29:天才
東京スカイツリー290m地点。
その外側の骨組み部分に、修也と女はいた。
風はさほど強いというわけではないが、バランスを崩せば地面に真っ逆さまに落ちていく。
修也は、震える足を必死に抑え、刀を握りしめる。
女は、余裕の表情を浮かべて修也を見る。バランスを決して崩さず、微動だにしない。
「………久しぶりね」
修也は女を睨みつける。
「そう睨まなくたっていいじゃない。ちょっと遊びにきただけよ」
「何が本当の目的だ?」
「本当の目的も何も、ただ遊びにきただけだってば」
修也は冷静さを保ちながらも頭の中で思考を巡らすが、女の意図が全く分からない。
「遊びで殺されかけるなんて冗談じゃねえ………」
「ふふ……さっきのはあなたを試そうとしたのよ」
「試す?」
「ねえ、あなた、わたしの男にならない?」
「は?」
いったい何がしたいのだ?おちょくっているのか。
「わたし、強い男が好きなの。アンデッドになる前までは、守ってくれた男がいたけど、ゾンビに襲われて死んじゃったし。ウイルスに感染してからは、助けてくれた人がいるんだけど、強いってわけじゃないのよね」
修也は、平然と語る女の言っていることが良く理解できない。
「ちょっと待て、助けてくれた人って何のことだ?」
「あなたには知る必要の無いことよ。いつかアンデッドに襲われて、ウイルスに侵された時、運が良ければ会えるかもね」
この女の口調からすると、ウイルスを治療するか、少なくとも進行を遅らせることができる人が存在するということになる。にわかには信じられないが、この女――知能を維持したアンデッド――がいることがその証明になるのかもしれない。
「お前はいったい、何者なんだ……?」
すると、女が跳躍したかと思えば、一気に蹴りかかってきた。
「な……!?」
修也は咄嗟に躱し、ジャンプして近くの骨組みへと移る。
「そんなことより、遊びましょうよ」
「…………お前は今ここで捕まえてから、知ってることを教えてもらう」
「あら?あなたにそれができるかしら?お手並み拝見といきましょうか」
女は軽やかに修也のいる骨組みへと飛び移り、華麗な動きで回し蹴りを放つ。
修也は後ろに身を退いて躱し、刀で突きを放つ。しかし女は、足元を強く蹴り、そこを破壊した。
堅い鉄の骨組みがぐにゃりとひん曲がり、一瞬にして足場が崩壊する。修也の攻撃は当たらず、下に落ちてしまう。
「う、うおッ!」
修也はすぐ下の骨組みに器用に着地し、バランスをとる。
「あ、危ねぇ……」
女も落ちて、というよりは華麗に舞い降りて、着地する。
修也はそこを斬ろうとする。しかし女は、空中で回転して刀を弾いてしまう。
「くそッ!」
修也は着地した女を蹴って突き飛ばす。
女は骨組みに激突しそうになるが、蹴りでまたも骨組みを破壊して免れる。
「足癖悪ぃな…!」
女は素早く後ろの足場に飛び移り、そこから身を捻って裏拳を繰り出そうとする。
修也は屈んで躱し、刀で足元を斬りつける。
――が、既にそこに女はいなかった。
「!?」
躱しただけかと思ったが、周囲を見渡してもいない。
「どこにいった!?」
いない。たった一瞬で、どこかへ消えてしまった。
まさか落ちたのかと思って下を見てみたが、その様子もない。
気配はする。すぐ近くから。
風の音に紛れて、足音――上か!
一瞬早く攻撃を躱した修也は、女の隙をついて斬る。
今度は手ごたえがある。どうやら肩のあたりを斬ったようだ。
しかし女は、怯まず蹴りを放つ。
刀で防御したが、吹き飛ばされてしまう。
「なッ!」
修也は勢いのまま下へ落下していく。
まずい。このままだと…!
しかし修也は骨組みを掴み、なんとか落下死は防ぐことができた。
そこへ、女が降りてくる。早く這い上がらなければ…!
瞬き一回ほどの時間で、女はもうすぐ側の骨組みまで来てしまった。そしてその腕が伸ばされる。
絶体絶命。
しかし次の瞬間には、女の腕は無くなっていて、どこかへ飛んでいった。
「………………!?」
気づけば、修也の隣には見たことのある男が立っていた。
「大丈夫だったか、修也」
「羽角さん!」
なんと、羽角が助けに来てくれたのだ。ヘリの音も近くでは聞こえなかった。単身、修也と女と同じように降りてきたというのか。
「悪いな、助けに来るのが遅くなった」
「いえ……」
修也はなんとか這い上がる。
「後は俺に任せろ」
羽角はそう言って刀を握りなおすと、骨組みを走ったり跳んで移動したりして女のもとへ一瞬で詰め寄る。
そして斬ろうとしたが、女はタン、と跳びあがると上の骨組みに着地する。
「早いわね………」
そして隣の骨組みを無理やり引きちぎるようにして取ると、それを武器のように構えた。
そして追ってきた羽角の刀をそれで受け止める。
「さすがに力はこっちの方が上らしいわね」
女はそう言って羽角の刀を弾くと、必殺である回し蹴りを放つ。この距離では躱せる可能性はほとんどない。
だが羽角は、攻撃が当たったわけないのに自らよろめくようにして落ちていった。
「!?」
だが実際はそうでなく、足場になっている骨組みを掴み、そこを軸にして回転し、蹴りのタイミングに合わせて躱したのだ。
攻撃をしたのならば、その後に必ず僅かでも隙が生じる。羽角は蹴りを躱してすぐに、女を刀で斬り裂く。さすがにアンデッドの女でも回避はできなかったらしく、腹部を斬られてよろめく。
「あ、あなた……なかなか強いわね………」
羽角は不安定な足場で体勢を整える。
「あなた、そこの人とか、透とかいう坊ちゃんよりも強いんじゃないかしら?」
そこの人、とはおそらく修也だろう。
羽角は何も答えずに、一歩踏み込んで居合斬りを放つ。
居合には、一瞬空間が歪んだかのように見せる効果がある。これで距離感を狂わせるのだが、羽角の放つそれはレベルが違う。刀の振りの中でごく僅かな緩急をつけ、スピード感さえ狂わせる。
しかし女はそれをダメージを負った状態で躱し、体勢を立て直した。
「もう少し遊んでいたいけど、このままだと負けちゃいそうだしね」
そう言って女は、骨組みから足を外して落ちていく。
羽角は逃すまいと刀を振ったが、足首の辺りを掠めただけだった。
女は落下しながらさっき武器にした骨組みを投げる。羽角は刀でそれを弾いた。
「ふふふ、また会えるといいわね!」
そう言い残して、逃げていった。
羽角は女をそれ以上追うことができず立ち尽くしていたが、すぐに刀を納め修也のもとへ駆けつけた。
「怪我は無いか」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございました」
「………」
羽角は女を逃がしたことを悔しがっている様子ではあったが、気を切り替えて言った。
「さて、透たちの方は……?」




