5.個性的な女性の訪問
午後のお茶時間が終わり一息つくと、仕立て屋のティクウィットがやって来た。
「とりあえず三着出来上がりましたから、お届けに参りましたわ」
仕事が早い。
あれよあれよという間に試着をさせられ、補修を加えて悠里の体にピッタリフィット。
若草色のシンプルなワンピース。動きやすそうな上下のセットアップ。悠里が今来ている服に合いそうなスカート。
着回しが利くようによく考えられている。
「いかがですか?あと数着、2・3日中にお届けいたしますわね」
「どうも、ありがとうございます。お世話になります」
ぺこりと頭を下げた悠里にティクウィットはすり寄ると、「あなた、異世界の人なんでしょ?」と囁くような声で訊いてきた。
「え?」
ドキッとして身を引けば、さらに距離を縮めてくる。
「これからのデザインの参考に、日を改めていろいろお話を伺いたいんですけど、よろしいかしら?」
「え、えっと……」
「アドバイス料としていくばくかのお礼もさせていただきますわ。もちろん、あなたが異世界人であることをおおっぴらにしたくなければ、アドバイスを頂いたのが誰かとか公表いたしませんし」
「アドバイス料……」
「ええ。いかがです?」
ちょうど、お小遣いが欲しいと思っていたところだったので、悠里の心がぐらぐらと揺れ動く。
「気軽なバイトだとお思いになって」
ティクウィットの何かを含んでいるような目がやや怖かったが、悠里はこくりと頷いた。
「ま、話が早くて助かりますわ。では、また改めてご連絡いたしますわね」
生き生きとした表情でティクウィットが帰ると、新調した服をクローゼットにしまっていたミレーヌが戻ってきた。
「いかがなさいました?ユーリさま」
「ううん。ちょっとティクウィットさんの迫力に押されちゃって……」
「ああ、まあ、少し押しの強い所がおありですわね」
ミレーヌも頷く。そして「湯あみをなさって、お着替えなさいませ」とありがたい申し出。
今日中に着替えられると思っていなかっただけに嬉しい。
「お湯の支度も出来ていますから、ごゆっくりどうぞ」
「はい。ありがとうございます」
もうこれで今日はお風呂に入らなくていいだろうか。
そんなだらずなことを考えながら浴室へと向かった。
最初に選んだのは、若草色のワンピース。上半身はタイトなデザインで、スカートはふんわりとしたフレア。悠里好みのとっても可愛いワンピースだった。
と言っても、悠里は普段パンツスタイルばかりだから、こうして足元がスース―する感じは実にコウメさまのお屋敷以来だった。
「まあ!とってもよくお似合いですわ!」
ミレーヌは感嘆の声を上げると、ウキウキと悠里を鏡の前に座らせた。
「さあ、もう少ししたらおいでになりますから、仕上げてしまいましょうね」
そうだった。
夕方には家庭教師の先生が来るのだった。
「どんな方なんですか?」と尋ねても、ミレーヌも詳しく知らないという。
「旦那さまのお知り合いだと伺っていますけど……」
とすれば、貴族だろうか。
髪はハーフアップでシンプルにまとめ、メイクは薄く。勉強するのにふさわしいスタイルに仕上がった。
「とってもお綺麗ですわ」
にこにこにっこり。
ミレーヌは褒め上手だ。
褒められ慣れていない悠里は、少しお尻のあたりがむず痒くなってしまう。
「ではお茶の支度をしてまいりますね」
そう言ってミレーヌが出ていくと、悠里は自分も少し部屋を片付けておこうと、ソファのクッションの位置を直したり、ちょこっと拭き掃除なんかをしてみた。
そうしているうちに、ついつい夢中になって窓掃除なんかもやってしまう。
もう十分すぎるくらいピカピカのガラスなのに、キュッキュッと音が鳴るくらい磨いていると、「きゃあ、お久しぶり~!」と言う声と共に誰かが後ろから飛び付いてきた。
その勢いで、コツンとガラスでおでこを強打。
「いたっ」
「あらあら、ごめんなさいね。もう一度会いたいと思っていたから嬉しくて、つい」
艶のある色っぽい声。
(こんな声の人と会ったことあるっけ?)そう思って振り返ると、悠里よりも頭一つ分くらい背の高い女性で、真っ赤な口紅が印象的。
