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象るもの 5-2

 ――禁じられた大魔術。


 不知火から発せられた言葉に、リオウはここでも、やはり不敵な笑みを刻む。


 閑寂とも言えるような空気の中で、またしても闇は澄んだ白を瞬かせ、まるで不気味さに拍車をかけるかのような矛盾した輝きが、禍禍しさと共に寒夜を支配する。


 その闇が、全てを肯定しているような空気を醸し出していた。


 無言から察しろとでも言うのか。


 だがここまでくると、もはや察するという段階は終えている。


 和川や不知火が立つこの場所の名は何だ。自身に問いかける必要もない。


 ――日本魔術協会 大魔術廃絶部――


 つまり、よりにもよってこの場で、世界から危険な魔術兵器である禁じられた大魔術を廃絶しようと大義を掲げたこの場所で、敵である魔術師、リオウ=チェルノボグは、


「禁じられた大魔術を発動しよう……テメェはそう考えているっていうことか」


 口から零れる音が小さく振動し激昂を表現する和川奈月に、リオウ=チェルノボグは、否定の一切をしなかった。


「テメェは……テメェはあれの恐ろしさを知らねえのか! 一瞬で死ぬんだぞ……人が、一瞬で……それを、それをテメェは、またこの国にぶっ放そうってのか」


 かつて、日本には二度、災厄が降り注いだ。


 大戦が終結に向かう中、米国魔術協会、当時の魔術軍は、敵国である日本に対して、開発されたばかりの魔術兵器、後にいう所の、禁じられた大魔術の実験を行った。


 大魔術の猛威が日本を襲う前にはもう、日本の敗戦は決定的だったと言われている。時の政府も降伏に向かっていた。にもかかわらず、ただ実験をしたいが為に、ただ敵国にその威力を見せつけたいが為に、圧倒的脅威を投下したのだ。


 一体どれだけの命が無に帰しただろう。どれだけの心が傷ついただろう。どれだけの痛みが今に引き継がれているだろう。


 正義の名のもとに多くの命が消え去ったのだ。戦中と言えど、それはとても正義の一言で片づけられるようなものではなかった。


 それが、禁じられた大魔術なのだ。


 様々な混乱を起こした目の前の男は、あまつさえそれを今ここで放って見せると、そう宣言したようなもので、大魔術廃絶部なんていう大仰な名を冠した組織の立ち上げを訴えた人間がそれを赦せる筈がない。


 和川奈月は感情のままに叫び声を上げた。


 不知火はまだ和川を野には放たない。和川の名を叫んで制する。鋭く尖った刺刺しい空気が辺りに蔓延る中で、リオウは軽く口を開く。


「まあ、受け取り方は自由だがな」


 どういう意味だ、と投げかけたのは不知火だった。対してリオウは、不知火の声音に含まれた沸々とした怒りに興味も示さず、塾講師のアルバイトでもやっているそこらの青年のような淡々とした様子で答える。


「禁じられた大魔術――それが何も、かつて日本に落とされたものと同じものばかりというわけじゃない。あれから何十年も経った。もういくつも世の中には溢れかえっている。それくらいは承知しているだろう?」


 大魔術廃絶部の二人は、わざわざ頷くことをしなかった。


「生命の営みの一切を否定し蹂躙する圧倒的破壊力、それが魅力的に映る者もいるだろうさ」


 だが、と継ぐリオウは、冷たい空気の中で陰を見せる。そして紡がれる言葉は、和川らにとって予想しえないもので、思考が混乱するのに十分な一言だった。


「俺は、そんなものにはこれっぽっちも興味がない」


 その時だけは、リオウから、狂気が消えていた。


「俺は、そんな奴らの暴虐さをむしろ嫌悪している。禁じられた大魔術なんていう、ありとあらゆるものを全て薙ぎ払う凶刃を、俺はとてもじゃないが愛せない。あれは、単なる大量殺戮兵器さ。平和を乱し、安寧を壊す、兵器の名を借りた悪魔……そんなもの、この世に存在していい筈がない」


 飄々とした笑みが、禍禍しい闇が、この時ばかりは(なり)を潜めていた。


 こんな時にまで平静を装えなんてことを言う人はいないだろう、と思いながら、不知火は動揺を隠さず吐き出す。


「ちょっと待て、何を言いたいんだ君は。理解が出来ない。その言葉は、僕らの推察を否定するということでいいのか?」


 不知火が訊ねたのはつまり、リオウ=チェルノボグは禁じられた大魔術を発動する気ではなかったのか? という点だ。確かに、和川や不知火の言及に対し、リオウは明確に肯定をしていない。だが、別段の否定も見せていなかった。


 大魔術廃絶部の二人はその言動と現状から、眼前の敵はなんらかの魔術、最悪のシナリオとしては禁じられた大魔術の発動を目論んんでいるものと考えていたわけなのだが、たった今リオウから発せられた言葉には、それらを否定する意味合いがあったように感じられた。


 直前の様子からは、いかにもな雰囲気を感じ取った筈なのに、だ。


 不知火の動揺と疑問にリオウは即座に返す。


「いいや」と。


 和川や不知火の脳裡に浮かぶ言葉の数々には一々疑問符が付く。理解が追い付かない。


「言っただろう。今と昔は違う。徹底的な蹂躙を目的としたものだけじゃないんだよ」


 ここから読み取れることから考えるに、行き着く答えはこうなる。


 不知火はリオウを睨みながら、見解を述べる。


「――つまり君は、禁じられた大魔術を、攻撃以外の目的で発動する、ということかい」


 リオウは、微笑しながら首肯する。


「ああ、明確に肯定しよう。俺は、禁じられた大魔術を、攻撃以外の目的で発動する」


 繰り返すことでより強調して唱えた。


 しかし、『攻撃以外の目的』という言葉から導き出されるものに、不知火オーディン大和は心当たりがなかった。にわかには信じ難い。禁じられた大魔術に、果たして暴力性以外の何かが本当にあるのだろうか。


