていたものの、我慢できなくなって窓から外に出て壁に手を引っ掛けながら降りて行ったそうだ。そこまでする必要があるのかという気持ちはあったが、あの羽角さんの戦いをその目で見たいというのはもしかしたら当然なのかもしれない、とも思った。
羽角さんは軌琉が見ていたことに気づいていなかったらしく、修也も同じだった。
羽角さんは「そこまで気配を消せる人は見たことがない」と驚いていた。何か才能を感じる部分があったのかもしれない。
最上は「次世代の羽角になるかもな」と笑っていた。
たったそれだけのことでそんなに評価することも無いだろう。そうは思ったが、少し悔しかった。
報告書を書き終えてペンを机に置き、腰を浮かせてドアを開ける。
廊下に一歩踏み出した途端、壁からドン、と大きい音が聞こえて振り向くが何もない。
また武子と晋平が喧嘩しているようだ。
僕は溜め息を吐きながら隣の部屋のドアをノックした。
「入るよ」
ドアを開けた瞬間、空になったペットボトルが飛んできて頭に当たった。
「あ、如月さん!ほら晋平、謝れ!」
「武子、避けたお前が悪いんだよ」
喧嘩の理由など全く分からないが、日常茶飯事なので僕は特に何も言わない。
「任務報告書出してくるから何かあったら会議室までね」
「はい!分かりました!」と姿勢を正して返事した武子を後ろから晋平がペットボトルで殴った。
「痛ッ!」
「へへーッ、ざまあみやがれ!」
僕は取っ組み合いを始める2人に背を向けて静かにドアを閉める。
会議室へ向かう廊下の途中、階段から降りてきた進と会った。
「おっ、ギター青年」
「透さん!」
進は僕を見つけるとこちらに歩み寄る。
「どうしたの?」
「僕、JUCGに入隊しました!」
「え!?」
「本当に!?」
「はい。とはいっても、戦うわけではなくて、渡部さんみたいに作戦を練ったり統率をする役割ですけど」
渡部さんも自分一人で全体をまとめているわけだから、右腕として機能してくれる者が欲しかったのだろう。
「軌琉くんも見守れるし…良かったね……」
「はい、僕これから会議室ですけど、透さんもですか?」
「うん、奇遇だね」
僕は会議室の扉をノックする。
「入れ」
僕と進は会議室に入った。
「報告書を提出しに来ました」
そう言って僕は報告書を渡部に渡す。
「橋根からも既に貰ったが……」
「はい?」
「橋根の報告書は要点をまとめすぎていて簡単すぎる。お前くらいの書き方がちょうどいい」
それは多分、要点をまとめているというよりは本人の性格からすると適当に書いていると思うのだが…。
「ところで進」
「はい」
「来週からお前にも任務を与える。これまでは俺がいたが、お前一人でも任務をこなせるようになれ」
「え、僕一人でですか!」
「ああ。大丈夫だ、よっぽど強いイレギュラーがいない限りお前の身に危害は及ばない」
なんだか僕が知らないうちに意外といろいろなことが進んでいたらしい…。
「不安か?」
「いえ……」
「心配するな。こいつの班と一緒に行動させてやるから」
「えっ」
唐突に渡部に指さされびっくりする。
「僕らですか……?」
「ああ。お前らならこいつを守れるだろう」
多分反論しても無駄なので、僕は肩を落とす。渡部さんは気まぐれでこういうことをいう癖に一度決めたらよっぽどのことがない限り曲げないのだ。
ダメだ。連日の疲れからか心の中で悪い言葉ばかりが浮かんでくる気がする。落ち着け。
「透さん、よろしくお願いします」
進が頭を下げる。
「こちらこそよろしくね」
僕はなるべく笑顔で言う。
頭を上げた進の顔には戸惑いが見えた。僕の気持ちを察したのもしれない。
「では、来週まで疲れをとるんだぞ」
渡部が報告書を読みながら言った。
「失礼しました」
僕と進は会議室の扉を閉めた。
と、そこで羽角を見つける。
「羽角さん!」
声をかけると、羽角はこちらに気がついて歩いてくる。
「透、探したぞ」
「え?僕をですか?」
「ん?そっちは……」
羽角の視線は進に向けられている。
「あ、阿島 進です。最近入隊しました」
「軌琉のお兄さんですよ」
「軌琉の……。兄がいるとは聞いていたが……」
「軌琉が世話になってます」
「しかし、こう言ってはあれだが、あまり似てないんだな」
「ええ、そうですね」
そう言って進は笑う。
「ところで羽角さん、僕に用事があったのでは?」
「そうだ。修也には言ったが……」
「なんですか?」
「今夜にはもう海外へ出張することになった」
「え!もうですか!?」
「ああ。今度はドイツの方らしい」
まだこっちに帰ってきて1週間も経っていないのに。
「大変ですね……」
「ああ。だが、誰かのためになるなら、この身も惜しくはない気がするよ」
「……誰かのためになるなら、ですか」
僕は俯いてしまう。
羽角さんの目を直視できない。理由は自分でもわからないが、磁石のようにそれてしまうような感じだ。
「僕は、自分の知らない誰かのために戦える自信がありません………」
「透さん……」
進が心配そうな声で言った。なんだか気恥ずかしかった。
「……お前は自分が守りたいものを守れ」
そう言って羽角は僕に背を向けた。
「俺の場合はその中に“自分の知らない誰か”が含まれていただけだ…………」
そう言い残して羽角は歩いていく。
僕は視界が滲んでいくのを感じた。このまま何も言わずに別れていいのか。
かっこ悪い。
「羽角さん!」
羽角はぴたりと止まって振り向く。
「僕は家族を守るんです!もう迷いません!」
僕がそう叫ぶと羽角は頷いた。
「ありがとうございました!またいつか!!」
羽角さんは軽く手を振って、それからまた歩いて行った。
僕は目元を手で拭った。
「はは、進くんにはかっこ悪いとこ見せちゃったな……」
「いえ、なんだか僕、ちょっとだけ感動しました」
「そう?」
そう言って僕は微笑み、羽角さんとは反対側へ歩き出す。
前にも決めたじゃないか。家族を守るって。
今はそれを見失ったらいけないんだ。
目的や、何か守るものを見つけた人間は誰よりも強くなれる。そんな気がした。




