第三章――先遣 1
怒りのみに身を任せるかのような出海の刃は、コ 第二波が魔術師を襲った。
三波、四波。それは、衝撃という名の『風』だった。だが自然現象と言うには規模が小さく、しかし威力だけは竜巻を思わせた。
魔術だ。風を刃として用いる、紛れもない闇の力。
「込み入った話を出来る状況じゃ、またもなくなってしまったね。いいかい。現状をなんとかすることに努めよう、分かったね、出海、和川」
「ああ」
和川は頷き、しかし出海は返事をしなかった。
「ぼろぼろの躰でどれだけ出来ることやら」
和川は自身の躰に魔術を施した。身体能力を上げる、近接戦闘に特化した和川の戦闘スタイルだ。肩の痛みが増す。肉体にダメージを与えるこの力は、自ら傷口を広げているようなものだった。
砂埃が埋め尽くす視界ではどう動くべきかも判然としない。敵の姿は見えず、ただひたすらにどこかしこから魔術の風が生み出され、それを避けることに注力するのがやっとだった。
「おい大和! とっととこの砂どうにかしろよ! 何も出来ねえ」
「悪いが苦手分野だ。水の魔術が使えればいいんだが」
「使えるだろお前なら! 無理なら燃やせ!」
「馬鹿を言うな。君はともかく出海を巻き込む。この砂埃で位置が掴めない。位置を掴むところから魔術の発動を始めるのは自殺行為だ」
「くっそ!」
敵意という名の音と気配が迫れば、不知火は防御魔術を張り、和川は避けることで被害を受けないようにする他にない。砂埃と共に冬の枯れ草が空を踊った。
「出海! 大丈夫か!」
敵による魔術が襲撃してくる度に行われる回避行動によって、誰もが自分の居場所と、他二名の居場所の把握が出来なくなっている。声を張り上げても、周囲を切り裂く風の音が全てをかき消していた。
方向感覚が分からない。ただでさえ夜の真っ暗闇に、明かりの少ない田舎町だ。砂埃で空さえもかすんでいる。
「馬鹿正直に突っ込むしかねえか」
それが選択肢として有り得るのが和川奈月という男だ。彼は圧倒的魔術耐性を持つ『神の守護者』であり、魔術的トラップの多くや、敵の奇襲を最小限度の被害に抑えることが出来る。
つまり、リスクは低い。
「行ってみるか。一か八か」
奥歯に力を入れ、不安定な大地で踏ん張って、身体能力の限界を超える肉体でこの視界不良空間からの脱出を目論んだ、まさにその時。
『災厄を断ち切る――〈天羽々斬〉』
出海の声が微かに響く。微かであっても、それは確かに和川の耳に届いた。
――まるで、大蛇が真っ二つに斬られたかのように。
そう表現したくなる光景に、和川は声を失った。
真っ暗な空間を染めた目障りな砂と茶色い枯れ草が、モーゼ云々を思い出しそうなほどに美しく空間を開けて見せたのだ。
和川の髪が揺れる。冬の寒さが攪拌されて、冷たさが肌に纏わり付く。不知火の金色の髪もまた、和川の目に映った頃には激しく暴れていた。
そして、その中心には、見事なまでに反り返った美しい刀身を輝かせる『天羽々斬』と、それを手にする魔術師、出海の姿があった。
出海が刃先を向ける。和川にではない。不知火にでもない。
空き地の外に立つ一人の男に、その切っ先は脅しをかける。
江戸の呉服問屋かと見紛うような恰幅の良い和装の男は、歳にして七十は超えているだろう。
男は穏やかともとれる声で、何より、気味が悪いほどの笑みで、出海夕夏に向けて言い放つ。そこには、不相応なまでに深い悪性を含ませながら――。
「驚きました。まさか生きていたとは。確かにこの手で、斬ったはずなのに」
その言葉に目を見開いたのは、何も和川や不知火だけではなかった。
そこからの刹那は、魔術師の目にのみ映る最速の衝突だった。
粉塵が巻き上がる。風によるものではない。出海が蹴り上げた地面から、円を描くかのように周囲に散った砂埃がそのスピードを物語る。
少女が持つ〈天羽々斬〉と、老爺が手にする風の刃がぶつかった。
