朝陽を浴びて Ⅲ
不知火オーディン大和は動けない。
何故か。
出海結だ。
彼女は、最愛の姉の危機に冷静さを失っていた。いいや、冷静ではあるのだ。ただ、それはそう装っているに過ぎない。このまま戦地に向かい千林と対面すればタダでは済まない。それは、不知火でなくてもそう判断したことだろう。
出海雪路――結と夕夏の兄であり、北陸分所長を務める人物への警告は行った。不知火は出海雪路の実力を知らないため、「もう大丈夫だろう」と明言することはできない。敵である見田が如何ほどかも知らないのでは無責任なことは言えなかった。
それが歯痒く、実に心苦しい。
出海結曰く、姉の入院する病院は協会と協力関係にある特殊な病院。協会に属していない魔術結社には情報提供もできないために応援も頼めない。外国にルーツのある魔術結社、『切り拓きし者』には尚のことだ。
それに、雪路は結に、「他の魔術師にもこのことは伝えるな」と言った。理由は分からない。妹を傷つけた始末を自らつけることに拘泥しているのか、それとも別の理由があるのか。
不知火は、静かな夜にぼんやりとした光を浮かべて、二人の魔術師に医療魔術を施した。金森は大丈夫だ。内臓はいくつも潰れているが、魔術で作りだした急ごしらえの臓器もどきで数時間は誤魔化すことが出来る。魔術師が丁寧に治療しさえすれば、どうにもならないようなものではない。
問題は繁野だ。この男が触れてしまった魔術は、おそらく、単純な破壊力とか、そういう分かりやすい類いのものではなかったのだ。もっと繊細な、例えば、神経だとか、脳機能だとか、そういうところをダイレクトに撃ち抜いていくものだったのだろう。もちろん、身体の傷も相当だ。放っておけば傷だけで数時間後には息を引き取る。
だがそれだけではない。応急手当でどうにか出来る段階を、まるで階段を数段飛ばすように超えてここにある感じだった。
「とんでもない魔術師だ。大嶋愛生。戦闘というものを分かっている。強大な力だけが戦場を支配するわけではないことを知っている。はったりと破壊力とを上手く使いこなしている。彼女は、並みの魔術師ではない」
一騎打ちで勝てるだろうか。リオウ=チェルノボグに抱いたような恐れが、不知火の中には生まれていた。何より、不知火オーディン大和はまだリオウ戦の傷が癒えていない。大嶋はそれを見抜いていたようだった。
命を賭けなければならない。そう覚悟させるほど、大嶋愛生という魔術師の得体の知れなさは異様だった。
いや、それよりも今は出海結だ。
彼女を放置することのリスク。このまま敵を捜索することのリスク。それらは無視していいものではない。しかし猶予がないことも事実だ。このまま徒に待っているだけでは、事態の解決を期待する以外に何もできない。実に、無力だ。
さて、どうすることが最善か。どうすれば、彼女の心を平静に近付けられるか。
徐々に明るくなっていく田舎町で、アスファルトに座り込む結に視線を送る以外のことが出来ないでいた。
すると。
「不知火さんは、運命って、信じますか」
小声だった。静寂でなければ聞こえないほどの。
「さあ。どうだろうね」
「わたしは、信じたくありません。でも、わたしがここにいるのは、きっと、そうです、運命だと思うんです。夕夏ちゃんとわたしの、運命だったんです」
どういうことだろうか。不知火は言葉を挟もうとして、それをしなかった。聞こう。そう思ったのだ。
「一人じゃなかったわたしたちは、一人じゃなかったからこそ、色んなことがありました。色んなことを、乗り越えました。その先にあるのが今ならば、きっとこれは運命、なんでしょうね」
結は徐に立ち、臀部をはたいて、薄らと涙を溜めた瞳で呟いた。
「夕夏ちゃんは、病気だったんです」
静かに語り始めた出海結は、その声と共に再び歩き始めた。
次回もよろしくお願いします。
最終回も近いかな、という感じです。




