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神の魔術師~Fall MOON and Golden FLAME~  作者: 壱ノ瀬和実
先導者

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朝陽を浴びて Ⅳ

「夕夏ちゃんは、病気だったんです」


 結は唐突にそんなことを言った。


 二人の魔術師を治療し、仕方なく道端に放置した結と不知火は、山間の道を下っていた。薄ら明けていく空を見上げることもなく、足取りは実にゆっくりと。


「夕夏ちゃんは、他人と比べて魔力の量が膨大だったんです。それは、魔術師を両親に持つ者にしてみれば一つの才能でした。でも大きな力は、操ることができなければ毒です。六歳の頃でした。夕夏ちゃんは特殊な拘束具がなければ生きていけない身体になってしまったのです」


「拘束具?」


「膨大な魔力が成長と共に暴走して、夕夏ちゃん自身の身体を呑み込むようになったんです。もちろん、それに耐えうる身体を持つ人もいます。でも、夕夏ちゃんは特異ではなかった。単純に病として魔力が多すぎた。だから、魔術師の牢獄にも使われる特殊な術具で拘束することで、それを抑え込んだ。つまり、夕夏ちゃんは自由を失ったんです。東京の施設に収容されて、ずっと、一人で」


 結は、両の手で刀をぎゅっと握る。こぼれ落ちる言葉の数々は重力を持ったように重たかった。


「十歳になって、夕夏ちゃんは魔力をコントロールする術を身につけました。必死の努力の成果です。拘束具も外すことができた。そしてようやく、金沢に戻ってこられました。嬉しかった。なかなか会うことができなかったお姉ちゃんと、ずっと一緒にいられる、って。でも数日後、夕夏ちゃんの身体はまた暴走を始めてしまった。今度は、周囲を傷つける形で」


 不知火は鼻で息を吸った。冷たい空気が喉を通った。魔術の恐ろしさを見たような感覚だった。


「北陸分所にいた魔術師のほとんどが重傷を負いました。数名しかいない分所ですが、彼らは皆、夕夏ちゃんを恐れるようになってしまった。憎む人も、いたでしょう。でも、誰もそれを口にはしなかった。当時の分所長だった母が、皆に頭を下げ続けたからです。その事件は、北陸分所と、本部に所属する一部の方だけしか知りません。お母さんが、夕夏ちゃんのために公にしないでくれと、職を辞して懇願したから」


 朝焼けが町に広がった。ゆっくりと、狭い歩幅で歩く二人の影が、アスファルトに長く伸びていた。


「そこで、一つの解決策が提案されます。その膨大な魔力を一気に封印してしまおうというものでした。それができる方が本部にはいる、と。でも、その方も力は不安定で、子供である夕夏ちゃんには危険だった。なので、もう一つの策として挙がったのが、魔力を誰かに移して少しでも体内の魔力を減らそうというものでした。でもそれは、魔力に耐性があり、かつ魔力をほとんど持たない人間でなければなかった」


「そんな都合のいい人間がいるかな」


「いるんですよ、不知火さん。彼女の隣に、いたんですよ」


「……なるほど。君か」


 結は頷いた。


「わたしは、夕夏ちゃんとは対照的に魔力が空っぽだったんです。どんなに練習しても魔術が使えなかった。きっと、本来わたしに来るはずの魔力の全ては、母のお腹の中で夕夏ちゃんに注がれて、そしてこうなったんだって、わたしはそう結論づけていました。だから、わたしはその提案を受け入れた。夕夏ちゃんのために。そして何より、夕夏ちゃんとずっと一緒にいたいと願う、自分のために」


 結は、道路に転がる小石を蹴った。早朝でありながらも、国道沿いはさすがに車通りもある。車道に転がった小石は、車に踏みつけられてしまった。


「東京で手術を受けました。とても特殊な手術で前例もなく、双子でもなければ不可能だった、というのは後から聞かされた話です。魔力の譲渡と封印に関する研究をしていた女性医師が執刀して、その方の力で、手術は成功しました。特異体質を持たれる多くの魔術師の協力もあったと聞きました。それほど大がかりなことだったんです」


「初耳だ」


「超極秘でしたから」


 結は強がって笑った。出海夕夏のことを考えていなければおかしくなる。そんな風にも見えた。


「おかげで、夕夏ちゃんもわたしも無事でした。夕夏ちゃんは人並みの魔力量になることができたし、わたしはわたしで魔術を使えるようになった。ようは、お腹の中で偏った魔力が元の鞘に収まっただけなので、身体に不具合もなく、実を言うとしっくり来たくらいです」


