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Anomie  作者: 椎葉
第2章 処刑人
14/40

14:田浦 晋平

 「う…………」

血飛沫が上がる。だんだんと視界が霞んでいく。僕は痛みも感じず、何を考えるでもなく、斬り裂かれた。

怪物は再び大剣を構える。

 もはや指一本動かす力も無い。自分の身体が今どうなっているかも分からない。


 僕は死ぬのだろうか。だんだんと、ことばも、もう、うかばなくなって…。



 「た、大変だ……にっちゃんが…………」

その様子を、晋平は怪物に気づかれないように見てた。

 班員と合流するためにこの地下道を一人で彷徨っていた晋平だが、そこで透が怪物と戦っているのを目撃した。自分が参戦しても足を引っ張るだけだと判断したが、なんと透は敗北し、絶体絶命の状況ではないか。


 「行かなきゃ、助けに………」

呟く声は震え、身体は硬直して動かない。

必死に自分を奮い立たせようとするが、なかなか一歩を踏み出すことができない。


 怪物が大剣を振り上げる。



  ―――田浦晋平は、生意気なくせに臆病な少年だった。


 「おい!晋平それ拾えよ」

校庭。いつもの男子グループがサッカーをして遊んでいるのを一人見ていた晋平のところに、ボールが転がってきた。

 晋平は無言でボールを拾う。

「ほらよ」

投げてボールを渡すと、男子の一人が飛び出して再びそのボールを蹴った。

「え」

ボールは晋平の顔面にあたり、跳ね返った。


 「晋平、お前も入れてやるよ」

どうやらボールを蹴った男子はグループのリーダー格らしかった。

晋平は「いや、いいよ」と引きつった笑みを浮かべて返したが、男子たちは「いいからいいから」と言って無理矢理晋平にサッカーをやらせた。


 「晋平、パスだ!」

パスといいつつ、顔を狙ってくる。思わず避けると、後ろから蹴りを入れられた。

「何やってんだ!ちゃんともらえよ!」

「ご、ごめん……」

「ほら、今度こそ!」

またもやパスが来た。というよりも、全員で晋平を狙っていると言った方が正しい。

「あー!コイツ、手で受け止めたぞ!!」

「反則だ!」

その場にいる全員から、冷ややかな目で見られているのを感じる。


 「お仕置きしようぜ」

男子たちはサッカーボールをいくつも持ってきて、一斉に晋平に向かって蹴った。

全身に痣がでるほど蹴られ、最後には靴で蹴られた。


 「何してんの」

そこに女子たちがやってきた。助かった。晋平は女子に目配せをする。

「コイツが反則しやがってよ、お仕置きしてんだよ」

「ふーん」

だが女子は助けることなどしなかった。それどころか、晋平を嘲笑っていた。

 その眼は、見下すような、蔑むような眼だった。

 一人、唯一晋平を心配してくれる女の子もいたが、女子グループの圧力に逆らう勇気は無かった。


 土で汚くなった制服で教室に入ると、さっそく教師の怒号がとんだ。

「何やってるんだ君は!どうしたらこんなに汚くなるんだ!」

晋平は拳を握りしめ押し黙っていた。教室中からくすくす笑い声が聞こえる。


 悔しさを堪えた。ここでは自分は奴隷であり、玩具であり、支配下なのである。


 家に帰った晋平は、情けなさに泣いた。

どうして自分ばかりこんな目に合わなければならないのだ。自分が他と何が違うというのだ。

自分だって同じ人間なのだ。自分のせいではない。自分のせいではない。


 そう言い聞かせながらも晋平は既に、自分に諦めていた。自分に可能性なんて無いと考えていた。


 「またいじめられたのかい」

母親は晋平に問う。

「うん」

「それで?また何もしなかったのかい?」

晋平は頷いた。母は深い溜息を吐いた。

「いいかい、母さんはあんたを助けたりはしないよ。それくらい自分で解決しなさい」

分かってる。分かってるよ。自分だってやり返せる。明日、また何かやられたらやりかえしてやろう。けれど、それは昨日も決意したことだった。

 決意はしても、行動には移せない日々を過ごしてきた。

「兄たちと見比べているわけじゃないけど、あんたも兄さんたちみたいにしっかりしなよ」

晋平は頷いて自分の部屋に入っていった。


 兄たちは皆堂々としていて立派なのに、自分はどうしてこうなんだろう。

いつまでこうなんだろう。



 「にっちゃん………」

晋平にとって、透はかけがえのない存在になっていた。

自分を認めてくれた。自分を気遣ってくれた。それが嬉しかった。


 そんな透を見捨てるのか?結局は何もできないままなのか?

自分に問い、刀を抜いた。

「そうだ、俺だってやればできる………」

晋平は唇を強く噛み締めた。血が流れだした。

痛みとともに意を決し、晋平は飛び出した。


 「うあああああああッッ!!」

怪物は大剣を振り下ろすの止め、こちらに反応した。

その一瞬の隙を晋平は見逃さなかった。


 晋平の刀は怪物の頭部に突き刺さった。血が噴き出し、怪物は唸った。

だが怪物は止まらなかった。頭に刀を突き刺されたにも関わらず、怯まずに大剣を振り回した。

晋平は必死で躱していたが、瓦礫につまずいてしまった。

「あ……!?」

一瞬、時が止まったかのような錯覚。細い綱から足を踏み外すような…。

死が、確かな形をもって目前に迫る。


 しかしその時、怪物の頭部が粉々になって吹き飛んだ。

「よくやったわ、青年よ」

現れたのは内海だった。後ろにはその班員と武子もいる。

内海が使った武器はどうやらボウガンらしい。

怪物はドサリとその場に倒れ、やがて動かなくなった。


 「君の勇敢な行動のおかげで班長は生きている」

内海は薄く笑みを浮かべ、すぐに班員に手当てさせた。

「如月さん!大丈夫ですか!?」

透は頷いた。どうやら内海の言う通り幸いにも息はあるようだ。

晋平は力が抜け、その場に座り込んだ。


 「お、俺、俺が…………」

俺のおかげで透が生きている。そう思うと、なぜだか涙が溢れた。

何か暗いものが晴れて、新しい景色が広がったように思えた。


 「にっちゃん、俺………!!」

透は少し目を開き、優しく笑った。

「ありがとう、晋平くん…………」

そしてまた目を閉じ、運ばれていった。

武子が晋平の元へ歩み寄る。

「立てるか」

「ああ」

晋平は涙を拭い、立ち上がる。


 「既にここの研究員はゾンビによって全滅していたよ。あとはここから出るだけだ」

内海はそう言って、トランシーバーを取り出した。

「橋根。如月班と合流した」

『無事やったんか。はぁ~、ほんまに良かったわ』

「ああ。今からそっちに向かうわ」


 「行くわよ」

晋平は歩き出そうとしたが、不運にもその時瓦礫で捻挫しまった。

「ちょ、ちょっと待ってください………」

武子は溜息を吐いた。

「まったく、何も変わっていないなお前は」

武子は晋平をおぶった。

「コイツは大丈夫です。行きましょう」


 晋平は走る武子の背中で揺られながら、思った。

今まで自分を構成していたものは、過去から積み重なる劣等感と自分への諦め、そしてそれを隠す虚勢だった。何か一つでも、何か一つでもやり遂げられたら。自分は駄目な奴じゃないって、他でもない自分自身に証明したかったのかもしれない。


 ただ、どうせなら内海みたいなおばさんじゃなく、女の子に見られたかった……。

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