14:田浦 晋平
「う…………」
血飛沫が上がる。だんだんと視界が霞んでいく。僕は痛みも感じず、何を考えるでもなく、斬り裂かれた。
怪物は再び大剣を構える。
もはや指一本動かす力も無い。自分の身体が今どうなっているかも分からない。
僕は死ぬのだろうか。だんだんと、ことばも、もう、うかばなくなって…。
「た、大変だ……にっちゃんが…………」
その様子を、晋平は怪物に気づかれないように見てた。
班員と合流するためにこの地下道を一人で彷徨っていた晋平だが、そこで透が怪物と戦っているのを目撃した。自分が参戦しても足を引っ張るだけだと判断したが、なんと透は敗北し、絶体絶命の状況ではないか。
「行かなきゃ、助けに………」
呟く声は震え、身体は硬直して動かない。
必死に自分を奮い立たせようとするが、なかなか一歩を踏み出すことができない。
怪物が大剣を振り上げる。
―――田浦晋平は、生意気なくせに臆病な少年だった。
「おい!晋平それ拾えよ」
校庭。いつもの男子グループがサッカーをして遊んでいるのを一人見ていた晋平のところに、ボールが転がってきた。
晋平は無言でボールを拾う。
「ほらよ」
投げてボールを渡すと、男子の一人が飛び出して再びそのボールを蹴った。
「え」
ボールは晋平の顔面にあたり、跳ね返った。
「晋平、お前も入れてやるよ」
どうやらボールを蹴った男子はグループのリーダー格らしかった。
晋平は「いや、いいよ」と引きつった笑みを浮かべて返したが、男子たちは「いいからいいから」と言って無理矢理晋平にサッカーをやらせた。
「晋平、パスだ!」
パスといいつつ、顔を狙ってくる。思わず避けると、後ろから蹴りを入れられた。
「何やってんだ!ちゃんともらえよ!」
「ご、ごめん……」
「ほら、今度こそ!」
またもやパスが来た。というよりも、全員で晋平を狙っていると言った方が正しい。
「あー!コイツ、手で受け止めたぞ!!」
「反則だ!」
その場にいる全員から、冷ややかな目で見られているのを感じる。
「お仕置きしようぜ」
男子たちはサッカーボールをいくつも持ってきて、一斉に晋平に向かって蹴った。
全身に痣がでるほど蹴られ、最後には靴で蹴られた。
「何してんの」
そこに女子たちがやってきた。助かった。晋平は女子に目配せをする。
「コイツが反則しやがってよ、お仕置きしてんだよ」
「ふーん」
だが女子は助けることなどしなかった。それどころか、晋平を嘲笑っていた。
その眼は、見下すような、蔑むような眼だった。
一人、唯一晋平を心配してくれる女の子もいたが、女子グループの圧力に逆らう勇気は無かった。
土で汚くなった制服で教室に入ると、さっそく教師の怒号がとんだ。
「何やってるんだ君は!どうしたらこんなに汚くなるんだ!」
晋平は拳を握りしめ押し黙っていた。教室中からくすくす笑い声が聞こえる。
悔しさを堪えた。ここでは自分は奴隷であり、玩具であり、支配下なのである。
家に帰った晋平は、情けなさに泣いた。
どうして自分ばかりこんな目に合わなければならないのだ。自分が他と何が違うというのだ。
自分だって同じ人間なのだ。自分のせいではない。自分のせいではない。
そう言い聞かせながらも晋平は既に、自分に諦めていた。自分に可能性なんて無いと考えていた。
「またいじめられたのかい」
母親は晋平に問う。
「うん」
「それで?また何もしなかったのかい?」
晋平は頷いた。母は深い溜息を吐いた。
「いいかい、母さんはあんたを助けたりはしないよ。それくらい自分で解決しなさい」
分かってる。分かってるよ。自分だってやり返せる。明日、また何かやられたらやりかえしてやろう。けれど、それは昨日も決意したことだった。
決意はしても、行動には移せない日々を過ごしてきた。
「兄たちと見比べているわけじゃないけど、あんたも兄さんたちみたいにしっかりしなよ」
晋平は頷いて自分の部屋に入っていった。
兄たちは皆堂々としていて立派なのに、自分はどうしてこうなんだろう。
いつまでこうなんだろう。
「にっちゃん………」
晋平にとって、透はかけがえのない存在になっていた。
自分を認めてくれた。自分を気遣ってくれた。それが嬉しかった。
そんな透を見捨てるのか?結局は何もできないままなのか?
自分に問い、刀を抜いた。
「そうだ、俺だってやればできる………」
晋平は唇を強く噛み締めた。血が流れだした。
痛みとともに意を決し、晋平は飛び出した。
「うあああああああッッ!!」
怪物は大剣を振り下ろすの止め、こちらに反応した。
その一瞬の隙を晋平は見逃さなかった。
晋平の刀は怪物の頭部に突き刺さった。血が噴き出し、怪物は唸った。
だが怪物は止まらなかった。頭に刀を突き刺されたにも関わらず、怯まずに大剣を振り回した。
晋平は必死で躱していたが、瓦礫につまずいてしまった。
「あ……!?」
一瞬、時が止まったかのような錯覚。細い綱から足を踏み外すような…。
死が、確かな形をもって目前に迫る。
しかしその時、怪物の頭部が粉々になって吹き飛んだ。
「よくやったわ、青年よ」
現れたのは内海だった。後ろにはその班員と武子もいる。
内海が使った武器はどうやらボウガンらしい。
怪物はドサリとその場に倒れ、やがて動かなくなった。
「君の勇敢な行動のおかげで班長は生きている」
内海は薄く笑みを浮かべ、すぐに班員に手当てさせた。
「如月さん!大丈夫ですか!?」
透は頷いた。どうやら内海の言う通り幸いにも息はあるようだ。
晋平は力が抜け、その場に座り込んだ。
「お、俺、俺が…………」
俺のおかげで透が生きている。そう思うと、なぜだか涙が溢れた。
何か暗いものが晴れて、新しい景色が広がったように思えた。
「にっちゃん、俺………!!」
透は少し目を開き、優しく笑った。
「ありがとう、晋平くん…………」
そしてまた目を閉じ、運ばれていった。
武子が晋平の元へ歩み寄る。
「立てるか」
「ああ」
晋平は涙を拭い、立ち上がる。
「既にここの研究員はゾンビによって全滅していたよ。あとはここから出るだけだ」
内海はそう言って、トランシーバーを取り出した。
「橋根。如月班と合流した」
『無事やったんか。はぁ~、ほんまに良かったわ』
「ああ。今からそっちに向かうわ」
「行くわよ」
晋平は歩き出そうとしたが、不運にもその時瓦礫で捻挫しまった。
「ちょ、ちょっと待ってください………」
武子は溜息を吐いた。
「まったく、何も変わっていないなお前は」
武子は晋平をおぶった。
「コイツは大丈夫です。行きましょう」
晋平は走る武子の背中で揺られながら、思った。
今まで自分を構成していたものは、過去から積み重なる劣等感と自分への諦め、そしてそれを隠す虚勢だった。何か一つでも、何か一つでもやり遂げられたら。自分は駄目な奴じゃないって、他でもない自分自身に証明したかったのかもしれない。
ただ、どうせなら内海みたいなおばさんじゃなく、女の子に見られたかった……。




