24.お茶会に出席です
翌日、コウメさま主催のお茶会には、国内の主たる貴族のご婦人方がこぞって参加した。
応接室には母親くらいの年の女性ばかりが集い、悠里は部屋の隅で小さくなっていた。
コウメさまとウリエルはご婦人方への挨拶で、悠里を構っている余裕はないようだ。
だから悠里はひたすら、(わたしは貝。わたしは貝)と頭の中で唱え続けていた。
けれど、この年回りの女性達が、たった一人の妙齢の女性を見逃す筈はなく、時を置かずして、悠里はおばさまがたの話題の中心になってしまった。
助けを求めて視線を彷徨わせても、まだウリエルたちは挨拶回りの真っ最中。
深い溜め息をついて、悠里はおばさまがたに貼り付けた笑みを向けた。
「コウメさまが、召喚された少女をお引き取りになったというのは、本当だったのねえ」
「でも、それが一番良いでしょうね。コウメさまも、かつて召喚されて、この国にいらしたのですもの」
「それで、先の大公殿下に見初められて……。いつ聞いても、ロマンティックな物語ですこと」
おばさまがたの好機の目に晒され、悠里は一言も返せない。
ただ、早く時間が過ぎてくれるのを祈るばかりだった。
「ねえ。あなた」
不意に、遊里に声がかけられた。
そうなっては返事をしない訳にもいかない。
「は、はい」
「あなたはウリエルさまと婚約なすったの?」
「は?」
「王宮では専らの噂なのよ」
「と、と、とんでもありません!どうして、わたしなんかがウリエルさんと……」
「あら、違うの?でも、一緒に婚前旅行にも行かれたのでしょ?」
おばさまがたの目がランランと輝いている。
悠里は一層顔を引きつらせて、ブンブンかぶりを振った。
「あ、あれは。あの旅行は、鍬を買い付けに行っただけです!」
「クワ〜??」
「はい。これからいっぱい野菜を作るから、そのために土を耕す道具を仕入れたんです。ウリエルさんはわたしに協力してくれてるだけで、全然そんな関係ではありませんから!」
「まあ……」
「そうなの?」
おばさまがたは、とても残念そうだった。
おそらく、噂話のいいネタが出来たとでも思っていたのだろう。
そこへ、一人のおばさまが興味をそそられたのか、身を乗り出してきた。
「野菜をいっぱい作って、どうするつもりなの?」
「え?あ、ああ。それは、ディントの地方の人たちにも野菜を食べてもらう為なんです」
「地方の?」
「はい!皆さんは、日常的に野菜を手に入れられると思うんですけど、地方の人たちの所までは流通して行かないんです。だから、野菜の作り方を覚えて貰って、自給自足してもらえば、地方の人も王都の人と同じように食料に困らなくなると思うんです」
悠里の言葉に、おばさまがたは顔を見合わせた。
「そんな話、初めて聞くわ」
「もっと詳しく聞かせて頂戴」
「えっと……。わたしは召喚されても、特に何の知識も能力もある訳ではないので、お役に立てないなあって思ったんですが、でも、野菜を作ることは出来るので、それをディントの皆さんに広めよっかなあって思ったんですよね。それで、土を耕すのに便利な、鍬の注文をするためにリュール王国に行って。それで、これからいよいよ畑作ろっかなあって思ってるんです」
「まあ。それが、あなたがこの国に召喚された意味なのね?」
「意味っていうか……。それくらいしか出来ないので」
「いいえ。素晴らしいわ。かつて、コウメさまもこの国の為に、機織りの技術を教えて下すったの。今度はあなたが、野菜作りを教えて下さるのね」
「協力するわ」
「協力と言っても……」
「わたくしは体を弱くしてしまったから、労働力にはならないけれど、資金なら、いくらでも寄付出来ますわよ」
「え、でも……」
