陽はまた落ちる 4
隠密行動に終始すべき。そう言ったのは、このチームのリーダーだ。
早急に目的地へ向かいたいところだが、派手な動きは命取りになってしまう。公共交通機関も、身動きが制限されるという点で、過信する訳にはいかない。
中部支部内では、自分達の与り知らない所で一騒動あった様子だった。その混乱に乗じてなんとか県境を越え、目的地までの道のりもあと僅か。慎重だったとはいえ、時間は想定以上に掛かってしまっている。
道中、相当悪目立ちしてしまったことも否めない。長物を隠すのに安物のエレキギター用のギグケースを買い、その中に入れて持ち運ぶのはいいが、四人全員がバンドマンを装っているわけではないというのは、周囲が思うよりも自分達自身が違和感を拭えなかった。かと言って全員が何かしらを背負うのは移動の邪魔にしかならないし、他に妙案もない。一般人の目を欺く為になんらかの『力』を行使してしまえば、追跡者に自分達の痕跡を与えてしまうことになりかねない、と危惧もした。つまりは仕方がなかった。
四人の若者はレンタカーの車内にいた。おかげでギターケースが好奇の目にさらされることもない。
公共の交通機関や、あるいは徒歩、レンタカーと、移動手段を限定せずにここまでやってきた。それは追跡者の撹乱が主だったが、さすがに面倒だった。
しかし、目的地は目の前だ。
男は、作間翔は『裏』の人間ではあったが、こう明確に罪を犯したのはこれが初めてだった。こんなにも罪というものは重たいものなのか。何度も実感した。
タクシーに乗っているときは、料金メーターが上がるたびに酷く動揺した。バスでは、降車ボタンが押されるたびに心臓が跳ねあがった。山道を歩きながら、薄く積もった雪を踏む音が追手を想起させて、怯えもした。僅かな世界の動きが、一々恐怖に繋がって、生きた心地がしなかった。
だが、それとももうおさらばだ。
作間翔率いる魔術結社、『SSパッケージ』の面々は、田舎道の待避所に車を停め、ハザードランプを焚き、最終確認をしていた。追手がいることも考えて、到着してからは迅速さが求められる。運転手の倉田にも的確に伝達をするには、時間は惜しいが停車はやむを得ない。
作間はワンボックスカーの後部座席で携帯端末に表示された地図を爪で叩き、指示を送る。
「最後の確認だ。この場所に到着し次第、一応、形としては二手に分かれる。俺と相沢、倉田と大嶋だ。そんで、肝心の物だが――」
その時だった。
後部座席に座る作間の視界の端に、人影が通っていくのが映ったのは。
うろたえる暇もなく、直後、運転席の窓ガラスがとんとんと叩かれた。
車内の空気が尖った。血の気が引いた。身動きが取れなかった。力が入らず、携帯端末を落としそうになった。終わった、と、そう思った。
「あの~ちょっとええかい」車外の人間の声が届く。
ゆっくりと、作間は視線をそちらへ移した。
すると、そこにいたのは、二人の警察官だった。若い男と、いかにもベテランの男。追手ではないかと肝を冷やしたが、なんてことはない、一般人だった。
「ちょっと窓開けてまってええかな」と、ベテランの方が言うので、倉田はふと我に返り、作間に目で指示を仰いだ。
作間は頷いた。断る方が厄介なことになる。公権力には逆らうべきではない。
窓を開けると、下から下からといった様子で、物腰柔らかにベテランは斬り込んで来る。
「ここ待避所やけど、あんまり長居されるとほれ、道が狭いもんで車がすれ違えんのだわ。申し訳ないけど退けてまってええかな。それとも、何かトラブルでもあったんかな?」
どうやら車を移動させろということらしい。……いや、それだけではないだろう。作間は冷静に努め、考えた。
若い男女が四人、田舎の、人影も少ない細い山道の待避所にレンタカーを停め、しばらく出てこない――いくらでも想像は働くだろう。薬、集団自殺、若者が屯して善からぬことを企んでいると考えることは、自分達から見ても何ら不思議なことではない。寧ろ正しいくらいだ。盗みをして逃げているのだから。
警官は怪訝な目をしていた。腰を低くして車退けてくれと言いたい割には、車内をじろじろと見ていた。
「車退けます。すみません。ちょっと道に迷って、確認していただけなんです」
倉田が言った。誤魔化すにはこれ以上ない言い訳だ。
「あー、そう、それはごめんね。でも、ん、そうやな、ちょーっとだけ車、見せてもらってもええかな」
「中をですか?」
「ほれ、最近物騒やから。ここらじゃ見ん顔やーて村の人が言っとるもんで、ちょっとね」
ベテランの方の警官が言う。
