朝陽を浴びて 3
千林高城の手が刀に触れた。
水色の『風裂』と、群青色の『波断』。
ごつごつとしたその手が二振りの刀を握る。
「この重量感。この光沢。この華美な装飾。美しい。素晴らしい。喉から手が出るほど欲した刀が、今私の手に……! 感じるぞ……高純度の魔力! 並みの術具を凌駕する圧倒的破壊力を内包した刀を……今私は手に入れたのだ!」
千林は大声を張り上げた。遮るもののない田舎町に響き、木々に佇み囀る鳥を大空へ羽ばたかせた。
その表情はまさしく恍惚。
作間翔の勝利は、千林高城の勝利へと姿を変えた。
ニタリと。おどろおどろしささえある笑みを、千林は浮かべた。
声に悦楽を乗せて、
「では、試し斬りといこうかね」
相沢が、倉田が、共に目を見開いた。
「どういうことですか、師匠」
「作間翔君への介錯を執り行うのだ。私にもプランがある。ここで彼を殺さねば、私が正義面をすることができなくなる」
千林は、作間の首許に刀の鞘をあてる。先端で顎を持ち上げ、汚い顔を作間に見せつけた。
「約束が違うっすよ! 千林さん!」
「黙れ倉田。誰のおかげでここまでのうのうと生きてこられたのか考えよ。見田の孫でもなければお前なんぞ、『SSパッケージ』の魔術師としていつでもそこらに捨て置けたのだぞ」
「そ、それは……」
「師匠、命だけはご勘弁を願えませんか。殺さずとも刀は得られました。師匠の目的は達せられたのです。口封じの魔術をかければ良いではありませんか」
「阿呆なことを言うんじゃない相沢。この世に完全な魔術などないのだ。出海雪路辺りに解除されれば全てが露見する。安心しろ。苦しむ前に殺してやる。これ以上の口答えは、分かるな?」
倉田が下唇を噛む。そこから血が出ていた。それだけ、強い力が込められていた。
相沢は、頭を下げることしかできない。
「では、いこうか」
千林は『波断』を帯と着物の間に差し込み、『風裂』は目の前で構え、右手で引き抜いた。
一センチ、五センチ、十センチ。ゆっくりと姿を現す銀色のそれは、外界にその輝きを放つ度、膨大な魔力という名の風を巻き起こした。
相沢は立っていることすらできず膝をつき、倉田は踏ん張ることがやっとだ。
千林は笑った。大漁旗を掲げるような気分で満ちていた。
「見ろ、この力! さすがだ、さすがの力だ!」
――風を裂くのではなく、風で裂く。
北陸分所に秘蔵されていた術具『風裂』は、強大すぎる魔力の塊としての威力を存分に見せつける形でその反り立つ刀身を現わした。
「ああ、血を吸わせるのが楽しみだ」
その一言に、作間翔は鼻を鳴らす。
肩は上下に震えていた。
笑っていた。作間翔は、笑っていたのだ。
「何が可笑しいのかね」
「いや、なに、驚いたんだ。すがすがしいまでの屑というのは、この世界には当たり前のようにいるのだなとね」
「君が言う言葉じゃあない。君も悪党の一人さ。欲のために刀を盗み出したじゃないか。同じ穴のなんとやらだ」
「いいや。それでも俺は、人間を殺めようとまでは思わないね」
「そうか。素晴らしいことだ。人として実に美しく正しい考えじゃないか。ただね、それではこの世界は、歩いて行けない」
「身を以って知ったところだ」
「さらば若き魔術師よ。君は、長の器ではなかったのだ」
千林高城は『風裂』を振りかざす。
刀身に風が集約されて、そこは台風の目のようになった。
千林の恍惚は極まっていく。
魔力の集合体を、その手で振るう。
暴風を纏いし刃の一撃が作間翔の首を一瞬にして切り落とす――そうなるはずと、千林は信じて疑わなかっただろう。
だが。
金属音が響く。超高音が一体を劈いた。
もはや抵抗の一つも見せていなかった作間翔の身体を、鉄の塊が覆っていたのだ。それは刃を防ぎ、風を跳ね返すだけの防御力を誇っていた。
倉田は叫ぶ。
