象るもの 5-3
和川は不知火の方へと勢いよく首を回す。不知火の言葉に何より動揺したのは和川で、リオウは、口角を上げただけだった。
リオウ=チェルノボグは大魔術に関してこのような趣旨の発言していた。――大魔術は発動するが、それは無慈悲な攻撃を目的としたものではない――と。
それならば、不知火の解釈もあり得なくはない。
そしてリオウは、
「さすがだな金髪。称賛しよう」
その通りだと、肯定した。
しかし不知火も和川も納得は出来ない。ここまで――拉致監禁の指示、爆破テロ、協会所属魔術師への襲撃――いくつもの罪を重ねておきながら、まるで平和の使者のような目的を掲げることが、どうにも解せないのだ。リオウが目的を吐いたからといって、そしてそれが自分たちと目的を同じくしていたからといって、懐疑的な見方をするのは自然なことだった。
不知火は一歩踏み出し、抱いた疑問を正直にぶつけるように、リオウに吐き出す。
「何故君は大魔術の廃絶を図る。私利私欲のためなら許容しかねる。例えば、各国の兵器を根こそぎガラクタにすることで争いを仕掛ける、なんてことは、想像に難くない。それならば、その大義が例え本当でも、僕らはそれを全力で阻止するし、その全てを否定する」
「ふん、安心しろ。純粋に平和目的だ」
「行いから見るに矛盾しか感じないな」
「そうか? 行いから矛盾を感じる程大仰なことは、まだやっていないつもりだが」
透き通った白いため息を吐きながら、リオウは小さく首を傾げる。
「質問が多くて嫌になるな。まあとにかく、目的は一つだ」
「大魔術廃絶だと言いたいのか?」
リオウは、二人の魔術師に背を向けた。圧倒的オーラは、そのままに。
「〈掟破り〉の力はルールを作りだすことにある。つまり、この世にある掟を破り捨て、代わって、破ることのできない絶対の掟を強引に作りだして世界に従わせることが出来るというわけだ」
「……理解しかねるね」
「おっと、金髪でも理解出来ないか? 簡単なことだろう。俺がやろうとしているのは、禁じられた大魔術〈掟破り〉によって、世界に蔓延る禁じられた大魔術を、『廃絶』することと同義なんだぞ。使うのは止めてくれとどこぞの政府に懇願するでも、なくしてくれとホワイトハウス前でデモをするでも、なんの力も持たない一般市民の署名を無意味に集めて嘆願書を出すでもない。絶対に破ることのできない掟を〈掟破り〉の力で作ってしまうんだ。そうすれば各国政府は、いや、それだけじゃなく、不法に所持している可能性のあるテロ組織さえ、禁じられた大魔術を捨て去らなければならなくなる。するとどうだ? この世界から圧倒的脅威が去る。それは、この国が望む平和の形じゃないのか? それが実現されるんだよ。この力によって」
延々と説明口調のリオウの言葉に抱く違和感を無視して、不知火は一石を投じる。
「なるほど……君は平和を望むのか」
「ああ。人として当然だろう?」
「人として当然、なんて、犯罪者から聞きたくない言葉の筆頭のようなものだけれど……そうか、だったら――いっそのことその〈掟破り〉の力を使って、未だに世界からなくならない戦争をなくす『掟』をつくったらどうだい? 最高の平和がそこにはあるんじゃないのかな?
