19.やっと着きました
リュール王国の首都は、ディントの首都とも、チェサートの都市とも違う、独特の雰囲気を持った街だった。
煙突が立ち並ぶ街並みは、いかにも工業都市という趣で、この世界に来て初めて、悠里は近代的な設備を目にすることとなった。
工業都市にふさわしく、民家はあまりなく、工場で働く人たちの住む団地が多い。
それも石造りではなく、鉄筋を使って造られているようだった。
この国は本当に、鉄の恩恵で成り立っているのだ。
「凄いですね~」
悠里はディントでは目にすることのなかった高層建築に目を奪われていた。
「これはちょっとレベルが違うっていうか……」
この国を目の当たりにする機会の多い、ウリエルや彼の父である外務卿が、自分の国に危機感を覚えるのも頷ける。
「何とか話を付けたいものだがな」
ウリエルも馬車の窓の外に目をやりながら、ぼそりと呟いた。
かのセントフォール帝国の皇帝が、喉から手が出る程欲しがっているのに、なかなかそう出来ない国だ。
余程強気の人間がいるのか、それとも皇帝でさえ手を出せない何かがあるのか。
(いい機会だから、探ってみるか……)
いつもの外交官としてではなく、私的な訪問。
今回はかなり自由が利く立場だった。
いつもは入り込めない場所にも行くことが出来たら。
ディントにとっても有益な旅になるだろう。
ウリエルがこれからの傾向と対策を練っている間、悠里はただひたすら窓の外の景色を楽しんでいた。
「残念ながら、ロンドベル子爵。たかが農機具一つで我が国の技術を使う訳には参りません。そちらのお嬢さんの道楽に付き合っている暇は、我々にも、職人たちにもないのです」
ウリエルの知り合いだというリュール王国の外交官エルク卿は、そう言って、あっさり断ってきた。
「そ、そんなあ……」
がっくり項垂れる悠里を横目で見ながら、ウリエルはその外交官に浅い笑みを向けた。
「しかし、我が国の市場には、あなたの国で作られたさまざまな鉄製の道具が溢れております。それらは民間で取引されている。そういったルートを使えば、不可能ではないでしょう?」
「ロンドベル子爵。職人も暇ではないのですよ。今の契約でいっぱいいっぱい。あっぷあっぷしている状況です。諦めて、別の方法を探して頂ければと思うのですがね」
「……エルク卿」
ウリエルの挑むような視線に、エルク卿は怯んだような表情を見せた。
だが、ウリエルのそんな視線もほんの一瞬のことで、彼はすぐにいつもの感情の読めない飄々とした表情に戻っていた。
「これ以上のごり押しも、エルク卿のお立場を考えれば申し訳ないことです。諦めるしかなさそうですね」
そして溜め息と共に、そう言った。
「ウリエルさん!?」
「ディントからわざわざ訪ねて下さったのに、お力になれず申し訳ない。ご帰国の前に、少し観光でもなさったら……」
エルク卿は人の好さそうな笑みを浮かべて、ウリエルと悠里を交互に見た。
「ああ。それはいいですね。いつも外交でお邪魔しても、観光などする暇はなかったものですから。一度リュール王国の先進的な街並みを拝見したいと思っていたのですよ。我が国では、決して望めないものですからね」
「確かに……ディントもなかなか複雑なようですからな。では、観光協会から案内の者を……」
「有り難いお申し出ですが、せっかく彼女と初めての旅ですから。二人きりでというのを、お許し頂ければ……」
どうやらウリエルはまた、恋人の振りをするつもりらしい。
悠里が戸惑った笑みを浮かべているのを、幸いにもエルク卿は気付かなかったようだ。
「おお。では、やはり、お二人はそのようなご関係でいらしたのですね。では、我々も無粋な真似は致しますまい。ロンドベル子爵のご要望を叶えて差し上げられなかったお詫びに、恋人さまとの楽しい時間をお約束致しましょう」
「それは、有り難いことです」
ウリエルとエルク卿との見えない部分での駆け引きに悠里が気付く筈もなく、悠里はただただウリエルとまた気まずくならないことを祈るだけだった。




