6.試練の途中ですが温泉です!
「じゃじゃ~ん。みんなさあん。もうすぐ着きますよお!」
いつにないテンションで、電車の中ではしゃぐ悠里。
昨夜のショック状態はどこへ行ったのか。
それをひたすら押し隠しての、このテンション高め状態だった。
朝すっきり目覚めた悠里は、「絶対温泉いく!」と強情に言い張り、最後はツグミが「仕方ないわねえ」と孫に弱い所を見せて決着となった。
そして結局、ツグミも同行することになったのである。
「もし、また倒れたらツグミもいた方が安心だ」
というウリエルの言葉が受け入れられる形となった。
「おばあちゃんと旅行なんて、何年ぶりだったっけ」
まだ家族の仲が良かった頃、一度だけ家族総出で東北の桜を見物に行った。それだけが、家族の唯一の楽しい思い出だった。
「そうね。お兄ちゃんがまだ学生だったから……」
「だったねえ」
殊更明るく振る舞う悠里のことを気がかりに思っても、誰も口に出せないでいる。
悠里自身それが空元気だと気付いていながら、空気を悪くしたくないと自分で自分を盛り上げているのだ。
「あれ、悠里?」
そんな頑張る悠里に、また冷水を浴びせる女が一人。
「やだあ、偶然ねえ。皆さん、もしかして温泉ですかあ?」
「あらあ、詩織ちゃん、久しぶりねえ」
「わあ、おばあちゃん、お元気そうでなによりです!わたしたちも温泉なんですう」
ぐいっと引っ張られた腕の先を見れば、須江田の不機嫌そうな顔。
(なんで……)
頑張って盛り上げていた気分が急速下降だ。
(ううん。だめだめ。ここで盛り下がって、どうすんの!)
自分を奮い立たせ、悠里は顔に笑顔を貼り付けた。
「詩織、須江田くん待ってるよ」
「うん、大丈夫よ~。ね、それよりさ、この前あんまり喋れなかったから、そちらのお二人紹介してよ~」
そう言って、詩織は悠里の体をぐいっと押しながら座席に座って来た。
「詩織?ちょっと……」
「短期留学って言ってたけど、まだいるんですねえ」
「ええ、そうなんですよ」
どこまでも朗らかに返すウリエル。
アシュラムはというと、さっさと狸寝入りを決め込んでいるようだ。
「ねえ、悠里。行き先って、海気温泉だよね?」
「う、うん。そうだけど」
「わあ、ほんと偶然!わたしたちもなんだあ。もしかしたら旅館も一緒だったりして」
きゃっきゃと一人はしゃぐ詩織に、悠里は曖昧な笑みを返し、彼氏である須江田はものすごく不機嫌。
その中でウリエルとツグミは大人の対応だった。
楽しくなるはずの電車の旅だったが、突然の闖入者によってどっと疲れを感じるものになってしまった。
偶然にしては出来過ぎている、というのは考え過ぎだろうか。
電車を降り旅館からの迎えのバスを待っている時、隣にツグミの気配を感じて顔を向けた。
「おばあちゃん」
「ちょっと前に詩織ちゃんから、うちに電話があったんだけど、その時ぽろっとこの日に温泉に行くって言っちゃったんだよ。悠里に取り次がなくていいっていうから、おばあちゃん、すっかり忘れちゃってたよ」
「そっか。偶然にしては時間とかピッタリ合ってるなあって思ったから、それで納得いったよ」
「あんまり嬉しそうじゃないねえ、悠里?」
声を潜めてそう言ったツグミに、悠里はくすっと笑った。
「大丈夫だよ、おばあちゃん」
孫の表情のひとつひとつ、言葉の端々から何かを感じ取ることに長けているツグミには、悠里の言う「大丈夫」など、ちっとも大丈夫には聞こえなかった。
けれど、ツグミはそれ以上何も問わず、悠里の背中をポンポンと撫でた。
「何かあったら、おばあちゃんに言うんだよ」
「……うん、ありがとう。おばあちゃん」
旅館の名前が大きく書かれたマイクロバスがやって来た。
少し小太りの運転手が降りてくる。
「どうも、お待たせしました。お荷物、お運びしますねえ」
「お世話になります」
一番に荷物を差し出したのは詩織だった。
そうか。やっぱり旅館も一緒なんだ。
ここまで同道する理由は何なのか。
(わたしのこと、まだ親友だと思ってる?)
それは、そうかも知れない。
わだかまりを感じているのは悠里だけなのだから。
詩織が変わらず悠里を親友と思っていても不思議ではない。
(でも、じゃあ、おばあちゃんから情報聞き出さなくてもいいんじゃない?)
不信感は積もれば積もるほど大きくなっていく。
そして、親友として親しんでいた少女のことを、そんなふうに思ってしまう自分自身のことも嫌になってくる。
(はあ……どうしても、変われないんだなあ)
一つ大きなため息をついたところで、こつんと肩に何かが当たった。
はっとしてみると、さらさらの白銀の髪が頬に当たった。
(ひえっ)
考え事をしている間に、どうやら無意識のうちにアシュラムの隣に座っていたようだ。
長い睫毛に縁どられた瞼は閉じられている。
電車では狸寝入りだったが、今はどうやら本当に熟睡している様子。
左肩に乗るアシュラムの重さにどぎまぎしながら、悠里は詩織と談笑するウリエルの声を聞いていた。