大魔術廃絶部と名を掲げた組織に所属している僕がこんなことを言うのもどうかと思うけれど、残念ながら今、禁じられた大魔術は抑止力としての一面も持ち合わせている。それがあるから世の中は仮初ながらも平和の形をしているんだ。もう何十年、大戦も起きていない。まあ、その抑止力のせいで起きた争いもあった訳だけど。もしそれが一気になくなったらどうなる? 嬉々として攻め入る連中は、この世界には腐るほどいると思うんだが」
不知火が言ったのはつまり、禁じられた大魔術を廃絶させるだけの力が本当にあるのなら、より理想的な平和の為に戦争そのものを禁じてはどうか、ということだった。抑止力としての役割も担った大魔術が一気になくなれば、それだけで大戦の火蓋が切って落とされる可能性が多いにある。
それに対し、リオウ=チェルノボグは、
「残念だが、金髪、それは出来ない」
残念だがと言いながら残念そうな素振りは一切なく、はっきりと否定した。
眉根を寄せる不知火はやや苛立ってしまうが、それをあからさまに見せるような単純な男ではない。自身が焦る様子や感情の動きを見せることが今の事態にもたらす影響を考えれば、平静は常に保つべきと分かっているからだ。
「何故出来ない?」
「簡単に言ってしまえば、〈掟破り〉は自然現象の規制は出来ないという一言に集約される。いくら大魔術と言えど、自然に逆らうのは容易ではないということだ」
「戦争が自然現象だと?」
「ああ。例えば、兵器がなくても人は大なり小なり争うだろう。つまり、争いというのは人がいる限りどうしても起こってしまう自然現象のようなものだ。戦争をなくすということがもしも〈掟破り〉に出来るとするならば、人の感情ごと殺す他はないだろうな」
「暴論じゃねえか」和川が呟くように文句を吐く。
「そうか? オスのカンガルーが一頭のメスを巡って殴り合うのも、ハイエナが群れでシマウマを食らうのも、それは自然の中で起きた悲しい争いでしかない。ドキュメンタリーを見ればお前達もこう思うだろう。ああ、自然とはなんて厳しいんだ、と。それは地球上に生きる一種の動物である人間も同じだと思うがな。戦争をなくすということは、動物は動物でなくなれ、と言っているのと同義だとは思わないか」
寒さが厳しさを増す深夜。リオウは暗闇の中でその言葉を妖しく発する。
不知火はその言葉に、不本意ながら一定の理解をしてしまった。和川にはどうにも分からない所もあったが、それなりに理解した自分がいることも確かだった。
「なるほど。その言い分には、一理あると納得しておこう。僕らは〈掟破り〉を知らないからね、納得する他はない。ただここで、はいそうですかではお好きにどうぞとはならないがね」
「質問を続けると?」
「全て話すと言った君の言葉を信じようという訳さ。せっかくだ。気になることは全て訊いておくとするよ」
反応するように、リオウは首をすくめるような仕草をほんの僅かに見せた。だが、それらが和川にはどうにも気味悪く感じられて仕方ない。妙なのだ。言葉にはし難いが、どうも自然ではないような感覚があった。不知火にはそういった様子が見えない所から、この奇妙な感覚は自分だけかと言い聞かせるのだが、モヤモヤしたこの気持ちは拭えなかった。
「では、訊こう……まぁ、最初に言ったことでもあるんだけどね」
そんな和川の考えを知ってか知らずか、不知火は調子を変えずに訊ねる。
「君は、どうして僕らに己が尻尾をちらつかせたのか、だ。通信札での通信を妨害する魔術を僕らに気付かれない形で仕掛けるだけの慎重さを見せていながら、まるで早く見つけてくれと言わんばかりにありとあらゆる証拠をあちこちに覗かせていた。もしそれらがなければ、僕らはこの場所にリオウ=チェルノボグがいることを突き止めるのに、少なく見積もってもあと数時間は掛かっただろうね」
「具体的には?」
嘲笑含みの憎たらしい返しだった。
