3.なんでこんな所で会うかな…
大きなハンバーガーをものの五分ほどで平らげた悠里は、今度はフライドポテトを摘まみながら、前に座る二人の様子を観察していた。
どちらも優雅な食べっぷりである。
どうやったら、このハンバーガーをここまでお上品に食べることができるのか。
この人たちの前で大口開けていた自分が少し恥ずかしくなって、せめてポテトだけはと小さなおちょぼ口でかじった。
「あれ、もしかして悠里?」
その時背中越しに掛けられた聞き慣れた声に、ポテトがうっと喉に詰まった。
「やだ、ほんとに悠里じゃない」
そうだ。こんな狭い街なんだ。
偶然会うことだってあるだろう。
でも会いたくなかった。
「この前は家まで押しかけて悪かったな」
その声に覚悟を決めて振り向くと、そこにいたのはかつて片思いをしていた須江田と親友の詩織だった。
「あ……こんにちは」
「なんだ悠里、他人行儀ねえ」
けらけらと笑う詩織に、悠里は微妙な表情で答えた。
異世界で過ごした数か月は、悠里の中で彼らを過去のものにするのに十分だった。
けれど彼らにとってはそうではない。
須江田と詩織にとっては、悠里はまだ“今”の出来事だった。
「聞いたよ。ほんとに須江田クンたら余計な気を遣って。ごめんね、悠里」
「う、ううん。わざわざ来てもらって……」
「まあ、こうして会えたんだから良かったよ」
「うん……」
悠里が頷くと、詩織はちらりと悠里の向こうに座る二人に視線をやった。
「今日すごいイケメンのモデルさんが来てるって店中で大騒ぎになってたけど、一緒にいたの悠里だったんだね」
そう言うと、詩織は探るような目つきをした。
「あ……モデルさんじゃないよ。留学……生なの」
苦し紛れの嘘をついた。
「へえ、そうなんだ。どうやって知り合ったの?」
「え、それは」
これ以上なんて言ったらいいのか、悠里が言いよどむと、ウリエルがすっと立ち上がり悠里の傍らに立った。
長身の彼に見下ろされ、ドギマギと顔を赤らめた詩織ににこっと笑いかけた。
「ユーリのお友達ですか。初めまして。短期留学しているウリエルと言います」
「は……はい。どうも……」
詩織は差し出された手におずおずと手を重ねた。
さすがは外交官。初対面の人間にも臆することなく話しかけている。
アシュラムは様子を窺っているのか立ち上がろうとしない。
「へえ、じゃあ、お二人はユーリのご学友なんですね」
「はい。そうなんです。高校のときはいつも一緒にいましたよ」
何故か会話が弾む二人。
ふと目に入った須江田の顔を見れば、むすっとして不機嫌そうだった。
自分の彼女が他の男、それもこんな美形と楽しそうに話していたら誰でも面白くないだろう。
「ウ、ウリエルさん。そろそろ行きませんか」
いたたまれなくなってウリエルを促した。
「え、そう?……そうだね。それでは、また」
「詩織、またメールするから。今日は会えて良かった」
「もう少しいいじゃない」
「ほら、二人の邪魔するのも悪いし。またね」
「ちょ、ちょっと悠里」
「いいじゃん、詩織。行くって言ってんだから」
悠里たちを引き留めようとしている詩織にかけられた須江田の声がとても不機嫌そうで、やけに耳に付いた。
「ごめんね、須江田くん。またね」
「ああ、またな」
彼は会いたいとも思っていないだろう。
追われるようにして店を出た悠里は、一階のフロアが見下ろせるテラスまで来て、やっと一息ついた。
深く息をついた悠里を、ウリエルが心配そうに見た。
「何か、まずかったか?」
悠里は手すりにもたれ掛かって下を見下ろしながら、ふるふると首を振った。
「そうか……」
渋い表情で、くしゃりと黒髪を掴んだウリエル。
きっと何か事情があるだろうに。
それを言ってくれないことに対し、もどかしさを感じる。
すると悠里の傍らにアシュラムが立った。
「少し休もう」
「うん……」
昼を過ぎて客も増えてきたのか、一階の多目的広場にもひっきりなしに人が通っていた。
皆買い物袋を提げて、楽しげに歩いて行く。
それを見ていても自分はここに本当にはいないような、心はまだあちらの世界にあって、体だけ、視覚だけここにあるような気がして覚束なかった。
異世界から戻って来たのに、ここでは時間も何もかもがずれていた。
家にいると分からなかったことだ。
きっと詩織は何も変わっていない。
そして、自分も変わってはいなかった。
感じたずれは二人の間の溝をさらに深く掘り下げ、もう後戻りできなくしてしまっている。
そう感じているのは悠里だけだろうか。
きっと、そんなことはないだろう。
きっと、このずれは二人の間にずっとあったはずだ。
だから悠里は、須江田への思いを詩織に話すことが出来なかったのではないか。
彼女を本当に信じきることが出来ていなかったから。
それを悲しんでも仕方ない。
異世界で悠里は、本当に心を通わせるとは何かを知ってしまったから。
理屈ではない。
ただ信じればいいのだと。
その人を信じればいいのだと。
それを知ってしまったから。
だから、もう、詩織と交わることはないだろう。
彼女と再会したことで、それに気付いてしまった悠里は、少し寂しくなっただけだ。
じっと視線を一階に向けたまま微動だにしなくなった悠里を見守る二人。
そんな二人に、悠里がぽつりと言った。
「あっちの世界に戻りたいな……。戻れないのかな……」
二人が息を飲んだような気配を感じた。
逃げるんじゃない。
自分の本当の居場所は、あちらの世界にあるのだと分かったんだ。
悠里はそう自分に言い聞かせて、アシュラムを見た。
すると彼はとても穏やかな表情で悠里を見ていた。
そして、くすりと笑った。
「方法は、あるよ……」
静かに告げられた言葉に、悠里は小さく声を漏らした。




