4.お買いもの中に告げられたこと
「方法はあるよ」
アシュラムの言葉に悠里の頭の中は真っ白になった。
「けど、今は教えられない」
そして続けられた言葉に、今度は血が逆流した。顔が一気に熱くなる。
「ど、ど、ど、ど、ど、どうして?」
「今は、その時期ではないから」
「……」
目を血走らせる悠里に、アシュラムは微笑んだ。そして、その微笑みを消した。
ライトのきらびやかな光を受けてキラキラと光る髪とは対照的に、顔には憂いの
影を落として。
「実はね、こちらに来る前に使った禁呪。あれ、時間制限つきの魔法だったんだ」
「時間制限?」
「そう。本当に使いたかった禁呪は、もっとやばいものだったからさ。使うの、ちょっと躊躇してしまって。時間制限てどういうことかなあとか思いながら使ったんだけど。こういうことだったんだね」
「だったんだねって、お前……」
「僕は、ユーリと一緒ならどこでもよかったんだけど、きっと悠里の元の世界に戻りたいって言う気持ちが強かったんだ。だから、ここに来たんだと思うよ」
「……じゃあ、これは、元の世界に戻る魔法ではないんだね」
「そう。術者とそれに同伴するものの思いを元にする魔法なんだね。そして、この魔法は一回使ったら、もう二度と使えない。一回きりだ」
「時間制限ていうのは?」
「ある場所に転移したあと、一定時間が経たないと元の世界には帰れないんだよ。その時がいつになるかは、僕にもわからないんだよ」
ごめんねと言うように、アシュラムは片目を瞑って見せた。
「そう、なんだ……」
どうやら、今すぐに戻りたいと思っても、どうにもならないらしい。
「それは、術者の身体に負担をかけるからか?」
すぐに戻れないと分かってがっくりする悠里の頭越しに、ウリエルの冷静な声が問いかけた。
はっとして顔を上げた悠里に視線はやらずに、アシュラムは頷いた。
「恐らくね。こちらに来た時も、結構なダメージだったから。身体が完全に回復しなくちゃ魔法が発動しないようになってるのかも知れない。だから、禁呪とされているんだろうな」
「そうか……」
もしかしたら、伴う人数が増えれば増えるほど、彼の身体に負担がかかるんじゃないだろうか。
そう思い、悠里はぶるりと身を震わせた。
「ユーリ?」
「ごめんなさい。アシュラムさんのこと考えないで、戻りたいとか戻りたくないとか。わたし、そんなのばっかりだね」
その言葉に、アシュラムはキョトンと小首を傾げた。
「全部僕のせいだよ」
「それ、分かってるんだな」
「ウリエルさん!」
「確かにこの状況は、お前の一時の逆上が引き起こしたものだ。だが、元々の元凶は、俺たちの国の仕組みにある。お前もその被害者だよ、アシュラム」
「……君に同情されたくないな」
そう言ってそむけられたアシュラムの顔は、つんけんした言葉とは裏腹に少し赤くなっていた。
「ともかく、今すぐに戻れないということなら、やはりここでの生活用品を揃えておく必要はあるね。ユーリ。何がいるかな?」
「え?あ、そ、そうだね。そのために、ここに来たんだもんね。やっぱり下着とか?洋服とか?シャンプー、リンス、洗顔料……いろいろ見てみよう」
「ああ、つまり、ユーリ色に染められるんだね、僕は」
「な、何言ってんですか、アシュラムさん」
「君好みの服やせっけんの香りに包まれるってことでしょ。素敵だね」
ふふっとご満悦なアシュラムに、どう返したらいいか分からないユーリ。
そしてウリエルはただただ頭を抱えていた。
一度禁呪のことは頭の隅に置いておいて、それからは悠里はひたすら買い物を楽しんだ。
ひさしぶりのショッピングだ。
楽しまないでどうする?
「アシュラムさんはあっちでは白ばっかりだから、少し色味のあるものを着てみますか?ウリエルさんは逆に黒ばっかだから、白っぽくいってみません?」などと言いながら、目についた洋服を片っ端から長身の二人にあてがって行く。
その様子をガン見している販売員。どうやら、いつ話しかけようかとウズウズしている様子だ。
そして、ちょうど悠里が二人から離れた隙を狙って、すり寄って来た。
「いらっしゃいませ~。どんなものをお探しですか~?」
小奇麗な格好をした美人さんである。
「お二人とも素敵ですねえ。こちらなんて、よくお似合いだと思いますよ~」
さっと取り出したシャツを、アシュラムに差し出した。
その途端、店員の手をパンと払ったアシュラム。
「え?」
呆気に取られる店員に、アシュラムは冷淡なまなざしを向けた。
「僕に触れていいのはユーリだけだ」
「え?」
「ああ、ごめんなさい。カレ、まだこの国に慣れていないから」
取り繕うように割って入ったウリエルに、店員は引きつった顔を向けた。
「え、ええ、ですよね~。すいませ~ん、驚かせたみたいで。あ、お客様には、こちらがよくお似合いになると思いますよ~」
めげずに、今度はウリエルに服を勧めた店員に、ウリエルは外交的な笑みを返した。
「失礼。私に服を選んでくれている彼女に申し訳ないから。また今度教えていただけますか」
その笑顔に店員は放心状態で頷くことしかできない。
なんとも罪作りな異世界人ばかりだ。
「お待たせ。これなんかどう?きっと二人に似合うと思うんだあ……ってあれ、どうかした?」
「いや。何も。ユーリの勧めてくれる服ならなんでもいいよ」
「そ、そう?」
なんだか憮然とした表情のアシュラムと、愛想笑いを貼り付けているウリエル。それから放心状態の店員。
自分がちょっと離れた間に、この三者の間で何があったのか。
「まあ、いっか」
全部を把握していなくてもいい。
この微妙な空気もまた、彼らが交流した証だろうから。
「じゃあ、お金払ってくるね」
そうだ。
せっかくこちらの世界に帰って来たんだ。
アシュラムさんとウリエルさんに、この世界のことをもっと知ってもらおう。
わたしがあちらの世界を好きになったように、彼らにも、自分が生まれ育った世界のあれこれを見てもらいたい。
いつまた転移魔法が発動するか分からないのだから、なおのこと。この世界の”最後“を目に焼き付けておこう。
ショッピングモールをあとにすると、ホームセンターで野菜の種を大量に買い込んで、ついでに小さなリュックも買って、それをいつも持ち歩くことにした。
いつ禁呪が発動してもいいように。
あちらの世界でもっと野菜作りができるように。
そんな悠里の行為に、アシュラムとウリエルは何も言わなかった。
ただ複雑そうな表情をしただけだ。
それだけで彼らが何を言いたいかよく分かる。
「いいの」と悠里は呟いた。
もう心は決まっている。
あちらの世界に行くって。
だから……。