「まず、サミュエル=ジョーンズへの依頼書だ。どうも今までの君の口振りだと、君はサミュエルという人間にさほど興味もないのだろう。ただ金のない国の魔術師というだけで今回の件を依頼したんじゃないかと思うんだがどうだろうか。金額の提示だけで乗って来る可能性が高いからね。だが、それならばわざわざリオウ=チェルノボグの名をその依頼書に記載する必要があったかな。場所と日時と依頼内容と金額、自身の存在が露見するリスクを考えればそれで十分だろう。まるでわざと証拠や手掛かりを残しておいた風に感じる。これがまず一つだ。
次に、通信札。これも実に奇妙だ。通信札の通信を遮断する方法はいくつかあるし、それらは発動の仕方をかなり詳細に設定出来る。だが前提として、これらは『敵』、今回ならば僕らに知られた時点でお釈迦になる為、相当な慎重さを求められる。が、相当慎重にやろうと、それでも対魔術師に発動するこの魔術は、普通途中で気付かれるものさ。周囲に漂う魔力の流れに確実に影響を及ぼすからね。だが僕らは気付けなかった。何故か……。可能性は一つしか思いつかなかったよ。きっと、かなりの時間を掛けたんだ。僕らが気付けない程小さな変化を日々積み重ねた、という以外には考えが及ばなかったよ。でもね、問題はここからさ。それだけ配慮に配慮を尽くしたとするなら、どうしてこの中部支部管轄内では通信札の機能が生きていたんだろう。大魔術を廃絶するという大義があったのなら、水面下でバレないように、より確実な方法を取るべきなのに、僕や和川奈月に連絡手段を与えていたのがどうも納得いかない」
リオウは、その質問は想定済みだとでも言わんばかりに間髪をいれず、微笑と共に返して見せる。
「それはそうさ。中部支部管轄内での情報交換はしてもらわないと、魔術鉱石に魔力を貯める為には各地に魔術師を派遣してもらわないと困る。発信者の位置情報を着信者に伝える通信札の特徴を利用すれば、各魔術師の配置もスムーズにいくだろう。携帯よりも通信札の方が、その点便利だ。意味はある」
これで論破、とはいかない。不知火もそれくらいの答えは想定済み。怯まない。
「なるほど一理ある。だが、それでも文明の利器たる携帯で事足りると言われれば強く反論出来ないであろうことは今分かったよ。
まあこれは僕の結論ありきの考えなんだけど、君はずっと、逐一交わされる僕らの通信を傍受していたんじゃないかな? 通信札は発信者の位置情報を着信者に伝えてしまう。それは傍受しても同じだ。僕が発信者ならば、僕の位置情報は、傍受した人間までをも着信者と認定して詳細に届けてしまう。君は僕らの位置情報が欲しかったんだ。ポイントポイントで目的地に向かってもらう為に。僕らは魔術鉱石が配置されている場所をサミュエルから聞きだすという方法で知りえた。でももしそれが出来ずに、公園に留まっているようならば、雇った魔術師を送りこんで誘い込むつもりだったのかもしれない。つまり自由に操る為には、位置情報の確保は必要だった。だから面倒でもこんな設定をしたんじゃないかな。まあ、僕らを操りたいなら、携帯も制限させておくべきだったと思うけどね。
これも想像の域を出ないが、――昨日、もしくは今日の朝の時点で中部支部管轄内に存在した通信札は、中部支部管轄外での使用、及び管轄外との通信の場合機能せず、管轄内での通信のみを許可する――設定はそんな所じゃないかなと思うんだけど、どうだろう? 外部との遮断はもちろん混乱を本部に悟らせない為。
恐らく、少々面倒な設定はしていた筈だ。今日は防衛会議の為に多くの中部支部所属の魔術師が東京に出向いている。もし大雑把に、中部支部外との連絡を遮断する、と設定した場合に――外部とは連絡は出来ないが、中部支部所属の魔術師は『外部』とは判断されない――などと解釈されたなんてことになれば、結局本部にはばれてしまう。これくらいのことはしていそうだな、と思ったんだけど」
長々と語る不知火にいい加減イラつき始めたのは和川だった。リオウは表情を大きく変えることはない。やはり、気味が悪い。
「……面白い考え方だ。少々長ったらしいがな」
と文句をつけつつ、
「で、推理はそれで終わりか?」
催促するような言葉を発する。やはり、和川には気味が悪い。
「ああ。では、あと一つ。それは、僕らがここに辿り着く上で最も重要だった点。そう。魔術鉱石から放たれる魔力だ」
「さっき聞いたな、それは」
