9.秘密の花園(1)
慣れないダンスの練習のせいか、悠里の顔に疲れが滲んだ頃。
週末は休みということになった。
「舞踏会は来週だけど、ユーリは覚えも早いし何とかなるでしょ。若い人にはお休みも大事よね?」
片目をつぶりながらマチルダがそう言った。
「マチルダさまがそう仰っているし、週末はお前の自由にするといい。ただし、この屋敷からは出ないこと。何があるか分からないからな」
そういうことなら、週末の二日間ゆっくりさせていただこう。
悠里はダンスの特訓が始まって以来数日ぶりに、ミレーヌのお茶をお供にのんびりとした朝を過ごしていた。
(途中になっている王国への手紙を書いて……。それから……)
休日の間にできることを全部しておきたい。
悠里はそう思いカップを置くと、さっそく辞書をめくった。
白かった紙にいくつか文字が記された頃。
悠里は机の上にぐったり突っ伏していた。
「ユーリさま。あまりこんを詰めるのも良くありませんわ。お庭を散歩していらしてはいかがですか?」
ミレーヌが見かねたように提案した。
悠里はそれもそうだと顔を上げ、机の上の物を片付け始めた。
「お庭って、入ってはいけないとことかありましたっけ?」
「そうですね……。四阿の向こうの壁が崩れている所は危ないですから行かないでくださいね」
それは先日べリアルとランチをした際に、彼にも同じことを言われた場所だ。
「わかりました。近づかないようにしまーす!」
悠里は威勢良く言って、部屋を飛び出した。
気持ち良く晴れた日の午後だった。
べリアルと通った台所前の通路を通り庭に出ると、温かな日差し芝生の上に降り注いでいた。
「気持ちいい!」
うーんと伸びをして勉強の間に凝り固まった体をほぐしてから歩き出した。
すると崩れた壁の近くで人影が動いたような気がした。
(ん?)
茶色みの強い金髪がそよ風に揺れている。
(イオさま……?)
ずっと宮殿に詰めているはずのイオが、いつ戻って来たのだろう。
悠里は近付くことも、声をかけることもためらわれた。
イオは悠里に気付くことなく、崩れた壁の向こうへ姿を消した。
(え? 危なくないの?)
「近付くな」と言われたことを脇に置いて、悠里は慌てて彼のあとを追った。
積み重なった瓦礫の向こうに下りると、蔦が幾重にも絡まる石の壁があった。
その壁はまだ辛うじて崩れておらず、悠里の行く手を阻むように立っている。
壁を這う蔦が薄い所を見つけ近付き、蔦を避けると、その下から鉄の扉が出て来た。
「こんな所に……?」
古い屋敷でもあったのだろうか……。
思いながら取っ手に手を掛けると、何の引っ掛かりもなく開いた。
(イオさま、ここに入ったのかな)
そろりと扉を開け、中の様子を窺った。
「わあ……」
思わず声を漏らしてしまうくらい、美しい景色がそこにはあった。
瓦礫の向こうに、こんな世界があったなんて。
赤やオレンジの色の濃い南国風の花が咲いているかと思うと、ピンクやブルー、白の、色の薄い可憐な花も咲いていた。
「お花畑だ」
ここはイオの秘密の花園だろうか。
それを覗いてしまったことに少しだけ罪悪感を覚えながら、悠里は花々の競演に見惚れていた。




