28:展望回廊450m
東京スカイツリー350m地点、第1展望台。
「この階はもう制圧できただろう」
羽角が言った。
僕も息を切らしながら「ですね」と合わせる。足元には、つい今しがた倒したばかりのゾンビが転がっていた。
「まだ上があるんだよな…」
塔内の至る所は既に瓦礫で埋め尽くされ封鎖されている道もあり、エレベーターはゾンビが溢れかえっている。最上と内海が応戦しているが、いったいどういった状況なのだろうか。無事だろうか。
攻め込んでから約1時間、ひとまず第一段階はクリアといったところか。
「上ってことは、また……」
晋平が呟く。作戦では、無線で再度ヘリコプターを呼び、外から上の展望回廊へ移ることも方法の一つになっているが…いくらなんでもリスクが高すぎる。
「やっぱりエレベーターに援護しに行った方がいいんでしょうか……」
「う~ん」
エレベーター内のゾンビを一掃し、中からロープを伝って行く方法もある。
「羽角さん、どうします?」
「俺は当初の作戦通り外から行く」
即答。
「俺は、って……」
「既にヘリに通信はした。お前たちは最上と内海の班の援護に向かってもいい」
僕たちが外からのルートに怖気づいている間に、どうやらヘリを呼んでしまっていたらしい。
上の階の展望回廊は羽角一人で片付けるつもりなのか。
「にっちゃん、どうするの?」
僕は少しの間考え込んだが、再びこの上空に身を置く恐怖に負けた。
「最上さんたちの援護に向かおう」
「いや、悪いが透は俺と来てくれ」
思わず、「え?」と声が出た。
「だってさっき……」
「流石に俺も一人では対処しきれないかもしれない。透には銃があるから、念の為」
全身から嫌な汗が流れ出る。
「班員は…悪いが修也、それと橋根で見ててくれるか?」
「う、うちらはええですけど……」
橋根が気まずそうに僕の顔を見る。この状況は何だ。
僕を置いてけぼりにして話が進んでいく。
「あ、あの、羽角さん…」
「頼りにしているよ」
僕が訴えようとしているのを知ってか知らずか、羽角は肩に手を置いて言う。
渡部さんといい、どうして僕はこう無茶ぶりの被害者になるのだろうか。
程なくして窓の外にヘリコプターが見えた。ロープを垂らしてホバリングしている。
羽角は窓から勢いをつけ飛び出し、ロープを掴んだ。
「にっちゃん………」
晋平が不安そうに僕を見てくる。
実はまだ誰にも言っていないが、僕は高所恐怖症だ。
今回の任務、嫌な予感はしていたが、まさかこんなことになるとは。
ヘリからスカイツリーへ飛び込む時はまだ着地する足場があったから良かったものの、今回は足場など無い空へ飛び出すわけだ。
「にっちゃん、大丈夫?」
気づけば足が震えていた。晋平にかっこ悪いところを見せてしまったようだ。
しばらく動けずに震えていたが、意を決して走り出す。
なんとか羽角の伸ばした手を掴み、絶対に下を見ないようにしてロープを登っていった。
なんとかヘリの中、安全で平面な場所まで辿り着くことができた。
腰が抜けそうだ。
だがまだこれは移動手段に過ぎない。次は第2展望台へ飛び込まなくては。
「行ったな…」
残された修也は、透が無事にヘリに乗り込んだことを確認すると、一度鞘に納めていた刀に手をかける。
橋根も胸をなでおろし、息をついた。
「それじゃ俺たちは最上班と内海班の援護だ」
班員たちも視線を通ってきた道へ向ける。
「大変ね」
突然背後から声が聞こえたかと思えば、振り向いた瞬間には修也が窓に引きずり込まれ落ちていった。
傍にはいつの間にか、いつかのあの女がいた。前に襲いかかってきた知能を持つアンデッドだ。修也と共に落ちていく。
「修也さん!」
今河班の隼人が腕を掴もうとしたが、間に合わなかった。指先が掠って、落ちていく。
「修也ッ!!!」
橋根も駆けるが、与えられた選択肢はただ落下を見届けることだけだった。
上空350の虚空に放り出された修也は、混乱する頭で必死に思考を巡らす。
コイツはあの時のアンデッドで、俺は落ちていて、それで。
それで?