「僕が使った魔術は、極僅かな魔力の糸を手繰るように辿って、広範囲に亘って探索を行えるもの……それはとても繊細で、より正確な位置を掴もうとすると難易度は一気に跳ね上がる。しかも今回は魔術鉱石相手だった。難易度で言うなら並みのそれとは比べたくもない。僕の見立てでは間違いなく二時間は要する筈だった。でも、実際には一時間と少々で分かってしまったんだ、正確に、この大魔術廃絶部に魔術鉱石が配置されていることと、そしてここに、リオウ=チェルノボグ、君がいることをね。どうだい? 考えるまでもなくおかしいじゃないか」
「え、どこが?」
思わず声を零した和川は、しまった、と慌てて口を手で押さえるが、不知火は和川の声に答える形で言葉を継いでいく。
「今回僕が発動したのは、あくまでも漏れだした魔力を辿って、発動地点と魔力で繋がった場所を特定する魔術だ。あくまでも、場所の特定。つまり、その場所に何者が居ようがそんなことは分からない……まあ、それだけの力はこの魔術には本来ない、ということだ。なのに、僕はリオウ=チェルノボグの存在を捉えた。それが何を意味するか。もう分かるだろう?」
和川になのか、リオウになのか、不知火は言葉を投げかけた。
「わざと知らせた……と、そう言いたい訳か」
口を開いて静かに夜を震わせたのは、白髪の魔術師だった。
「まあそうなるね。僕のここまでの言葉は全てそこに繋がる。正直に言って、リオウ=チェルノボグ程の魔術師に本気で暗躍されれば、僕らみたいな小兵ではどうにもならなかっただろうさ。そう考えれば今日という日を選んだのは正解だ。それなのに、という点で、疑問を持たざるを得ない」
リオウは息を吐き、空気に漂った白さはより一層濃かった。
「自身の推測に間違いがあるとは認めないのか」
「間違いだと思える所が今のところ見当たらない」
「それは結論ありきだからだろう」
「いいや。これらが積み重なって今の結論に至った。つまりは、そう結論に至らせたのは君の行動だ。もしも間違っていたならきっぱりと否定してほしいね。何たって、君は全て話しても構わないと言ったんだから、情報開示の要求は呑んで然るべきだろう」
リオウは月を見上げ、もう一度息を吐き、田舎の寒さに呆れるようにニヤリと嗤う。
街には車の数台も見受けられない。夜は深く、そして酷く冷たい。
魔術師、リオウ=チェルノボグはこう嘯いた。
「お見事、とだけ伝えて、解答としてもらおう」
不知火の推測は正しい、ということだろう。サミュエル=ジョーンズへの依頼書から、通信札の仕掛け、さらには魔術鉱石の件に関してまで。
そしてこの解答は、この全てを肯定した言い方は、こういう意味も孕むのではないか。
――リオウ=チェルノボグは、まるで詰めが甘いかのようにあえて隙を作り、意図的に何らかの方向へ日本魔術協会の魔術師を導いた。
「目的はなんだ」
質問、いや、詰問に近いか。対して意味も理解して出来ていないくせに、追撃の矢を放ったのは和川奈月だった。
二撃は不知火も加わる。
「何らかの目的があったからそんな回りくどいことをやったんだろう。何故、暗躍しておけばいいものをまるで僕らを嘲笑うように引っ掻き回したのか」
対して広くもない大魔術廃絶部の屋上で、三つの闇が言葉の火花を散らす。
小さな風が屋上を通り抜けた。
掻き乱された白い髪が靡き、漆黒に色を添える。
二人の魔術師と対峙する白髪の魔術師は、少々の間の末に、こう答えるのだった。
「――確信犯は、暗躍に終始しないものさ」
首を傾ぐ和川は、それでもリオウから目を離さない。
「誰にも知られぬままに終えるテロリズムなんて、存在しないことと同じだろう」
確信犯。
自らをそう表現した魔術師、リオウ=チェルノボグは、この日までの行動を『テロリズム』と評し、自らの闇を二人の魔術師に見せる。
単純悪は狂気に生きるのだろう。必要悪は安寧には不可欠なのだろう。
しかし、世界はそこまで単純でもなければ、容易に得られる安寧も存在しない。
だからこそ。
目の前に舞い靡く髪のように――その闇は、世界に一石を投じる、真っ白な闇だったのだ。
随分と長い台詞が続いてしまいました。
次回はあの子と繋がりのある人のお話です。




