【第一分隊】3
「つまりお前はこう言いたい訳だ。何事も最初の印象だけで判断せずに色んな方向からアプローチして真実をってめちゃくちゃうめぇなこのケーキ!」
「ん、言いたいことは理解してもらえていないようだが、このケーキが美味しいという点に関しては同意しよう」
甘いものというのは不思議な力を持っているようで、こうも簡単にテンションというものはあがるのかと自身の単純さに少し失望した両名。
「ただこのコーヒーはちょーっと苦いな」和川は顔をしかめた。
「砂糖七個も入れておいて何を言うか」
「コーヒーなんて普段飲まねえもん」
「まあ確かに、高校生の分際でコーヒーの味を覚えるのは些か早い気もするね。かく言う僕も実はあまり好きじゃない」
「イギリス混じりなのに?」
「イギリス人イコールコーヒーにはならないだろう。父は好んで飲んでいたけれど、僕は香りが好きなだけなんだ」
「お前の舌もお子ちゃまじゃねえか」
「砂糖七個も入れて苦いとほざくほど幼稚ではないと言いたいだけだよ」
このコーヒーは苦いだのそうじゃないだの、本来なら喫茶店内で、しかも大声で話すべき内容ではないだろう。もし聞かれでもしたらどうするんだ恥ずかしいだろう、という心配は、しかし和川達にはない。和川と不知火の座る席には魔術による結界が張ってあり、二人の会話は他人には一切漏れないからだ。
「核心を衝くとしたら、それは一体どこだと思う」不知火は声音を闇色に変え、和川に問う。
「つまりここまでの道のりにヒントはあったってことか?」
「核心と言うとあれだが、そうだね。怪しい点はあったよ」
和川は考え込んだ。大して回らない頭を捻りに捻り、ようやく絞り出した一言は――
「何がどうなったら怪しいって言えるかだけ教えてくれ」
「一ミクロンでも期待した僕が馬鹿だったよ」
人間、誰しもに向き不向きというものがある。和川が特攻なら、不知火は補助。和川に頭を使うことを期待してはいけないのだ。
「いいだろう。簡単に言うとだね、まず、最初から今回の事件については矛盾があったということだ」
「ム、ムジュン?」口の周りにクリームをつけながら、素っ頓狂に和川が訊く。
「ああ。よく思い出してみるといい。今回の事件の発端は何だった?」
「刀が盗まれたこと」和川は雑に放った。
「いいや。僕らにとっての事件のスタートはどこかと、いうことさ」
「俺らにとって……出海が仕事の依頼をしてきたところかな」
「そう。そうだよ和川。思い出すんだ。彼女がなんと言っていたか」
和川はコーヒーに砂糖を二個足して、慣れない手つきでかき混ぜて二口飲む。まだ苦い。おいしいとは思えない。こびりついた苦さにケーキの甘さを足す。甘さが残っている内にコーヒーを流し込む。中和されるかなと思ったら、思った以上に強いコーヒーの濃さに怯む。顔をしかめて、いよいよ砂糖を直接口に放り込んでやろうかと考えた所で、
「君ちゃんと考えてるかい?」
「うん一応」
最後の一口のケーキを口に入れる和川を見て、不知火は、
「もうこれからは答えをひたすら述べて行く時間にしよう」呆れ顔で嘆くように言った。
「まあ、それでもいいや」和川はとうとう投げる。
「いいかい? 今回の事件、つまり北陸分所から刀が盗み出されたのは、防衛会議初日ということだった。出海夕夏は言ったね。北陸は防衛会議初日から豪雪だったと。現に彼女は、鉄道がストップしてしまったせいで予定を変える羽目になった。ここで一つ疑問だ。彼女は一体、どうやって東京から戻って来たんだろう」
「あ? そりゃ新幹線だろ。東京から一本だ」
「あらゆる交通機関が止まる程の豪雪の中で北陸まで辿り着けるかな? ニュースさえ見ていれば分かることだけど、北陸の雪は相当だったよ。全線ストップも致し方ない、と思うくらいにはね」
「じゃあ車」
「あり得なくはないね。でも、彼女は今回の事件について知ったのは北陸に着いてからだと言っていた。ということは、彼女が急いで帰らなければならない理由は、当時の彼女にはなかったと思われる。高速道路は路面凍結が懸念されるし、たぶん往路は車移動ではなかっただろうから、帰路はタクシーかな。それなら、新幹線の運行再開を待った方がいい」
「んん……じゃあ、魔術でひとっ走り」
「車移動とほぼ同じ理由で否定出来るね」
不知火は核心を衝かない。じっくり、固結びの紐を解くように語る。
「これらから、東京から戻って来てすぐ事件を知った、という出海夕夏の発言に、僕は疑問を持ったわけだ。他にも、何故タクシーでこちらまで出向くことにした、と連絡をしてこなかったのかも気になっている」
「ああ。そういえば、こっちに向かう時俺が、俺たちがタクシー使ってもタクシー代経費で落ちるんじゃないか? って訊いたら、『北陸分所は移動費が落ちない』って言ってたな。北陸からこっちまでなんて、馬鹿みたいに金掛かるだろうから……自腹?」
「なるほど、と言いたいが、一先ずそれは置いておく。疑問は別にもう一つだ。事件発生と思われる防衛会議初日、つまり二十一日からは、既に二日は経過していることになるわけだけど、それでは僕らや出海夕夏の動きは遅すぎると思わざるを得ない。既に犯人は逃げていてもおかしくないし、そう考えるのが普通だからだ。だけど彼女はこう言った。刀鍛冶の所で打ち直してもらう筈だから、と。
当然のことのように言っていたけれど、そういう結論にはなかなか行き着かないだろう。盗んだ本人がそんなリスクを冒すなんて、僕には思えない。あり得なくはないが、断定も出来ない。何故彼女は犯人が打ち直しに、しかもこの中部支部の刀鍛冶、鉄堂光泉の所だろうと限定出来たんだろうか」
「鉄堂とかいう名前を出したのはお前だろ」
「ここに来ている時点で彼女も当たりを付けていたことは確かさ。僕は彼女の考えを察したに過ぎないよ。
しかも、雪の影響があったからと言って『SSパッケージ』がまだこの場所に辿り着いていないというのにも無理がある。あくまでも普通に考えるのなら、たとえ迂回ルートを通っていたとしても二日も掛かる道のりじゃないんだから、まだ辿り着いていない、なんて断言できない」
不知火が言いたいことが、和川にもようやく分かって来た。
「それに、駅に残れと番場さんから指示された時、出海夕夏は拒否した。その時の彼女の言い分は理にかなっていたとは思うが、自ら率先して周辺を見回ることを願ったように、僕には窺えたね」
「大和、お前――」
和川は、とうとうコーヒーを残した。
「まさか、出海夕夏を疑ってるのか?」
「さあ。そこまでは。でも、こちらも、一応手は打っておいた」
「は?」
不知火は、机の上に置かれた二粒の赤石を指差した。
「いざと言うときは、こいつが教えてくれる。ほら、さっきから何度も反応しているよ。一体何をしているんだろうね、彼女は」
不知火は残ったコーヒーを飲み、席を立った。
「じゃあ行こうか。この反応は、あまりいいものじゃないんだ。事態が動くぞ」
出海夕夏とは何者なのか――。次回もよろしくお願いします!