どうすればいい!?
女はその人ならざる怪力で外の壁面に指を食い込ませ落下を防いだ。気づいた修也も女の足を掴んでしがみつく。
「あら」
そこから遠心力をつけ展望デッキの下、骨組み部分に飛び移る。
一か八かの賭けではあったが無事に着地し、なんとか体勢を立て直す。
「ウフフ…また会えたわね………」
追ってきた女を修也は鋭く睨みつけた。
「大胆なことするじゃない」
修也は女から目を離さずに、無線でひとまず橋根に連絡する。
「聞こえるか!?」
「修也!?大丈夫なんか!?」
「ワリぃけどあんまり話している暇なさそうだわ、皆に事態を伝えてくれ!」
そう言ったきり無線を切る。
女は不敵な笑みを浮かべている。
「え!?修也が!?」
透は羽角とともに既に展望回廊、敵と対峙していた。
ゾンビを斬りながら「どうした?」と羽角が聞く。
「羽角さん、修也がヤバい奴に襲われて…!」
と、そこにゾンビ犬が襲い掛かり、慌てて刀で応戦する。
無線機から橋根の声が聞こえるが、この状況で何を言っているか聞き取れない。
「橋根ごめん!渡部さんから指示を仰いでくれ!」
羽角さんがいるとはいえ二人でこのフロアを制圧はかなり厳しい。修也のことは気がかりどころではないが、こちらも気を抜けば死が迫る。修也なら大丈夫だ。そう信じたい。
僕の背後から襲い掛かるゾンビを羽角が斬り伏せる。
「修也がどうしたって?」
「少し前に遭遇した、知能を持つアンデッド…修也が奴と一緒に落ちたんです!」
「生きてはいるのか?」
僕は息を切らしながら「そうみたいです」と返す。
羽角は「マズいな」と零すが、この状況。流石の羽角にも焦りが見られる。
「なんにせよ今は先にここを制圧しなくては動けない」
「急ぎましょう…!」
橋根班、班長不在の今河・如月班は展望デッキに取り残されていた。
「はあ!?うちに見捨てろ言うんですか!?」
橋根は渡部と繋いだ無線にそう叫ぶ。
「そうじゃない。今は羽角しかいないんだ。あいつを救える可能性があるのは。しかし今は」
「あー!!……すいません、苛立ってるんです。わかってますよ。うちらにはうちらにできることを、ですよね?」
「……すまん」
無線を切った橋根は深呼吸し、焦る気持ちを無理やり落ち着かせる。
「行くで。最上班と内海班の援護や」
そう行って展望デッキを駆けだす。
透の感覚的には数分だった。実際にはどれほどの時間だったのかはわからない。
辺りにはおびただしい量の死体が山のように積まれている。
疲労のせいで時間がかかってしまったが、ようやく僕らは全てのゾンビを倒すことができた。
「やった……」
ふいに、羽角が口を開く。
「修也のところには俺が行く」
「えっ!…ヘリでですか?」
「ヘリを待っている暇はない。が、さっき乗っていた時に、救助に使うロープを一本借りてきた。それを上手く使えば下の骨組みに飛び移ることはできるかもしれない」
さすがにそれは……と思ったが、羽角さんならできるかもしれない。妙な期待と信頼があった。
「お前は、最上と内海を頼む」
「わかりました」
羽角が窓の枠に足をかける。
「羽角さん」
羽角は振り向かないが、動きが止まる。
「修也を、頼みます………」
「分かってる」
そして、450mから下を目がけ、落ちていった。
羽角を見守りながら僕は、顔をピシャリと叩いて気合を入れなおす。
僕には僕の、できることを…。
しかしそこで僕は気が付く。
下へ行くには、結局また外を経由するしか道がないことに……。