「〈鉄堂無〉!? ってことは、繁野さん!?」
「繁野だと!?」千林は眉根を寄せる。
いいや。繁野ではない。皆それをどこかで理解する。ここまでの防御力を持つ〈鉄堂無〉を、繁野は有してなどいなかったはずだ。
であれば誰だ。千林は直感で判断する。
昨日の邂逅にいたはずだ。繁野と同系統の魔術を使う者が。
だとするなら。
「中部支部か」
〈鉄堂無〉に弾かれた風が野放図に散っていく。
そんな中を、人体の限界を超えた速度で突き進む一つの影があった。
黒髪で、引き裂かれた夏用の制服で、そして、最速の魔術師。
拳を握り、背後から一直線に突進する。
「赦さねえ」
その最速の拳が、千林高城に放たれた。
千林はすんでの所で『風裂』を振り、それにより巻き起こる風で往なした。厳密には、風に乗ることで千林自身が回避行動をとったのだ。
和川の拳は空振りした。だが、即座に踏ん張って二撃目として蹴りを放つ。
千林はそれを直撃寸前で躱し、距離を取る。
「ここで来るかね、中部支部」
「捜したぜ千林、そんで、『SSパッケージ』!」
田舎町にオレンジ色が広がった。朝陽が昇り始めた合図だった。
和川の怒りが早朝に輝きを放つ。
千林は鼻をひくひくとさせながら憤りを露わにした。
「何をやっている相沢、倉田、とっとと中部支部の阿呆共を始末しろ!」
がなった。
だが。
「おうおう。どうなってんだ。繁野と金森ってのが裏切り者じゃなかったのか。この状況を見るに、なるほど。ってことは、作間意外は皆『先遣』側ってことでいいのね」
体育ジャージー姿の男は嘯いた。
攻撃の指示を受けた相沢と倉田の二人は、一切の動きを封じられていた。身体が動けなくなるような魔術がかけられているのではない。二人の魔術師が睨みを利かせていたのだ。
鉄のドームを生み出した魔術師、番場最人と、真冬の早朝に制服姿で寒そうに立つ、涼風和奏によって。
「悪いな。〈鉄堂無〉があんたらの仲間のもんじゃなくてよ」
「ちょっと番場先生、挑発はやめましょうよ」
「いいんだよ。虚勢も自信も前面に押し出して初めて意味があるんだ」
「な、なるほど! でもうちはやめときます」
「おう。お前が調子に乗るところ見たくないからそれでいいよ」
相沢と倉田は二人から距離を取らざるを得なかった。
ここに、戦場が展開される。
一方は、日本魔術協会中部支部の魔術師、番場最人、涼風和奏と、北陸の魔術結社『先導者』の魔術師、相沢甲次、倉田正巳。
――作間翔を包む〈鉄堂無〉を挟み。
もう一方は、同じく中部支部所属の魔術師、和川奈月。対するは、『先導者』の魔術師、千林高城。
和川は顎に力を込めた。落ち着けるように深呼吸をした。
そして、千林高城を睨み付ける。
「正々堂々やろうぜ爺さん。その刀、絶対に取り返してみせる」
「無意味な争いに加わって実に愚かなことだ。あの金髪の彼も出海夕夏もいない今、もはや君程度取るに足らない。経験に勝るものはない、思い知っただろう。愚かさも極めて死にに来たかね」
「馬鹿言ってんなよ。悪いが、俺は意味もなく人を殺そうとする奴が大嫌いなんだ。心の底から、大っ嫌いなんだよ」
「ほざいていれば良い。威勢だけなら誰でも吐ける」
「そっくりそのまま返すぜ。いいこと教えてやるよ爺さん。この世の中に無鉄砲に勝る力はないんだぜ」
和川はアスファルトを蹴った。
千林高城の『風裂』と、和川奈月の拳がぶつかって、その衝撃は周囲の草木を根こそぎ刈り取った。
若輩と老体の激突。
叫声混じりのそれは連続し、闇の邂逅に相応しい余波を生み出した。
一瞬の油断が命取りだ。いかにリオウ=チェルノボグに勝利した和川であっても、その事実だけは変わらない。
なにより、今の和川奈月は、不知火オーディン大和を欠いていた。
次回もよろしくお願いします!