 少なくとも、不知火は知らない。


「まぁせっかくだ、全てを教えてしまっても構わんのだが」


 リオウはそう言うと、よれよれのズボンのポケットに手を突っ込み、テロリストとそれを止める人間との対峙とは思えないような隙を自ら作り出す。


 姿を隠していた闇が再び顔を覗かせながら、世界に名を轟かせた傭兵、リオウ=チェルノボグは一つの名を口にする。


『〈掟破り(ルール)〉』


 和川はそのまま訳して、「掟がなんだって?」と思ったが、不知火は和川のように短絡的には考えない。


「ルール……それが、君が発動を目論む、禁じられた大魔術の名か」


 リオウは拍手こそしないが、表情には称賛に似た何かを浮かべながら、しかし見下すような態度は相変わらず。


「またもご名答。掟破り、という意味になるのだがな」


 和川はもちろんのこと、不知火ですら聞いたことのない名前だった。


掟破り(ルール)


 ルールと読んでおきながら何故掟破りなのかが、おそらく肝なのだろう。そう考える不知火は、まだ頭が回る。賢いという意味ではなく、この状況下でも考えることが出来ている分、まだ冷静さを完全には失っていないということだ。平常心と言える程ではないが、和川に比べれば随分マシであることは間違いない。


 不知火は空を見上げた。夜の深さが時を告げる。大きく息を吐き、今一度リオウを睨んだ。


「君は全てを明かすと言ったね……ならば、その〈掟破り(ルール)〉とやらが引き起こす『何か』についても、もちろん明かしてくれるんだろう? いくら破壊的行為が目的でなくとも、大魔術によって生じる世界への影響は決して小さくない筈だ」


 リオウはかぶりを振る。


「冷静に努める姿が健気だな。そう()くな。順序というものがある」


 大魔術廃絶部の屋上は夜の中で三つの影と共にあり、冷たい空気には白い息が幾度も吐き出されては消えていく。時間の経過が寒さを一段と強くしていたのだ。


 妖しさに磨きをかけたような風貌のリオウから放たれる口調には、やや違和感を覚えた。緩慢とまではいかないまでも、そのゆったりとした挙動に、和川はもどかしさを感じざるを得ない。


 苛立つ和川を、静かにリオウは嗤い、深淵は語りだす。


「ならば、掟破りとはなんぞや、から話すべきなのだろうな」


 リオウはポケットから右手を出し、足下を指さした。


「ここを、つまり大魔術廃絶部を儀式場に組み込まなくてはならない程、この〈掟破り(ルール)〉って奴は発動条件が厳しい。まあ調べる限り、容易に発動できる大魔術など何一つないのだが。

 まず、魔術鉱石の配置。言うまでもなく、出来るだけ広範囲に、出来るだけ正確に、魔術鉱石によって五角形を象ることだ。あと、大量の魔力も必要となる。ここまでは既に分かっているとは思う、が、問題はここからだ。この〈掟破り(ルール)〉というのは、とにかく条件が細かくややこしい。まず一つに、魔術鉱石の配置場所は、どこでもいいという訳ではないという点。まあそこは、この国で発動する分にはさほど考える必要はないが、結果的にこの場所を選ばせてもらった」


「理由は?」


「先にそこを突くか? まぁ、ここから言った方が楽か」


 リオウは目を閉じながら、しかし和川達が攻めに行けるような隙は一切ないまま、言葉を続ける。


「〈掟破り(ルール)〉発動には、発動で生じる効果をより高めるために、その効果と関連した場所を儀式場に選ばなければならないという制約がある。つまり、〈掟破り(ルール)〉発動の為には日本が最適で、その中でもこの大魔術廃絶部こそが最も発動に適していると考えた、というところから始まる訳だが……。さて、そこの金髪。ここから導き出されるものを推測出来るか?」


 何故俺には訊かない、と突っ込む和川の存在をリオウも不知火も無視した。


 やや間を置いて、不知火は静かに訊ねる。


「つまりそこに答えはあると、そう言うことだな」


「ああ。そういうことになるな」


 響く低音が空気を僅かに震わせて、冷気を狂気で満たす。


 不知火は考えた。頭をフル回転させて、答えを導き出す。


 ゆったり流れる時間は、とても戦場とは思えない程だった。リオウも茶々は入れないし、不知火もなかなか答えを口にしない。猶予を与えられ、その猶予を存分に使って、既に数分も経った。この時間を最も理解出来ない和川は、いつリオウは一撃を放ってくるかに警戒をしながら、しかし退屈と焦りに心も体も疲れて行く。


「まさかとは思うが」不知火が口を開く。


 ようやくか、と和川は口にした。実際の時間経過もそれなりのものだったが、和川にはそれ以上に長く感じていた。


 白い息を吐きながら、不知火はリオウの問いに答える。


「ここは禁じられた大魔術をこの世から廃絶すべく、ここにいる和川奈月が立案し、立ちあげた組織だ。その名も、『大魔術廃絶部』。儀式を行う場所が大魔術の効果と関連しているというのならば、そしてそれを素直に受け止めたのなら、まあ、こう考えるのがきっと自然なのだろうね」


 この場所を、その名のままに、大魔術に繋げるのなら、不知火の結論はここに至る。



「禁じられた大魔術〈掟破り(ルール)〉の効果、それは――禁じられた大魔術を、廃絶する――」


謎の五芒星が象るもの、それは儀式場。

そこから導き出されるのは、和川たちにとって最も嫌悪する名前だった――。


次回は、5-3です。よろしくお願いします。

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