7.温泉で癒されるどころか、波乱含みです!
「うわあ。絶景!」
旅館の部屋は海に面していて、目の前に日本海が広がっていた。
すぐ下が海水浴場になっていて、多くの人で賑わっている。
「わたしは海より温泉だなあ」
さっそくお茶を淹れている祖母に言いながら、悠里はロビーで借りた浴衣を体に当ててみた。
紫の地に、朝顔の柄の付いた、少しレトロな模様だった。
「海に来たのに温泉だけなんて、年寄りみたいねえ、悠里は」
「だってえ。わたし、あんまり海好きじゃないもん」
「でも、アシュラムさんやウリエルさんには経験させてあげたいんでしょ」
「まあ、そうだけど」
あの二人は同室だ。喧嘩をしないで仲良くやっているだろうか。
そんなことを気にしながら湯呑みに口を付けると、淹れたてのお茶で少し舌を火傷してしまった。
「あっつ」
「気を付けなさいよ。アシュラムさんたちに聞いて来なさいな。海に行きたくてうずうずしてるかもよ」
「……はあい」
ここに来ることが決まった時に水着は買っているから、それは心配しなくてもいい。
聞けば、必ず「行く」と言うだろう。
億劫に感じながら、隣の部屋の呼び鈴を鳴らした。
「はいは~い」
ガチャっと音を立てて開けられた扉の向こうには、なぜか詩織がいた。
「あ、悠里。やっと来た」
「……詩織。須江田くんは?」
「ああ、なんかバスで酔っちゃったとか言って、部屋で寝てるのよ」
「そ、そう……。詩織、もう着替えてるんだ?」
詩織が身に着けていたのは、豊満な体をしっかり露出する可愛いビキニだった。
「だって、海見たら我慢できなくなったんだもん。あれ?悠里、まだ着替えてないの?」
「うん……。ウリエルさんたちは?」
「今着替え中よ~。でもアシュラムさんは行かないって~」
「そっか……。わたしも行かないから、詩織、行ってきなよ」
「え、いいの?ウリエルさんと二人っきりになっちゃうじゃん」
「……」
「だめだって思うなら、悠里も行けば?」
まるで悠里を挑発するような目をしているように思うのは、気のせいだろうか。
いや。気のせいじゃないはずだ。
「わたしも、着替えてくる」
「ふうん、そう……。待ってないかも知れないよ?」
詩織は扉の縁に身をもたせ掛け、ふくよかな胸を持ち上げるように腕組みしている。
「うん、いいよ。あとで行くから」
「そ、じゃ、あとでね」
詩織は不機嫌そうに言って、バタンと扉を閉めた。
閉められた扉の前で、悠里はしばし直立。
その扉の向こうで、果たして三人はどんな状況にあるのか?
(アシュラムさんは寝てる?)
たぶんね。
(ウリエルさんは無難に詩織に対応?)
きっとね。
(なら、詩織は?)
わからない。
彼女が何を考えて、こんなことをしているのか。
まったくわからなかった。
(しんどい彼氏を放っておいて……)
どことなく歪んで見える詩織の表情。
そんな彼女とウリエルを二人きりにしておかない方がいいように思えた。
(とにかく着替えよう)
部屋へと戻る悠里。その後ろ姿を追うように、壁の陰から誰かの顔が覗いていた。
「きゃっ、つめた~い」
普段より一オクターブくらい高めかと思うような声を出して、詩織がウリエルに手を伸ばした。
その手をさりげなく避けながら、ウリエルは悠里の腰に付けた浮き輪に手をかけた。
「ユーリ、沖まで行こう」
「えっ、だめ。わたし、深いとこ苦手!」
「大丈夫。俺と浮き輪がついてるから」
「ええ!でも……」
反論する間も与えられず、悠里は浮き輪ごと沖へと引っ張って行かれる。
ここは遠浅の海岸だから、長身のウリエルはどこまで行っても大丈夫のようだ。
すいすいと悠里を引っ張って行く。
「ウリエルさ~ん」
「ユーリ、本当に海が苦手なんだね」
「だってえ、足着かないんだもん」
「だから、俺と浮き輪があれば大丈夫だって」
波打ち際を見れば、詩織がポツンと一人取り残されている。
「ほら、詩織も待ってますよ」
「ああ、ちょっと、もういいや」
「え?」
「あの子、スエタクンのこと、いいの?」
「……それは……」
さすが、聡いウリエル。そこに気付いていたか。
「さあ、どうなんでしょう」
「そもそも、どうして旅行先が一緒になっちゃったんだろうね」
「詩織が、おばあちゃんに聞いたみたいですけど……」
「ふうん」
ウリエルの胸のあたりまで水が来たところで、ウリエルは歩みを止め、悠里に顔を近付けた。悠里は浮き輪にぷかぷか浮いている状態。近付けられても避けようがない。
「ウリエルさん?」
いきなり美貌を近付けられ、悠里は視線をさまよわせている。
「俺の側にいるんだよ」
「……」
「何かあっても側にいてくれなきゃ、守れない。だから、絶対俺の目の届くとこにいて」
「……」
「ん?」
「ていうか、こちらの世界にいる間は、わたしがウリエルさんとアシュラムさんを守ります!」
ウリエルは思わずぷっと吹き出した。
「なんで笑うんですか?」
「いや……」
苦笑を浮かべて、悠里の浮き輪に顔をうずめるウリエル。
彼の顔が胸元に近い。
悠里はさりげなく体を水に沈め、詩織の半分程度の胸のふくらみがウリエルの目につかないように努力してみる。
「ユーリ」
「は、はい?」
浮き輪に顔をうずめたまま、ウリエルが言葉を紡いだ。
「俺、やっぱりユーリじゃないとダメなんだ」
「え?……んきゃっ」
突然叫び声をあげた悠里。
どうしたのかと顔を上げたウリエルの視線の先で、悠里は苦悶の表情を浮かべて浮き輪にしがみついている。
「ユーリ、どうした!?」
「あ、足がつりました~」
情けない声を出す愛しい少女に、ウリエルは溜め息交じりに手を差し出した。




