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朝陽を浴びて 4

 先ず以て言うならば。


 日本魔術協会中部支部の面々は、明らかに不利な状況で戦っていた。


 命を奪うことを前提として動く者と、決して人を殺めないと決意し動く者では戦い方は違ってくる。敵はミサイルを撃ってくるのに、こちらは警棒で戦えと言っているようなものだ。


 そして問題がもう一つ。


 いかに相手が手負いといえども、二対一で戦えと言うのはなかなかに厳しい。


 涼風和奏が魔術を発動するための魔力を回復するまでは、番場最人は一人で戦わなければならないのだ。


 負傷している相沢は炎を怒鳴り散らすように放っていた。それしか出来ないのであろうが、闇雲は恐るるに足らずと言うわけにもいかない。油断はそのまま死になるのだ。だが〈(スクトゥム)〉で防ぐことは出来る。


 困ったのが倉田だ。


 彼の近接戦闘への対応は骨が折れる。


 炎に一定のケアをしながら、拳を放ってくる倉田を防ぐのは至難の業だった。


 倉田は姿を隠す魔術を使っている。〈闇夜に鴉、雪に鷺〉は、気配ごと消すような類いのものではないにせよ、視界に映らない者のことまで対応することの苦しさを痛感していた。


 番場の疲労感は並みではない。リオウ=チェルノボグの一件からまともに休めた時間などないに等しく、その状態で命を賭けろというのは酷と言えるだろう。


 ――まだか涼風!


 余裕などない。しかし、ある意味勝機を待つだけでいいというなら幾分か気は楽だ。


 何せ、涼風和奏さえ復帰すれば、それだけで勝ててしまうのだから。



     ***



「そう簡単には戻らないから厄介なのです」


 涼風は物陰に伏せながら自身の魔力の回復を待った。


 彼女の特別な魔術は、特別であるが故にリスクもまた大きかった。


 一瞬のうちに魔力を封じてしまう力、封印の力、そこに掛ける強大な力は膨大な魔力と共に彼女の体力と根気のようなものを根こそぎ奪っていく。


 涼風は胸ポケットから折り紙を取り出した。彼女の魔術媒体だ。色は赤。別に何色だって構わないが、気分で変えるのが彼女であり、その点では実に女の子だ。


「駄目だ。もうちょっとかかる……」


 折り紙に魔力を込めて、しかしまだ魔術発動の兆しは見えない。


 もうちょっとがあと数秒なのか数分なのかが分からなかった。自分の身体なのになんて不便な。そんなことを思いながら、涼風は身を隠しながら戦況を見つめる。


 倉田と相沢の魔術が番場を襲う。


 番場だって、中部支部では有能な若手魔術師の一人だ。弱小魔術結社の魔術師二人にどうこうされるような実力ではない。


 殺さないことのハンデが番場を苦しめている。その上で特に面倒なのが倉田だ。相手の命とか、そういうものを一切合切考えなければ番場も大きな魔術を放てるだろう。そうすれば姿を眩ませる倉田にも多少の効果はあるだろうが、さながら強盗犯と警察だ、こちらが凶行に転じる訳にはいかない。


「甘いなあ。番場先生も」


 涼風和奏は高校生でありながら、幼少の頃より魔術の世界に身を置くベテランだ。心を鬼にしなければいざというとき己が危険にさらされることを、涼風和奏は分かっていた。


「でも、そういうチームですもんね。うちら」


 なんて呟いていた時だ。


 そう。戦況を忘れてはいけない。


 常に集中するのだ。でなければ、目には映らない、正しくは映りにくいと言うべき倉田という魔術師の存在が意識から外れてしまう。


 仰視しなくては、魔力を常に探知し続けなければ。集中。集中。


「――あらら?」


 いない。


 番場最人を取り巻く魔力の渦の中に、倉田の存在を感じない。


 おかしい? いいや、おかしくなどない。


 この戦いは倉田・相沢VS番場ではないのだ。「敵からすれば」という見方を忘れてはいけない。


 現状の自身がどういう状態であれ、中部支部の魔術師は、番場と涼風なのだ。


 背後に敵意に満ちた魔力が現れた。瞬時に固まった背筋に力が入る。


「しまっ――」


 緊張した身体に強制的に緩和を施し、涼風は回避行動を取る。


 敵の狙いは、「うちの方!」


 倉田の気配が涼風を襲う。


 咄嗟に横に飛ぶが、僅かな衝撃が涼風の背に奔った。倉田が何らかの攻撃を加え、それは涼風に直撃したのだ。


 だが。


「馬鹿な……!」


 倉田の声だった。


 声がした方へ、涼風は転がっていた石を掴んで投げつけた。当たった気配はない。原始的対抗は無意味に終わったが、恐らく倉田は投石からの回避を余儀なくされたのだろう。殺気が弱まった。好機だ。涼風は地面を蹴って走った。


 馬鹿な――倉田がそう叫んだ理由は容易に想像がつく。


 倉田にしてみれば、隙を突いて背後から襲撃したにもかかわらず涼風が傷を負わなかったことはサプライズだっただろう。


 涼風は僅かな衝撃には驚いたものの、一切の問題なく走ることができた。


「さすが先輩の防御魔術!」


 不知火オーディン大和の魔術万歳! 涼風は魔術を扱う感覚を手のひらで確かめながら走る。


 倉田はどこにいる。きっと追ってきているだろう。涼風には分かる。倉田という魔術師の、魔術師としての才覚が。身近にあれだけの魔術師がごろごろいるのだ。基準値の高い涼風の判断基準は倉田を魔術師として認めようとはしなかった。厄介だが、取るに足らない。


 だからこそもどかしい。この手に魔術が戻れば、封印魔術など使わなくても彼を一刀のもとに両断することなど容易いのに。


 彼女は幼い頃より魔術の世界に浸かってきた。


 それが何を意味するのか。


 彼女には、魔術の世界に身を置く何らかの要因があったということだ。


 周囲か、己か、いいや、そのどちらもだ。


 彼女の力は特別だった。周りが放っておくはずもなく、また自分で御しきれるものでもない。


 だからこそ、深淵を何度も覗いては、深淵に手をさしのべられてきた。


 涼風和奏とはイコール闇である。


 方向音痴をこじらせ、優しげな言葉を纏い、どこか柔らかな彼女の性格も、その本質は闇に溺れた魔術師のそれだった。


 涼風和奏は恐らく、この中の誰よりも闇を見てきた少女なのだ。


 彼女に倉田の命の有無を考える必要性はなかった。闇とは総じて、相手の命をどれだけ軽んじられるかだ。それを、涼風和奏は知っている。


 日本魔術協会中部支部大魔術廃絶部。


 ここに籍を置いていない頃の彼女は少なくとも、それらを忠実に執行しただろう。


 その本質は、数年前にはまだ、健在だったのだ。


 数年前には、まだ――。



次回もよろしくお願いします!

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