11.秘密の花園(3)
『君と同じ、被召喚者の女性のために造られた庭だった』
そう言った時のイオの表情はどんなものだったのか。
その内容の方にショックを受けていた悠里はよく覚えていなかった。
辛そうでもあったし、悲しそうでもあったし、寂しそうでもあったし……。
笑顔でなかったことだけは確かだった。
(イオさまは、その人のことを知っていたのかな……)
その女性はここでどんな扱いを受けていたのか。
少なくとも、酷い扱いはされていなかっただろう。でなければ、庭を造ってもらうようなことはなかったはずだ。
(私と同じ。きっと大事にしてもらっていた……)
悠里がウリエルやコウメさまにしてもらったように。
今、イオやこの屋敷の人からしてもらっているように。
(そして壁に囲われた庭で一人、花を育てていたんだ)
彼女に会いに来てくれた人はいただろうか。
彼女と話をしてくれた人はいただろうか。
彼女に食事を作っていたのは、この屋敷のシェフだったろうか。
イオがまた王宮に戻ると言うので、悠里も秘密の花園を出て自室に戻っていた。
それから夕食の時間になるまでずっと、ベッドに横になって、その女性のことを考えていた。
これまでもこの世界に召喚された人の話は聞いて来た。その人たちは皆この世界で何かを成し、幸せな人生を送っていた。コウメさまなんて、もっとも身近な証言者だった。
帝国で一人暮らした彼女は、果たして幸せな被召喚者人生を送ったのだろうか。
(帝国に、召喚されてきた人がいたなんて……)
魔法のない帝国に?
そこまで考えて、悠里はベッドの上に飛び起きた。
「魔法のない、帝国に?」
魔法がないから、その力を求めて、帝国はディント王国を手に入れようと目論んでいると聞いたことがある。
その女性は帝国と王国が国交を断絶する前に召喚されたのだろうか。そして、王国から帝国にやって来たのだろうか。
でも、王国の人は誰も、そんなこと言ってなかった。事情通のコウメさまも……。
「私なんかが、いくら考えてもわかんないや!」
悠里はまたベッドにごろんと。
だが、何かが頭の隅に引っかかっていた。
なんだろう。
何が引っ掛かってる?
「あっ!」
悠里は再び飛び起きて、今度は部屋を飛び出した。
「ユーリさま、お茶は?」
扉ですれ違ったミレーヌに、
「図書室から戻ったらいただきます!」
と言い置いて、悠里は廊下を走った。
図書室で探したのは、つい先日読んだ絵本だった。
「あ、あった。これだ……」
帝国の少女がお伽噺として読むという美しい装丁の本。
それを探し出して、目的のページを開くと。
そこにはこの屋敷の秘密の花園のような庭が挿絵として描かれていて、そこには一人の少女が。
『流れ流れて帝国にやって来て、皇帝の寵愛を得た少女。しかし彼女は御子を産んだのちに姿をくらましてしまう』
そんな悲しいシンデレラストーリー。
悠里は思わず本を床に落としていた。バサッと乾いた音が図書室に響く。
口元に当てた指が小刻みに震えていた。
(これ……きっと、実話だ)
被召喚者がどういう経緯か帝国までやって来て、皇帝の妃となり、その子を産んで行方をくらました――?
(じゃあ、じゃあ、今の皇帝陛下やイオのお母さんなの?)
この物語がいつの頃の話かに寄るけれど。
イオがあんなのに感慨深そうにするのだから、きっと関わりのある女性だったのだろう。
(ああ……ますます頭が混乱してきた……!)
「ユーリ?」
震える手で本を拾い上げた時声がかけられた。
ベリアルだった。
「ミレーヌが、お前の様子がおかしかったからと。何かあったか?」
隻眼のベリアルの、隠れていないほうの目が鋭く悠里の全身を観察する。
「あ、いえ。読みたい本があったから、つい急いでしまって……。ご心配をおかけしてすみません」
ぺこりと頭を下げた悠里を見て、ベリアルは小さく息をついた。
「何もないならいい。これからは一言言い置いてからにしてくれ」
「はい。そうします」
意外だった。
ベリアルは本当に悠里のことを心配していたのだ。
随分柔らかくなったものだと思いながら、本を胸に抱き、もう一度ベリアルに頭を下げて彼の脇を通り過ぎようとすると。
二の腕を掴まれ、引き寄せられた。
「待て」
「え?」
「あの壁の向こうに入ったらしいな」
「……」
また震えが戻ってきた。
ベリアルの鋭い片目に射すくめられ声すら出せない。
「イオさまにうかがった」
「……ご、ごめんなさい」
「あやまらなくていい。私は別に怒っていない」
いや、すごく怒ってそうなんですけど。
「イオさまのお許しを得たのだ。あの庭の出入りは自由にしていい。私はあまり良いとは思わないんだがな」
最後にきっちり釘を差すことは忘れずに、ベリアルは二の腕を掴んでいた手を離した。
「その本と繋がったんだな?」
その声は思いの外優しいものだった。
悠里は彼から視線を外すついでにこくりと頷いた。
「だが、それは物語に過ぎない」
意外な言葉が頭の上から降ってきた。
「物語と現実は違う」
「……どこまでが現実で、どこからが物語ですか?」
物語に過ぎないとは言っても、この話の中には本当にあったことも含まれているはずだ。
ベリアルの眼帯で覆っていないほうの目が再び悠里を捕らえた。
絡まる視線の先で、ベリアルは言うべき言葉を探しているようだった。
「とても美しいお話でした。美しくて、悲しい……。この人はどこから来たんだろう。どうして皇帝と出会ったんだろう。どうして……子供を残していなくなったんだろう……。何回も読み返して、何回もそんなことを考えました。……自分と重ねてしまうところもあった」
その時悠里の頭に浮かんでいたのは誰の面影だったか。
ベリアルが小さく眉を動かしたことには気付かないで、悠里は本を抱え直した。
「ベリアルさんにお願いがあるんです」
これ以上言葉を重ねても、ベリアルは何も話さないだろう。
そう思い、悠里は別の話を持ち出した。
「なんだ?」
話題が変わったことに、ベリアルも少しほっとしている?
そのことにちょっとむっとしながら、悠里はベリアルにお願いをした。
「庭に撒く種を一緒に買い付けに行ってほしいんです。お願いします」
ぺこりと頭を下げた悠里を見下ろすベリアルの顔が心なし赤くなっているような……。
いや。窓から差し込む夕日が、そう見せているのだろう。
「わかった。明日の自由時間に」
ややしてそう答えたベリアルは、そのあとに「腕、痛くなかったか?」と取って付けたように言葉を添えた。
それがなんだかおかしくて、悠里はくすりと笑ってしまった。
「はい、痛くないです。また明日、よろしくお願いします。ベリアルさん」
怖いベリアルさん。
時々優しいベリアルさん。
どっちが本当のベリアルさんなのだろう……。