でありながら、周囲に広がる甲高い音は、鉄同志が交わったかのようでいて、その凶暴さは夜を支配するかの如く、花火が開いたように響いた。
天羽々斬を手にした出海の突進は、殺意と言う名の刃までもを纏って老爺に斬りかかる。
「思った以上に元気が有り余っているようだ。どんなトリックを使ったのか、再起不能でもおかしくないだろうに」
老爺の、子供をあやすようでいて、それ以上に見下したような嘲笑含みの声に、出海は静かな怒りを滲ませる。
低く響くそれは、出海夕夏が初めて見せた、感情の高まりであった。
「赦さない」
辺りに魔力が充満した。
恰幅の良い老爺は、右手に纏わり付くようなおぼろげな形をした刃を、明確なものに変えていく。
『風と共に在れ――〈風の太刀〉』
それはまさしく、日本刀だった。刃紋こそないものの、柄に鍔に刀身に、全てが淡い緑色の刀。それは鉄のような硬度で、出海の天羽々斬を受け止める。
「ゆるさない? ほう、この私をですか。いいでしょう。若き魔術師の力を私にぶつけてみなさい。どちらにせよ、あなたは消さなければならない」
次に悪意を放ったのは老爺だった。視線と言葉により交わされた数秒の死闘に、暴力が混ざっていく。
鉄の刃が距離を取った。出海が数メートル後退し、しかし一瞬の間に再び老爺に斬りかかる。一歩たりと動かない老爺は、幾度も振り下ろされる天羽々斬を風の刃で往なしていた。
当たらない。勢いはあれど鋭さに欠けるその一振りは、一度たりとも老爺に死を意識させるに至らない。コントロールの利かない拳銃と同じだった。狙いも定まらず、徒に弾丸が放たれるだけ。あれでは当たらない。
一方、襲撃者である老爺は冷静だった。
出海の刀に気を取られることなく、出海の躰に何らかの魔術を放ったのだ。
その衝撃により、小さな躰の出海は軽々弾き飛ばされる。
ジャンパーの中から覗くタートルネックのニットに砂が絡もうとも構わず、出海はまたも飛び出そうとする。
だが。
「んっ!」
出海の喉が鳴った。前に進もうとする意識とは裏腹に、躰が全く動かせなかった。全身を駆け巡る血液に鉛でも入れられたかのように、腕さえも上がらない。
「どうして!」
叫ぶ出海の横を、黒い影が圧倒的速さで横切った。魔術師が駆け抜けたことによる風圧が出海の頬を掠める。
和川奈月だった。
出海を超える最速の和川が老爺の背後をとり、速度という威力と共に拳を突き出す。
老爺は、振り向くことなくそれを防いだ。
「防御魔術か」和川は吐き捨てる。
「若造らしく向かってくるのはいいが、冷静になれば背後になんの対策も取らない訳がないことくらい分かるだろうに。落ちたものだ。魔術師の質も」
歯噛みする和川を、老爺の蹴りが襲う。鈍い音が鳴った。魔術による何らかの補助がなされた蹴りは、軽く薙ぐようであっても相当な威力で、和川の躰を数メートル飛ばす。
相応の痛みが和川を苦しめる。鈍痛のようで、じわじわ響いていた。
「やるじゃねえか、おっさん」
「礼儀知らずな若造だ。あなたはどこの魔術師かな。北陸分所では見ない顔だ」
「俺は和川奈月だ。中部支部、大魔術廃絶部所属だ憶えとけ」
和川は蹴られた腹部よりも、抉られた左肩の方の痛みに顔を歪ませていた。
「廃絶部、ああ、聞いたことがある。どうにも雑用しか能のない連中だと」
「そんな噂だけしか届けられてないのは残念だが、名前が行ってるだけでも良しとしとくか」
吐き捨てる和川は、ニヤリと笑う。
「ま、すぐに知ることになるよ――」
そう行った和川の余裕に、眉の皺を寄せたのは老爺の方だった。
もう一人いるのだ。出海ではなく、目の前の和川だけでなく、もう一人。
まさか老爺も忘れてはいないだろうが。
この場に於ける最強は黒髪の少年ではないと、老爺はすぐに知ることになる。
お久しぶりでございます。
今後ものんびりと更新していきますので、次回からもよろしくお願いします!




