陽はまた落ちる 5
ソファからお尻を浮かせ、不知火はエントランスのような場所から物置部屋へ行き、自身の魔術媒体である赤石を腰元の袋に入れて戻って来た。すなわち、戦闘が想定される今回の仕事への準備だ。
「君たちも早く用意をしたらどうだい。行くと決めたのならとっとと動こうじゃないか。ただただ屯するならそれは究極の無駄だ。話していて解決するような問題じゃなさそうだしね……ところで、番場さんはどうしますか」
「俺も行くよ。今日くらい小木曽さんの小間使いは勘弁願いたいんでね。現場年長者最高。今日は堂々と上から目線を満喫するぜ!」
「教師とは思えない発言ですが、人探しですから、人手は多い方がいい」
「ちょっと待て大和。お前、なんで制服着替えたんだよ」
和川は責めるように言った。高校の制服姿で行動していた不知火が、馴染みの黒いロングコートのようなものに着替えて来たことへの疑問だった。
「何か問題があるかい?」
「せっかく面白かったのに制服。学校以外で着てんのとか最高に笑えたのに」
「あれは、出迎えに行く前に学校に寄る用事があったというだけで」
「いやいや、あれで仕事しろよ。緊迫した場面でほどよくリラックスできそうだから、ほれ、着替えてこい。ふとしたときにお前を見て腹を抱えたい」
「殺されたいか?」
「いや? 笑って生きていたいだけ」
「覚悟しろ和川奈月。三秒で息の根を止める」
小さな争いが勃発した。
殴り合いまではいかずとも胸倉は掴み合っていた。
「おいおい、お前らはしゃいんでんなよ! 一応これから仕事なんだからな!」と教師面する番場は、それでも一緒に笑っていた。和川とはどうも気質が似ているらしく楽しんでいる。
涼風は苦笑いしながら、机を挟んだ出海に頭を軽く下げつつ、
「すみません出海さん。事件があってピリピリしているでしょうに、騒がしくしちゃって。何かと言うとこうなんです。兄弟みたいで、普段は微笑ましいんですけどね」
出海は立ちあがり、刀を今一度強く握りしめた。
「いえ。すごく、いいと思います。わたしもこういうの、嫌いじゃないですよ」
ただ透き通っただけではない、何かに想いを馳せる出海の表情は、とても柔和なやさしさに満ちていた。
涼風は、もしかして、と切り出した。「出海さんにはご兄弟が?」
「ええ。兄と、姉が」
「へぇ、羨ましいです。うちには弟がいるだけなので、姉妹には憧れたものですよ」
「ないものねだり、っていうものですかね」
「かも知れません」
出海は困り顔で笑いながら、和川達を見つめた。
「いいですよね……誰かと笑顔で過ごせるって……」
「うちも好きです。一人は、何をしても寂しいだけですからね」
「……本当に、そうですね」出海夕夏は囁くように、声を震わせた。「こんな世界じゃ……特に」
少女の声は、賑やかさという色を足された廃絶部内では、誰の耳にも届かなかった。
不知火は制服に着替え……ることはさすがになかった。お決まりの黒装束は全身を覆うロングコートのようなもので、腰元には白いベルトが巻かれ、そのせいかスマートなラインが浮き出ていた。そのベルトに引っ掛けられるように、ゴツゴツした茶色い巾着袋のようなものが下げられている。中身は『赤石』。魔術師が魔術を行使する為に必要になる『魔術媒体』だ。それは個々により様々。不知火の場合『赤石』というだけで、例えばリオウ=チェルノボグなら『石灰』、同僚の笹見みづきは『水の入った魚型の醤油さし』という具合になる。
涼風は茶色いコートを一枚着て、出海も紫色のジャンパーを纏った。
「これで全員準備万端な。よーしじゃあ行きますか。刀鍛冶、鉄堂光泉を探しに! 皆先生に付いて来い!」
「しゃーっ!」「おー」「お……んんっ」「は、はい」四者四様だった。
目下の急務は、刀を直すことの出来る刀鍛冶を探すこと。そして、そこに訪れるであろう魔術結社『先導者』、と言うよりは、『SSパッケージ』の魔術師から刀を奪い返すこと。
完遂目指し、いざ目的地へ。
五人の魔術師は廃絶部から外に出た。
「はい、先生!」涼風が手を挙げた。
「なんだね涼風君」
「タクシーの使用を提案します」
「何故だ」
「タクシーなら三十分掛かりません」
「それがどうした」
「敵との戦闘の可能性も考え、魔力の温存も図りたいと思います」
「ほう」
「つきましては、先生持ちで、とりあえずうちはタクシーでもよろしいでしょうか」
「なんでお前だけなんだ」
「分かりませんか?」
「分からんな」
「うちが道に迷うからです」
「よぉーし許可しよう!」
舌も引かぬうちに許可が出た。迷われるよりはマシだということなのだろう。
でも一人で一台のタクシー使うなんてもったいなくない? せめて三人くらいは乗って行こうよ~……ということで、緊急じゃんけん大会開催!
涼風は確定。あとは、四分の二人! 勝敗やいかに!
「「「「じゃんけんホイ――」」」」
――とはいえ、普通に考えて、こういう時先生っていうのは、生徒の為に一席譲ってくれるものじゃないのだろうか。お釣りがくるだけの金を渡して、クールに決める先生が、俗にカッコいいと呼ばれるんじゃないだろうか。
普通に勝って、普通に乗って、なんなら煽ってきて、なんと大人気ない。しかもゲストである出海までも押しのけた。タクシーに乗る時なんて「割り勘な」とまで言った。尊敬できない。
ということで、タクシー移動の番場最人、涼風和奏、不知火オーディン大和を見送り、和川奈月と出海夕夏は、自分の足で向かうことになった。
「ってかさ」苛立ち交じりに和川は呟く。「これって仕事なんだよね」
「はい」
「タクシー代くらい経費で落ちないの?」
「北陸分所は財政難の為予算削減を掲げておりまして公共交通機関を使うくらいならその足で走れというのが社是のようになってます」
「つまり?」
「百パー落ちません」
「わーお」
だそうだ。
次回もよろしくお願いします!