「まあ、本当にあなたなのね~」
「あっ」
思い出して、つい失礼な声を上げてしまった。
「ふふ、覚えていてくれて嬉しいわ~」
「えっと……すいません。お名前が、ちょっと……」
「ランカジャー男爵夫人マチルダよ」
そうだ。ランカジャー男爵夫人だ。
チェサート国のレストランで、イオさまと一緒にいた人だ。おしゃべり好きな人と言う印象が強くて名前は忘れてしまっていた。
「子爵さまはお元気?」
「え、子爵さま?」
「ええ、ほら、あなたと一緒に旅をされていた」
「ああ、ウリエルですね。ええ、たぶん元気です」
「そう、良かった。今回お会いできなくて残念だわ」
そう言えば、男爵夫人は随分ウリエルを気に入っていた様子だった。
「すいません。わたしだけお邪魔してしまって……」
本当に申し訳なくなってそう言うと、「ふふ。またいずれお会いできるでしょう」と言いながらソファに座り、ミレーヌが並べて行ったティカップを手に取った。
「では、さっそくですけど、お勉強のことを決めましょうね。ユーリさまは文字を覚えたいと思ってらっしゃるのね」
「はい」
「なるべく毎日来られたらいいのだけど、私も何かと忙しいから、月・水・金の午後を授業の日に決めておいてもいいかしら?」
「はい。お忙しいのにすいません」
恐縮して頭を下げれば、「イオさまの頼みですからね」と微笑んだ。
「でも、ベリアルがよく許したわね。あなたが滞在すること」
「最初はスパイかと疑われてましたけど、その誤解も解けたみたいです」
「そう」
男爵夫人は探るような眼を悠里に向けた。
「あなた、ベリアルを手なずけたらしいわね」
「え、手なずけたなんて、そんなことは!ただ、誤解が解けただけで」
「ベリアルはそう簡単に人を信じる人ではないの。それをたちまち信じさせたなんて、どういう魔法を使ったのかしら?」
「……何も使っていません。魔法なんて使えませんし」
「そう……」
お茶を飲み干すと、男爵夫人は「まあ、よろしいわ」と独り言のように呟いた。
「あなたのような娘さんに何ができるということもないでしょうしね。イオさまは忙しい身ですから、お会いすることもないでしょうし」
「はあ」
男爵夫人はいったい何を言いたいのか。
悠里には真意がまったく見えなかった。
「今日は今から授業は無理ですから、これで失礼しますけど、月曜日までにこれにしっかり眼を通しておいて。一通り覚えておいて頂けると助かるわ」
差し出された紙には、文字がびっしり書かれていた。
「これは……」
「一度読み上げましょうか?」
男爵夫人は一文字一文字読み始め、悠里は慌てて読みをカタカナで書いていった。
これで一人でも勉強できそうだ。
「ありがとうございます!頑張って覚えます」
意気込んで行った悠里に微笑むと、男爵夫人は「それでは今日はこれで失礼するわね。また月曜日に」
そう言って帰って行った。
(なんだか目まぐるしかった)
ティクウィットからランカジャー男爵夫人まで。
個性的な女性ばかりに会ったためか疲労感が半端なく、悠里はぐったりと安楽椅子の背もたれに寄り掛かった。
男爵夫人が置いて行った紙を眺める。
「覚えられるんでしょうか?」
ウリエルに習っていた時も、ある程度読めるようになるまで結構な時間を要した。
その上それをすっかり綺麗さっぱり忘れてしまっているのだから、自分の言語認識能力にはまったく自信のない悠里だった。
「でも、頑張らないと……」
自分で決めたことなのだから。
思わず、溜め息を漏らしてしまった。
ウリエルやアシュラムに会いたかった。
この世界に初めて来た時とは違う。
王国にたくさん大切な人がいるのに、会えないこの状況。
疲れているからか、彼らのことがいっそう恋しく思われ、とても寂しかった。
「早く手紙書こう」
手紙でも何でもいい。彼らと繋がりが持てるのであれば……。
そして悠里はその夜遅くまで男爵夫人に貰った紙と睨めっこしていて、次の日はすっかり顔がむくみ、ミレーヌにひどく心配されたのだった。