 鳥が鳴いた。カラスが喚いた。


 早朝は白息に包まれる。


「夕夏ちゃんはそのあと、助けてくれた皆に恩返しがしたいからと魔術師になることを決め、それに付き合わされるようにわたしもそうすることにしました。夕夏ちゃんと一緒にいられるのなら吝かではなかったし、手術成功の二年後に母が亡くなって、兄が分所長になったのを支えたいという思いもあったので」


 当たり前のように話してはいるが、それは実に壮絶なものだった。不知火も多くの闇を垣間見てきた。だが、こうも家族というものに囚われた闇もあるのかと思い知る。不幸ではなく、幸せになるための、家族という檻。


 出海結はそれらと共にこの世界にいるのだ。己の意思ではなく、何かに付き従うように。


 不知火は、それを語る出海結の目を見つめ続けた。強さがある。とてつもない弱さもある。なるほど、これが出海結か、と、不知火はようやく掴んだ。


「君は、贖罪しているのだな」


「……え?」


 結は徐に不知火の方へ首を回す。すぐ横で、不知火は金色の前髪を触っていた。


「いいや。何でもない。そう感じただけだ」


 ただ。と、不知火は継いで、


「君が窮屈だと思うなら、その呪縛は解き放つべきだ。そうでないなら、貫くといい。他人がとやかく言うことではないがね」


 結は視線を落とす。小石があった。それを蹴る。その石は車道に飛び出ることはなく、真っ直ぐ転がって、結が歩いて行くと、またその石と出会った。


 もう一度蹴る。出会う度にもう一度。もう一度。


「魔術なんて嫌いです。大嫌い。夕夏ちゃんを、何度も苦しめるから。でも夕夏ちゃんがそれを望むなら、わたしはついていきます。窮屈なんかじゃないんですよ、不知火さん。一人じゃないなら何でもできる。それを、わたしたちはよく知っている。だから、わたしはこの道を突き進みます。夕夏ちゃんに見捨てられるその時まで、ずっと」


「……そうか」


 不知火も口許を緩める。


「きっと、わたしが夕夏ちゃんを縛っているんです。離してやるもんかっ……って。特別だから。大好きだから」


 不知火は、結が蹴った小石が側溝に落ちるのを見た。一つの石は、そうして闇へ堕ちていく。


 金色の髪を微風にそよがせて、不知火は空を見上げる。


「君がいいなら、それでいい。そうやってしがみつくものだ、この世界は」


 ……そうですね――結はそう言って、刀を鞘から数センチだけ抜き、また収めた。鍔がかちゃりと鳴った。


 結は「ふふ」と笑う。


「だからわたし、夕夏ちゃんの主治医の先生に会うことができないんです。手術の時の瞬間がわたしにとってのトラウマだから、というのもありますけど、同時に、夕夏ちゃんが誰かと親しげに話しているのを見ると胸が苦しくなるから。今回夕夏ちゃんが一人で東京に行ったのも、その先生に会いに行ったからなんです。わたしが頑なに行かないって言ったから、それで」


 責任を感じたのか、徐々に沈む結の声音を、不知火は押し上げるように、


「過去は振り返っても戻ることはできない。だが無駄というものでもないだろう。精々が反省の材料にする程度さ。つまり過去というのは、前に進むためには必要になる代物だ。上手く活かせばそれは無駄ではなくなる。僕はそう考えるし、きっと和川はそんなようなことを短絡的に言うだろう」


 結は、「はい」と答えて、朝陽を見た。


「兄さんを信じます」


「ああ、それでいい」


 不知火は柔らかな目線をきりりと尖らせた。


「さて。こうも在り在りと魔術の衝突を感じさせられちゃあ黙っていられない。和川はいつもこうだ。暗躍というものを知らない。どうだい、いけるかな、出海結」


「……はい」


 不安材料は薄らいだ。消えたわけではないだろう。いつでも顔を出す不安定な感情はいつだって出海結を食らいに来るだろう。だがもう、そう簡単にはやられまい。出海結の覚悟は、生半可なものではない。それを不知火は感じた。


「大丈夫だ。行こう」


「はい!」


 ……と言いながら、不知火はあたまをよぎった一つの疑問を解決したくなってしまった。


「ところで、その先生というのはまさか」


「御存知なんですか? 嘉多蔵先生と言うのですが」


「はあ」


 不知火は息を吐いて、


「実感するよ。闇は実に深く、しかし驚くほどに狭いのだと。まるで井戸のようだ」


 結が首を傾げる。


「意味が分かりません」


「分からなくて良い。独り言だ」


次回もよろしくお願いします!

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