予想できたことだ。まあ、任意だろう。断ったっていい。無理に車内を荒らされるのは困る。
「ん? そのギターかなんかのケース、なんや軽そうやね。中はなんか入っとるんかな?」
ギターケースを抱えた相沢が、警官に聞こえないように小さく舌打ちをした。田舎の警官と言えどベテランにもなれば目聡くもなるのか、作間が最も目をつけられたくなかった物に目をつけて来た。
「ケースを買っただけなので、中身は家にあるんですよ」倉田は言い訳に必死だ。
「そうかい。でも、なんか入っとるんと違うか? さっきからちょっとかちゃかちゃと音がしとるみたいやけどね」
勘の働くじいさんだ。作間も顔をしかめそうになる。
「分かりました。ケースを開ければいいんですよね?」痺れを切らし、作間が言った。
「申し訳ないねえ」
口調は優しいが、疑念で満ちたわざとらしい声音のベテラン警官に、作間は、一応は従うことにした。ここで何も問題ないと証明できればいいのだ。車の中を見せずして終わらせることも出来る。それでこの警官も、納得はしないだろうが、拘束までは出来なくなるだろう。
「いいんですか?」隣の相沢が小声で訊ねた。
「しょうがない。変に時間を取られるよりはマシだ」
固辞しては怪しまれるだけ。ただでさえ厄介な連中に追われているのに、公権力にまで目をつけられたくはない。
後部座席を開け、作間が車を降りる。相沢からエレキギター用ケースを受け取ると、座席に乗せてチャックを開けた。
後ろから覗き見る警官二人は、その瞬間に目を見開いた。
「な、なんやこれ……」
「分かりませんか?」作間は堂々言い放つ。
ギターケースの中には、二振りの刀があった。華美な装飾が施された鞘には慎ましさの欠片も感じさせないが、それは紛れもなく日本刀だった。
「抜いてもええかな」ベテラン警官が言った。
「どうぞ」
警官は刀を手に取る。「ん」と声を漏らした。その理由が、作間には分かる。
鞘から、銀に輝く刀身が姿を見せた。太陽光に反射して、それは人工的な光に変わる。
「どうですか、何か問題がありますか」柔らかな声質を目指し、作間は下手な笑みを見せた。
「ん~、思っとったより軽い」
それはそうだ、と作間は思う。
「あれかい、こりゃ、模擬刀やら模造刀やらってやつなんかな」
「ええ。いわゆる、コスプレ用ってやつです。安物ですよ」
二振りの刀とは、つまりは偽物の刀だった。
「見た目がリアルなので一見騙されそうですが、持ってみると思わず声が出るくらい軽いでしょう。さすがに危ないものは持ち歩きませんよ」
ギターケースの中身は二振りの刀だったが、しかしそれは、値段にして一万円程度の、俗に模造刀、模擬刀と呼ばれるものだった。
「僕らは大学生なのですが、学園祭で演劇をやろうと思っていまして、ギターケースもこの刀も、その為に買ったんです。ほら、名古屋とかだと、そういうお店も多いでしょう? 田舎じゃなかなか揃わないものを買いに行った帰りなんです。そこで、ちょっと道に迷ったと、そういうことなんです」
よくもまあそんな嘘を言えたものだと車内の三人は思っていた。
警官はもう一振りの方も手にして、
「なら、もう一個もそういうことになるんかな」
「ええ」
ベテラン警官は顎の髭をいじりながら、帽子をかぶりなおして、息をついた。
「ほうか。まあ問題ないんならええ。とりあえず、運転しとる子の免許証だけ見してまってもええかな」
「分かりました」
運転席の倉田は運転免許証を警官に見せ、これで、作間達にとっての一つの危機を脱した。
「それでは、お世話になりました」
作り笑顔のまま、作間は警官に一言残し、倉田には車を出すよう指示を出した。
事なきを得た。ここで『アレ』が露見していたら、意味もなく時間を取られる所だった。
レンタカーは山道を走る。結局走行中に最終確認をする羽目になったが、これも仕方のないことだ。
「じゃあ最後の確認だ。このギターケース。持って行くのは倉田。大嶋と二人で上手くやれよ」
「はいっす」倉田が力強く返事をした。
「いいか。ここまでは迂回しまくって追手にルートと目的地が知られないようやってきたが、着いた瞬間そんなことはどうでもいい。一気に目的を達しろ。奴の圧倒的な腕ならすぐにでも打ち直せる。入りさえすれば、後はどうとでもなる。俺たちの勝利は目の前だ」
隣に座る相沢は頷いた。運転席の倉田は相変わらず元気よく返事をする。助手席に座る大嶋は小さな声だったが、覚悟の程は見えた。
当然ですが、彼らは今後も登場しますので、どうぞご期待ください。
次回もよろしくお願いします!




