22.何だかうまく行きそうな気がしてきました!
「本気」。
そもそも、ヤンやマリュエルが求める本気とは、どんなものだ?
悠里は一人残された土間で頭を抱えていた。
マリュエルは仕事があると、鍛冶場に行ってしまった。
(待って。もう一度整理し直そう。わたしは何の為にここにいる?)
鍬を作ってもらうためだ。
(じゃあ、作ってもらって、何をするの?)
それは、もちろん家庭菜園だ。
(その家庭菜園は、誰の為?わたしの為?)
それも、ある。
けれど、それだけではなかった筈だ。
ディントの国王の頼みだから。
その頼みとは、ディントの国力を上げること。
ディントの国民に自給自足を知ってもらおうと、家庭菜園を始めることにしたのだ。
神殿の周りに広がっていた荒れ地。
何もない、不毛の大地。
それを見て、そこに緑を溢れさせたい。
人々が同じようにいろんな野菜を食べられるようにしたい。
そう思ったのではなかったか。
(忘れるところだった……)
家庭菜園への熱い思いを。
ディントを野菜でいっぱいにしたいと思った、あの時の気分の高揚を。
目に付いた色の悪い紙と羽ペンを持って、悠里は何かを書き殴り始めた。
文章はなく、絵だけ。
まるで鳥獣の戯画のようにも見える絵を書き上げると、悠里はそれを眺めながら、マリュエルが戻って来るのを待った。
鍛治場は神聖な場所。
そう聞いたことがあるから、そこに行くことは憚られ、土間の椅子に座って待つことにしたのだ。
そうやっているうちに、どのくらいの時間が経ったのだろう。
外はもう、日が赤く染まる時分になっていた。
「なんだ、居たのか」
少し疲れを帯びた声が掛けられた
顔を上げると、顔の汗を拭きながら、マリュエルが土間の端に立っていた。
艶やかな黒髪も、汗に湿り、いっそう艶かしく彼女の美しい顔を縁取っていた。
「はい。待ってました」
「……ふん。それで?貴様の本気を見せてくれるのか?」
「はい。これです」
悠里は今まで眺めていた絵図を、マリュエルに差し出した。
「あの。お茶か何か淹れましょうか?」
「かまうな」
マリュエルは絵図を見たまま短く答える。
「これは……たくさんの人が畑仕事をしている絵か?」
「はい。わたしだけではなく、ディントの人たちが皆、鍬で畑を作り、野菜を育てる。収穫した野菜を、皆が同じ物を同じだけ食べられる。わたし、ディントをそんな国にしたいと思うんです」
「理想論、か……。私は貴様の夢を語れと言ったんじゃない。本気を見せろと言ったんだぞ」
大きな目に睨まれ、悠里は一瞬怯みそうになってしまった。
けれど、ここで負けたらおしまいだ。
悠里は弱気な自分を振り払うように、プルプルと頭を振ると、マリュエルを睨み返した。
「それが、わたしの本気です。ずっと、ずっと、いろんな事を中途半端なままに終わらせてきた、わたしの本気なんです。志望動機もあやふやな高校に進学したり、好きな人に告白もしないまま振られちゃったり、親友に自分の気持ちをぶつけられなかったり……。
そんな中途半端な自分でも、何か一つでもやり通せることがあるなら、それは野菜を育てること。鍬はその足がかりなんですよ。鍬で土を耕して、畝を作って、種を蒔いて、水をやって。それから芽が出て、ぐんぐん大きくなっていくんです。収穫が出来るようになるくらいまでは、雑草を抜いたり、間引いたり、放ったらかしにはしておけない。いろんなお世話をしなくちゃいけないんです。
そうやってお世話をして収穫した時には、それはもう嬉しいんです。美味しい野菜を家族が喜んで食べてくれたら、また来年も育てよう。暑かったり寒かったり大変だけど、また美味しいって言ってもらえるように頑張ろうって思う。
そんな喜びを、ディントの人にも知ってほしい。自分で一から野菜を育ててほしい。何もない荒れ地を緑でいっぱいにしてほしいんですよ。
そのために、鍬をたくさん注文させてくれませんか?マリュエルさん。
もちろん長期的な取引をお願いしたいです。それから、鍬だけではなくて、いろいろな農機具も作ってもらいたいんです。今は柄杓で水を撒いてる感じだけど、ジョーロがあれば、水遣りももっとやりやすくなると思う」
