25.工場見学に行きました
(無理はするまい……)
ウリエルが笑い続けた結果、悠里はそう自分を戒めた。
機織り工場に着いてすぐ、悠里は彼を「ウリエルさん」と呼び、ウリエルはがっくり肩を落とすことになる。
「慣れの問題だと思うけど?」
「いいえ。やっぱり、わたしには無理なんです!」
「俺は気にしないよ。少々尻上がりでも」
「わたしが気にするんです!ウリエルさんだって、笑ってたじゃないですか」
「あれは……頑張ったんだなあと思ってさ。可愛く思ったから、笑ってたんだろ?」
ウリエルがさり気なく自分の事を「可愛い」と言う度に、悠里の心臓が跳ね上がった。
言われ慣れていない「可愛い」は、本当に心臓に悪い。
それに、自分に変な自惚れを与えてしまいそうだった。
(社交辞令、社交辞令)
自分に言い聞かせながら機織り工場の入口に向かうと、木造の体育館のような建物の中から、カッタンカッタンというリズミカルな音が聞こえてきた。
入口に立つとすぐに、初老の女性がやって来た。
袖をたくし上げ、ドレス丈も短い、動き易い服装をしていた。
「ウリエルさま。お待ちしておりました」
「ああ、ネルさん。急なことなのに、見学させてくれてありがとう」
「嫌ですよ。改まって。ウリエルさまの頼みなら、断れるわけありませんでしょ。おや。そちらのお嬢さんが?」
「うん。ユーリだ。ユーリ。こちらは、ここの責任者のネルさん」
「は、はじめまして。悠里です」
悠里は慌ててお辞儀した。
「ほほ。可愛らしいお嬢さんですこと。まあ、コウメさまのお若い頃にそっくりでいらっしゃる」
「そ、そうですか?」
「ええ。黒髪に、黒い瞳で。小柄な所もねえ」
「それは、日本人だからですね」
何となく内心残念に思ったが、仕方ない。
外国人から見たら日本人はみんな同じに見えるのは、どうやら異世界でも有効のようだ。
「ネルさんは、おばあさまの弟子だったんだ」
「ええ。私がコウメさまに直接ご指導頂いた、最後の一人ですよ。もうねえ。本当に随分昔の事になってしまいましたよ。さあさあ。時間がもったいないでしょう。さっそく、ご案内致しましょうね」
「は、はい」
整然と並ぶ数十台の織機に、老若男女、入り乱れて座っていた。
「男性もされるんですね……」
思わず呟いた言葉に、ネルが反応した。
「それは、コウメさまのご意志だったんですよ」
「コウメさまの?」
「ええ。男女の区別なく、年齢の差なく、どんな種類の人間も手に職を持つべきだと仰られてね。確かに、それまでの、この国の人間たちは、一から何かを作り上げるという事を知らなかったんです。国から与えられ、用意された仕事をこなすだけでねえ。それが、どうでしょう。機織りを始めた途端、人の個性が花開いて、今ではディントの織物は名産品ですよ。他国に誇るものと言えば、魔法しかなかったディントの国が、織物でも有名になったんです。コウメさまがこの世界に来て下さって、本当に有り難かった。あの方なくしては、今のディントはなかったんですよ」
しみじみと話すネルは、愛おしげに工場の中を見渡していた。
「私が初めてコウメさまにお会いしたのは、13歳の時でした。ちょうど、コウメさまがこちらに来られた時と同じくらいの年だったからか、随分気に掛けて頂いて……。その頃、コウメさまはすでに大公さまと婚約されていましたからね。お前が最後の弟子だと仰って。ご指導の時は、それは厳しくていらっしゃいましたけど。そのおかげで、今ここの責任者でいられるんですからね。あの時、心の中で散々コウメさまに文句を言っていたのも、今では笑い話ですよ」
「……素敵な方ですね。コウメさまは」
「ええ。とても素敵な方ですよ。……あなたは、まだ迷ってらっしゃるのね?」
「え?」
「本当に、ここに居るべきなのか。迷ってらっしゃるのでしょう?」
「……」
ネルの言葉に、悠里は息を飲んだ。
「コウメさまは毅然と、ご自分の運命を受け入れていらっしゃいましたけど。あなたはまだ受け入れておられない」
「だって、わたしは……!」
「それを責めているのではないのですよ。コウメさまとあなたとでは、人生も性格も違うのですから。ただ、ほんの少し見方を変えるだけで、人はとても生き易くなるものですよ」
「……」
「お仕事の合間に、ちょこちょこ遊びにいらっしゃいな。ご自分の事に迷われたら、ここに来て、コウメさまの思いを感じると良いでしょう。何故、あの方が、ここまで異世界の事に情熱を傾けられたか。何故、すんなりと、この世界で生きて行くことを受け入れたのか。考えてみられると良いわ」
「……」
ネルの言葉がじんわり心に沁みいって、悠里はこくりと頷いた。
それを見てネルは微笑むと、「あちらからご案内しましょうね」と言って歩き出した。
それに付いて歩きながら、悠里は工場を眺めた。
広い広い工場。
ここに至るまでに、コウメさまは一度も故郷を思って泣かなかったのだろうか。
大公さまがいたから?
愛する人がいたら、人は故郷を思わなくなるものなのか。
もし、自分にもそんな人が出来たら……。
この世界が、居るべき場所になるのだろうか。
悠里には分からなかった。
いくら考えても、分かりそうになかった。
「ユーリ」
後ろを歩くウリエルの声に、背中がピクリと反応する。
「ネルさんの言ったこと、あまり気にするなよ。ユーリはユーリらしく、いればいいんだから。いてくれれば、いいんだ」
低く、柔らかなウリエルの声。
その声が、ともすれば沈み込みそうになる悠里の気持ちを温かく包み込んでくれる。
泣き出しそうになるのをぐっとこらえて、悠里は振り返ることなく頷いた。
温かくて、優しいウリエルに、いつも救われているのだと感じながら。
「これが、来月、帝国への使節団に持って行って貰う織物だよ」
「使節団?」
工場の一画にある小部屋に来ると、ネルが完成した絨毯くらいの大きさの織物を広げて見せてくれた。
「各国の首脳級が帝国に集まって会談を開くんだ。うちの国からは当然国王が行くから、それに見合ったお土産も持参しなければならないから」
ウリエルが説明してくれ、悠里もなるほどと頷いた。
「ウリエルさんも、行っちゃうんですか?」
「いや。俺は行かないよ。今回は親父やその取り巻きだけ」
「そう……」
心底ほっとしたのがばれたのか、ウリエルがふっと笑った。
「あれ?俺がいたら嬉しいの?」
「え。だって。野菜作らないといけないし」
「ええ!?それだけ?」
「何を期待してるんですか!何を!」
「あら、あら。そうやってると、昔のコウメさまと大公さまを見ているみたいですよ」
コロコロと笑うネルの言葉に、悠里の顔が強張った。
「わたしは、コウメさまとは違います!」
言い放って、部屋を出て行ってしまった悠里。
あとには、大きな溜め息をつくウリエルと、思案気に小首を傾げるネルが残された。
悠里は一人でずんずん歩いて行きながら、ぶつぶつ呟いている。
「わたしは、コウメさまとは違うよ。例え、野菜作りが成功しても、ここに留まるなんて考えられない。だって、わたしの家族は、日本にいるんだから……」
そう言いながらも、心が半分に千切れてしまいそうだった。
元の世界に戻りたい気持ちと、ここに居たい気持ち。
それらがせめぎ合い、悠里を苦しめている……。




