3.新生活の始まり(2)
「納得いきません」
棘のある声が悠里の胸に突き刺さる。
「もう決めたことだ」
その棘のある声に対応するのは、至極冷静で穏やかな声。
「しかし、この娘が王国のスパイだとはお考えにならないのですか?」
夕食の席。
供された食事は案外質素なものだった。
イオと二人、ちょうど食べ切れるくらいの量が出されている。
けれど、きっと美味しいはずの料理を、残念ながら悠里は味わえていない。
隻眼のベリアルが給仕をしながら公爵さまに進言申し上げているからだ。
肉を口に入れては、もそもそと咀嚼を繰り返す。
(お食事は楽しくですよ~。ベリアルさん)
話題の中心であるはずの悠里は、しかし蚊帳の外。
ベリアルは悠里を屋敷に留めることに対する不満を主にぶつけ続けている。
(イオさま、お怒りにならないんだろうか)
ベリアルに答えながら、イオは涼しい顔で食事をしている。
こういうことには慣れっこなのかも知れなかった。
(イオさまは帝国のお偉いさんだろうに、ちっとも威張ってないんだよなあ)
ぼんやりとそんなことを思っていると、ベリアルが不意に悠里を見た。
「ひっ」
口に運んでいた肉を落としてしまう。
ギラッとした目で睨むベリアルに、口の端だけ上げて愛想笑い。
ベリアルはそれに対し、ふんと鼻を鳴らした。
「このような娘、人質としての価値もありますまい」
何故か口調が尊大になっているような?
そう思ったが、それに突っ込む勇気は悠里にはない。
「ユーリを人質だとは思ってない」
話が物騒な方向にいっているような気がするが、悠里は聞いていないふりをする。
(人質って、なんでそんな話になるの?)
内心は冷や汗たらたらだったけれど。
「では、どういうおつもりで?」
ベリアルは本当に納得いかないのだ。
「行き場のない娘を路上に放り出すわけにもいかないだろう」
「放り出せば良いではないですか!」
テーブルを拳で叩きそうな勢いだ。
「私にはそんなことはできない」
イオはそう言い切った。
「ならば……ご報告致さねばなりません」
「……好きにしろ」
溜め息混じりのイオの答えに、ベリアルはカッと片目を見開いた。
「では、そう致します」
苦々しげにそう言い捨てると、足音なく食堂を出て行った。
悠里はフォークを咥えたまま、それを見送るしかできなかった。
「すまなかった」
「え?」
視線を戻せば、イオが困ったように眉宇をひそめている。
「い、いえ。わたしのせいですいません」
「いや。ユーリのせいではない」
そう言うと、イオは黙々と食事を始めた。
それに釣られるように、ユーリも再び肉を口に運び始める。
「あの……」
けれど、沈黙に耐えかねて悠里は声を出した。
「人質って、なんですか?」
「……私はお前をそんな風には考えていないから」
イオはこの話は打ち切りとばかりに悠里を見ることなく口を動かしていた。
悠里もそれ以上尋ねることはできなくて、それからはただひたすら味の分からない食事を口に運び続けていた。
イオとベリアルの関係も複雑のようだ。
そもそもベリアルはどういう人なんだろう。
眼帯とそこから伸びる傷跡。
きっと、ただの側近ではないのだろう。
部屋に戻り一人になった悠里は、また物思いに沈んでいた。
そこへ一人の女性がやってくる。
「初めまして。ユーリさま」
その人は優雅な仕草でお辞儀した。
「あ、は、初めまして!」
だらしなくソファに寝そべっていた体を慌てて起こす。
「どうぞ、そのままで。わたくしはユーリさまのお世話を仰せつかったミレーヌと申します。湯あみの支度をしようと思いますがよろしゅうございますか?」
湯あみとは、お風呂に入ることだろう。
「はい。どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げた悠里に、ミレーヌは一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐにくすっと笑うと「では、少々お待ちくださいね」と言い置いてバスルームへと入って行った。
(優しそうな人で良かった)
密接に関わる人は優しい人が一番だ。
当たり前のことだが、それがそのようであることは案外難しいことだったりする。
準備を終えたミレーヌが呼びに来て、入浴するように促した。
浴槽には薔薇の花びらがたくさん浮かべてあった。
礼を言うと、ミレーヌは「お疲れのようでしたから」と労わるような目を向け、バスルームから出て行った。
おかげで悠里は芯まで温まることができ、昼寝をしていたにも関わらず、朝までぐっすり眠ることができた。
不安はたくさんあるけれど。
悠里はひとまず落ち着き先を見付けることが出来たようである。
いつもお読みいただきありがとうございます!
更新が滞ってばかりですが、完結目指して書いて参ります。
やっと「帝国編」に辿り着きました。
主要人物も出揃ったかな?
あ、もう少しいたか……。
ウリエルたちと離れてしまった悠里の奮闘をしばらく見守ってやってください。




