18:上野駅
僕らは今、任務のため上野駅に向かっていた。
「暑いわ~」
晋平が腰を曲げて歩きながらそう言う。なんだか余計暑く感じる。
「真夏だもんなぁ」
修也が言った。
「で、なんでお前がいるんだよ」
「今回の任務、俺らも一緒にやることになったんだよ」
ということは、どうやら如月班だけでは足りないくらい敵は多いらしい。面倒だな、と僕は思った。というか、渡部さんはなんでこういつも、事前に教えてくれないんだ…?
溜息をつく。
「足引っ張らないでね」
「おい、それが親友に対する態度かよ!」
とはいえ、修也がいると安心する部分もあるので、少し助かったのかもしれない。
「遼くんはいないんだね」
軌琉がなんとなく発したその言葉に、武子と晋平の顔が強張った。
「………?」
軌琉は何も知らないのだ。軌琉に悪意はない。むしろ、悪いのは未だ遼のことで悩んでいる武子たちの方だ。
「遼くんは、ウイルス追跡チームに入ったんだ」
「へー!そうなんですか、すごいですね遼くんは」
そう言われると何故か、自分のことを言われたみたいに嬉しかった。
「僕も入ろっかな~」
「やめとけ。実践経験の浅いお前じゃまだ早い。それにお前じゃ言うこと聞かずに追い出されるかもしれないしな」
修也のその言葉に、軌琉は「え~」と嫌そうな声で返した。
「上野駅に到着した、入るぞ」
当然だが中は殺伐としていて薄暗く、人一人いない。死体もない。ただ、所々に蜘蛛の巣が張られており、改札口は破壊され、血がこびりついていた。
探索中、突然背後から唸り声が聞こえた。振り返ると、1体のゾンビが立っていた。
「軌琉」
修也がそう言うと、軌琉は素早くナイフのような形状のものを投げた。
ナイフはゾンビの頭を正確に貫き、吹き飛ばした。軌琉はナイフを回収しに駆けていく。
「すげぇ……」
晋平が呟いた。
「凄いでしょう?うちの班員の腕前」
今河班副班長の隼人が言い、僕は唾を吞み込んで頷く。
その後も探索を続けたが、1階には敵はいないようだ。
階段を昇って2階に上がったところで、僕らは思わず硬直する。
多数のゾンビとケルベロス。僕らに気づくと、一気に階段になだれ込んできた。
「オイオイ嘘だろ……!?」
「武子くん、晋平くんを頼む!」
僕は居合で一気に数体を斬り裂いた。が、すぐに他のゾンビに囲まれてしまう。以前浅草で戦った硬い皮膚を持つ種のゾンビまでいる。
「チッ、多いな………!」
修也も苦戦しているようだ。
僕は回し斬りで周囲のゾンビを薙ぎ払い、1体ずつ倒していく。
晋平も戦っているらしく、武子のサポートをしていた。
とそこで、足を掴まれて転んでしまう。
「しまった………」
ゾンビが足に噛みつこうとしたところで、軌琉がゾンビの頭にナイフを突き刺した。
「ごめん、ありがとう…」
軌琉は「いえいえ~」と言ってまた他のゾンビを倒しに行った。
修也には数体のケルベロスが襲い掛かっていた。
「可愛げのねえわんちゃんだな」
修也はケルベロスの首に刀を突きさし、投げ捨てた。その死体は周囲のケルベロスも巻き込んで飛んでいった。
「伏せてください!」
軌琉が大声でそう叫んだ。言われた通りに伏せると、軌琉は襲い掛かるケルベロスの背中に足をつき、そこから今度はジャンプして2体ゾンビの頭に両足をついた。そしてそれを足場に一気に高く跳躍する。反動でゾンビの首が折れ、頭は潰れた。
高く跳びあがった軌琉はナイフを指に挟むようにして両手で計8本持ち、下に向かって投げる。
放たれたナイフは雨のように降り注ぎ、ゾンビやケルベロスを一網打尽にした。
「凄い………」
僕は軌琉に遼に近い才能を感じたが、遼とは違うトリッキーな戦い方だ。他の隊員とも一線を画している。
「ここは大体片付いたか……?」
残りのゾンビたちも倒したところで、修也が言った。
しかしその時、どこかで物音がした。
神経を研ぎ澄ませ、注意深く周囲を探る。
すると、切符売り場の中に人影があった。
刀を構えて近づくと、男が1人座っていた。
見たところ、ゾンビではない。
どうやらここに隠れていたらしい。
「大丈夫ですか?」
「あんた…人間か………」
男は飢餓で衰弱しきっている。今にも消え入りそうな声だった。
「俺は、もう駄目だ………」
男は透の手を掴んだ。
「あの、化け物に噛まれちまった……。俺が、化け物になる前に……ガフッ」
吐血する。
「化け物になる前に、殺してくれ……」
「そんな………」
男は力強く透の肩を掴んだ。
「もう首から下は痛みも何も感じない……頼む……」
僕は少しの間悩んだが、やがて決意した。
「………分かりました」
「にっちゃん……!」
僕は男の胸に刀を突きさした。刀は心臓を貫き、男の生命を絶った。
「晋平くん、この人は人間としての尊厳を守るために自ら死を選んだ、強い人だ…」
UCG隊員の義務は、人命を守ることだ。だが、ウイルスに感染した者を救うことはできない…。
僕は刀を引き抜き、目を閉じて手を合わせた。
今の世界では、もう墓など建てることなどできないが、せめてこの上野駅をこの人のお墓にしてあげようと思った。
「……行こう」
修也が無言で頷き、「まだアンデッドがいるかもしれないからな」と言い、班員に指示を出した。
一度感染したウイルスに対抗する術は無い。これ以上犠牲者を出してはいけない。
2階にはもう誰もいないようだ。僕らは階段で3階に向かった。
階段は酷いものだった。ところどころに穴があいており、通れると思ったところも足をついた途端に崩れたりした。蜘蛛の巣も邪魔だ。
「うわあッ!!」
突然晋平の叫び声が聞こえたので振り向いた。
「どうしたの!?」
「が、ガム踏んじゃった………」
「なんだよ……」
何かと思って咄嗟に身構えてしまった。人騒がせもいいところだ。
「油断するなよ」
修也が眼光鋭く前を見ながら言う。
階段を上り終えたところで、カサカサと音がして、ゴキブリが床を這っていった。
「うえー、気持ち悪ぅ……」
3階は、ほぼ一面と言っていいほど蜘蛛の巣だらけだった。
巣には虫はおろか動物や人間の死体まで引っかかっており、その異常さが滲み出ている。
「アンデッドの野郎もちゃんと掃除しやがれ」
修也がそう毒づく。
その瞬間、何かとてつもない気配を感じた僕は、一気に神経を研ぎ澄ませる。
「修也、分かるか」
「ああ」
修也も感じているらしい。この先、何かがいる。
「行こう」
少し進むと、更に蜘蛛の巣が複雑に張られていた。とても進めたもんじゃない。
突然、嫌な気配が急激に近づき、背後に降り立った。
振り向くと、巨大な蜘蛛がそこにいた。
体長2mほどあるだろうか。返り血で真っ赤に染まったその蜘蛛は獲物を見つけた喜びで口を大きく広げた。
その瞬間、僕らは気づく。この蜘蛛にとって、この駅自体が大きな巣であって、狩場なのだ。