「遠慮は無用です。この国の為に力を尽くそうとしてくれている、あなたの為ですもの。私も寄付しますわ」
「わたくしも」
「わたくしも」
寄付に手を上げるおばさまがたに混じり、使用人の何人かを手伝いに出そうという人もいて、悠里は嬉しい悲鳴を上げた。
まさか、貴族のおばさまがたに、こんないい反応を貰えるとは思ってもみなかった。
「み、みなさん。ありがとうございます!!あの、本格的な作業は一ヶ月後。リュールから鍬が届いてからになるので、それまではお手伝いも大丈夫だと思いますし、何かあれば、お願いします!」
深々と頭を下げる遊里を、おばさまがたは優しい目で見ていた。
「何やら、お話が盛り上がっているようね。ユーリ」
「コウメさま!」
ようやく、コウメさまがこのグループに挨拶に来てくれた。
そう思って、ほっとした顔でコウメさまを見る悠里の頭が、不意にくしゃりと撫でられた。
(え?)と思って振り向くと、黒い正装。
視線を上に上げて行くと、穏やかに微笑むウリエルの秀麗な顔に行き当たった。
「うまくやったな」
「え?」
首を傾げる悠里の耳に、ウリエルは口を近付けると囁いた。
「このご婦人方は、寄付をすることは、貴族の義務だと思っている方々ばかりだ。遠慮なく受け取っておけよ」
「……ウリエルさん。もしかして……」
その為に、このお茶会に悠里を出席させたのか?
「おばあさまも、機織りを始める前には莫大な寄付を受けたらしい。その例に倣っただけだよ」
ウリエルの息が耳に掛かり、悠里はくすぐったく感じて、小さく肩を弾ませた。
ゆっくりと、悠里の耳元からウリエルの顔が離れて行くのに、逆に悠里の顔は熱くなっていく。
まるで全神経が、後ろに立つウリエルに集中しているようだった。
その後も彼の気配を探り続けた。
おばさまがたのことはコウメさまに任せ、自分の事で精一杯の悠里だった。
お茶会がようやくお開きになったのは、日が傾きかけた頃だった。
悠里は正装のドレスを脱ぎ捨て、動き易いワンピースになって、玄関で待つウリエルの元に向かった。
彼も、いつもの普段着に着替えていて、外に出ると一頭の馬が待っていた。
「今日は馬車じゃなく、馬で行こう。せっかくの良い天気だから」
芦毛の馬は、ウリエルの愛馬で、名をジャックというらしい。
「ユーリは俺の前に」
ジャックに跨ったウリエルに手を差し出され、悠里はドキドキしながら、おずおずと手を伸ばした。
ぐいっと馬の背に引っ張り上げられる。
「きゃっ」
落ちそうな気がして、咄嗟にウリエルの腰に手を回した。
けれど、逞しい筋肉を感じてしまい、反射的に手を離してしまった。
ぐらりと傾ぐ遊里の体。
(落ちる!)と思った瞬間、ぐいっと腰を抱かれた。
「落ちるなよ」
悠里の体を囲むように手綱を持って、ウリエルは馬を出発させた。
腰に回された腕は、まだそのままだ。
着痩せするのか、思ったよりも逞しいウリエルの体に、悠里はくらくらだった。
なるべくくっつかないようにと思っても、しっかり抱かれているから、身じろぎすら出来ない。
悠里は諦めて、いつもより一段高い景色を楽しむことにした。
ジャックは優秀な馬なのか。
あまり揺れを感じない。
ゆっくりゆっくり、街道を進んで行った。
「あの、ウリエルさん」
「ん?」
「どこに行くのか、聞いてもいいですか?」
「ああ。おばあさまの機織り工場だよ。一度見ておくといいかなあと思って」
「あ……わたしも、見たかったの」
「だろ?」
「あ、ありがとう……」
「うん」
「う」
「う?」
「う、う、う……ウーリエルー」
絞り出すようにした声は裏返り、しかも微妙な感じ。
ウリエルはぷっと吹き出すと、機織り工場に着くまでの間、ずっと肩を震わせ笑っていた。