「まるで、もう契約が決まったみたいな言い方だな」
「え?あ……すみません……」
「長々と喋った割に要領を得なかったが……。まあ、いい。要するに、貴様はディントの国民に畑仕事ををやらせたいと。そういう事なんだな」
「そ、その通りです!もちろん、わたしのストレス解消の為でもあるんですけど」
「……ふん」
マリュエルは鼻を鳴らすと、もう一度絵図に目を移した。
「ディントは魔法の国だ。今さら畑仕事もないのではと思うがな」
「魔法だけではだめなんです!それは国王さまも仰っていたことですから。魔法だけでなく、本当の国の力を持ちたいと、国王さま思ってらっしゃるんですよ」
「ちょっと待て。貴様、国王の命でここに来たのか?」
「いえ、それは、少し違います。国王さまはわたしの出来ることで、出来る範囲で、ディントの為になることをして欲しいと仰っただけです。野菜を作ろうと思ったのは、王都と地方の格差を見てしまったせいもあるんです。王都はあんなに華やいでるのに、地方には不毛の大地が広がっているだけ。かと言って、わたしに何が出来るかと言ったら、野菜作りしかないので。だから……」
「貴様……召喚されたのか……」
マリュエルは掠れた声で、そう核心をついた。
「マリュエルさん、召喚って、知ってるんですか?」
「……ディントの魔法に、異世界から人を呼ぶものがあるというのは、まあ有名な話だ。……それだけではない。私の祖先にも、被召喚者がいるのだ」
「え?えええ!?」
「うるさい。そんなに驚くことか?」
「い、いえ。でも、じゃあ、どうしてマリュエルさんはディントではなく、リュールに?」
「さあ。細かい経緯までは知らぬ。だが、祖先は刀鍛冶だったと伝わっている。ディントには鉄がないからな。鉄を求めて、このリュールまでやって来たのだろう。恐らく」
「刀鍛冶……。長船とか?萌える……」
「何が燃えるって?」
「い、いえ、別に」
さすがに、萌えの文化はまだまだ伝わっていないようだ。
マリュエルはふうと大きく息をついた。
「最初からその辺の事情を話してくれれば、こんな回りくどい事をしなくても良かったんだ」
「……でも、自分のやりたい事、もう一度見直せたから良かったです」
「うん……。私はもう、あちらの世界の血は薄くなってしまっているけれど。協力しよう。ユーリ」
「え。名前……」
「今日一日中、あそこに張り付いている男から聞いたのだ。まったく、鬱陶しい事、この上ない」
マリュエルの視線を追って見れば、屋根裏に続く穴から、ウリエルの顔だけが覗いていた。
「ひっ」
顔を引きつらせた遊里に、「あ、ひでえ」と口を尖らせるウリエル。
それからウリエルは穴の淵に手を掛けると、宙返りをするように下に下りて来た。
「ウリエルさん……。いつから、あそこに?」
「え?ユーリ、やっぱり気付いてなかったんだな。俺、最初っから、あそこにいたぞ」
なら、振り向いて道端にいなかった時には、もう天井裏に忍び込んでいたのだ。
「必死なお前。可愛かったな」
「か、可愛かったじゃありません!わたし、本当に崖っぷちだったんですよ!!」
その時涼やかな笑い声が土間に響いた。
マリュエルが笑っている。
年相応な、朗らかな声で笑っている。
それにつられて、悠里も笑った。
思えば、この世界に来て初めて、腹の底から笑った気がした。
「ひと月後、出来上がった鍬を送ってやる。この私が手ずから打つ鍬だ。楽しみにしていろ」
「わたしはディントで待っていればいいんですか?」
「ユーリがここで出来ることは何もない。国に帰って、自分のやるべきことがあるだろう?」
「……」
「分からんのか?」
「え、えっと……」
考え込む悠里を呆れたように見つめていたマリュエルは、はあと息を吐くと「考えろ。そうすれば、見えてくる」と言って鍛冶場の方へ向かおうとする。そんな彼女に、悠里は慌てて言った。
「マリュエルさん!ありがとう!!」
「礼など、まだ早いぞ。それから……マリーでいいから……」
照れ臭そうに言ってから、マリュエルは花が綻ぶように微笑んだのだった。




