15:ウイルス
「ウイルス……?」
先日の潜入任務の任務報告会。重体で動けない透に代わって、副班長の武子が出席していた。
「はい。実験施設をしばらく探索していると、謎のウイルスが発見されました」
修也がそう言った。渡部は頷いて先を促した。
「それだけでなく、地下には無数の監獄もあり、おそらくゾンビや例の“怪物”を管理していたのではないでしょうか」
「研究員はもういないので確かめようはないが、その仮説でまず間違いないだろう」
「それで、そのウイルスというのは?」
橋根が訊くと、修也は答えた。
「“AD”の名称で管理されていた、生物の脳に干渉して異常を起こすウイルスです」
「AD?アデノウイルスですか?」
武子は僅かながら医学の知識も身につけていた為、ADと聞いてピンとくるものがあったようだ。
「いや、どうやらそれとは別のようだ」
修也は説明を続ける。
「ゾンビや怪物の遺体を解剖して出てきたウイルスと、施設にあったウイルスは同一のものだと分かりました。このことから、やはりあの施設はアンデッドに関する実験をしていたとともに、ウイルスも生産していた可能性が大きいです」
渡部はしばらく考え込むような仕草を見せ、「分かった」と言った。
「内海班」
渡部が言うと、内海は「はい」と言って報告を始めた。
「我々内海班が発見したものは、例の怪物と研究員の遺体だけでした。そのうち研究員の何人かはゾンビに変貌、また何人かにはゾンビによる負傷はなく、切り傷がありました。どれも致命傷を狙ったものだとされます」
「切り傷…?人為的なものか?」
「傷はかなり大きく、あの怪物の大剣の餌食になった可能性もあります」
「橋根班」
「私たちの班は外で待機していましたが、何も収穫はありませんでした。怪物の遺体については我が班の医学の知識がある者に解剖を頼んでいます」
「怪物の特徴を教えてくれ」
橋根は資料をめくった。
「はい。全身に無数の縫合跡があり、神経系は異常に張り巡らされていました。また、口も縫われていて、これは研究員へのウイルスの感染を防ぐためでしょう。掌にも口がありますが、歯が確認できなかったため正確な言葉を発することはできなかったと思われます」
「脳の状態についてはどうだ?」
「今までのゾンビやアンデッドの約3倍は思考能力はあると言っていいでしょう。しかし、脳のウイルスが侵食を進めていた状態であったため、思考能力はだんだんと低下していったものと思われます」
渡部は頷いた。
「今の話を聞いていると、ゾンビやアンデッドは自然発生的なウイルスに感染したのではなく、実験により人為的に造られたと考えるのが妥当だろうな」
それから数分間の話し合いにより、会議は終わった。
如月班は班長が回復するまで任務は無し、ということだ。
他の中央区担当の班は、区のアンデッドの出現率が低下していっていることもあり別の地区の担当も度々任せられるようになった。
武子は如月班の部屋に入った。
「ん?遼はどこ行った?」
「さっき渡部さんのところに行くって言ってた」
晋平がそう応えた。
「まあ良い。ほら、これ資料だ」
晋平はゲームをするのを止めて、資料を見た。
「げっ、なにこれ難しいことばっか」
そう言いつつも晋平は理解しようと資料を読んでいる。
その様子に、少し口元が緩んだ。
「遼と如月さんの分も置いておくぞ。渡してくれ」
「へーい」
武子は身支度を始めた。
「どっか行くの?」
「ああ。近くのジムだ。今は管理人がいなくてフリーになってる。お前も行くか?」
「いいよ、俺は。お前と一緒に行ったらまた過度な鍛え方させられるだろ」
武子はフッと笑った。
「じゃあ、頼んだぞ」
武子はそう言って部屋を出た。
外に出た武子は、ジムへと歩き出した。
今日は良い天気だ。ただ今の時代では、通行人も駅員も公園で遊ぶ子供たちもいないのが残念なところだ。
「あ、武子くん!」
廃れた街を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、見覚えのある女の子がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「確か、最上班の」
「鈴奈です。お久しぶりです」
「どうしたんですか?任務はないはずですよね」
「今からジムに行くんだ。念のため刀は持ってきている」
「ジム?奇遇ですね、私も今から行くとこでした。今日はフリーだから」
「そうなのか」
こんな荒れ果てた世界での会話とは思えない気軽さだった。
JUCGの奮闘のおかげと言えるだろう。郊外ではそうもいかないだろうが。
また他の都道府県での任務があるかもしれない。平和のためなら、激務でもなんでもこなすつもりだ。
ジムへは徒歩10分程で到着した。
アンデッドが入らないように鍵がかかっており、その鍵は渡部に言えば借りることができる。
武子は鍵穴に鍵を差し込んで回した。開くと、少しカビくさい臭いがした。使った後は掃除するのが決まりとなっているのだが、最近は誰も使っていなかったのだろう。
武子は中に入るなり掃除用具を取り出した。
「何してるんですか?」
「軽く中を掃除しておくので、鈴奈さんはどうぞお構いなく」
そう言うと、鈴奈は笑って言った。
「私も手伝うよ」
一方、遼は如月班の部屋に戻ってきていた。
「あ、遼か」
晋平がこちらに気づくなり何か紙を手渡してきた。
「それ読め」
それだけ言って渡された紙にはウイルスについて分かったことが細かく書かれていた。
「……武子は?」
「ジム」
短く答えた晋平に背中を向け、遼は部屋を出た。
晋平は資料を2つ渡してきた。おそらく透にも渡せということだろう。
自分で行け、とは内心思っているがおそらく言っても無駄だろう。
ノックして透の部屋に入ると、透はベッドで何やら本を読んでいた。
「遼くん」
「資料を渡しに来ました」
「ありがとう」
「それでは」
「あ、ちょっと待って」
透に資料を渡して、部屋を出ようと思った遼は引き留められた。
「皆を呼んできてくれる?」
晋平は透の隣の部屋にいるのですぐに呼べたが、武子はジムだ。
わざわざ往復20分かけて呼びにいかないといけないのかと、舌打ちしそうになったが透は「じゃあ武子くんはいいや」と言った。
だがその時、透の部屋のドアが開いて武子が入ってきた。
「帰ってきたのか」
「ああ」
「晋平が部屋にいないということは、ここだと思った」
ランニングをして帰ってきたのだろう武子は、少し息が上がっていた。
透は全員揃ったのを確認すると話し始めた。
「僕だけど、来月には復帰できそう」
武子が「本当ですか!」と言った。対照的に晋平は「え~」と嫌そうな声を漏らした。透が戻ってくるということは、任務がまた始まるということだ。晋平にとっては嫌だろう。
「相手の武器が錆びついてたこともあって思ったより傷は浅くてね。復帰後の任務は多分中央区外だと思う。アンデッドがいる分、今までよりはハードだと思うからその気でいて」
「分かりました」
武子が頷いた。
「任務がない間もサボっちゃ駄目だよ」
念を押された晋平は肩をすくめる。
「それじゃあ」
「班長」
解散と言いかけたとき、遼が口を開いた。
「なに?」
「俺は如月班を抜けます」
――それはあまりにも、突然だった。




