【閑話】鉄の国の健康ランドでまったりです(2)
そろそろと濡れた板間に足を踏み入れる。
湯気が立ち込めた浴場内はほんのり温かく、悠里は顔を綻ばせた。
「この世界で温泉に入れるなんて!」
体を一通り流し終えると、悠里はタオルを体に巻いて浴槽の方へ向かった。
板間から石造りの床に変わると、目の前にジャングルが広がった。
大きな葉の、背の高い植物たち。
元の世界の、熱帯の植物とよく似ている。
その葉には蒸気が付いて、てらてらと光っていた。
「うわあ」
ジャングルの向こうを見てみると、そこには木組みの浴槽。
「いかにも、ジャングル風呂って感じだね」
ほくほく顔で浴槽に足を伸ばした。
「うん。ちょうどいいお湯加減」
チャポンと肩まで浸かれば、今までの疲れが全部溶けて行くようだった。
「ふわあ。極楽極楽~」
他にもたくさん客がいたけれど、周りを気に囲まれている上に、プールのように広いから気にならない。
悠里は瞼を閉じて、一人を満喫していた。
その後も薬湯風呂だとか、ジャグジー、サウナなどを渡り歩いて、更衣室に戻って来た時にはやや上せ気味だった。
ふらふらしながら体を拭いた。
「うん。お茶飲もう」
ウリエルはもう出ているだろうか。
ゆったりとしたワンピース型の館内着に着替えてから更衣室を出ると、あらかじめウリエルと待ち合わせることにしていた休憩所に向かった。
そこには長椅子と衝立が交互に並んでいて、何人かの人が横になって休んでいるようだった。
その中の一つだけ、長椅子から人の足がはみ出ている物があった。
(足の長い人だな……)と思いながら何気なく衝立の陰から覗いて見ると、ウリエルだった。
「わっ。ウリエルさん」
思わず声を上げたが、彼は反応しない。
どうやら眠っているらしい。
(疲れているのかな)
心配になって顔を覗くと、穏やかな寝顔がそこにあった。
(睫毛、長っ……!)
美形なことは分かっていたけれど、こんなに一つ一つの造作をまじまじと見たことはなかったから、長いだけでなく量も密度も濃い睫毛であるとか、色気がだだ漏れしている引き結ばれた唇とかを今まで気に留めたことはなかった。
なのに一旦意識してしまうと、そこにしか目がいかなくなって、悠里は飽きることなくウリエルの寝顔を眺めてしまっていた。
どのくらい眺めていたのか。ふと我に返った時、髪が少し濡れたままなのに気付いた。
(わたしったら、見惚れてる前に起こしてあげなきゃ!)
このままでは風邪をひいてしまう。
あんまりよく寝ているから気が引けるけど、仕方ない。
そっと彼の肩を叩いてみた。
「ウリエルさん?」
囁くような声を掛けたが、だめだ。
もう少し大きな声を出してみた。
「ウリエルさん。起きて下さ~い」
とんとんと強めに叩いてみる。
すると彼が「ん……」と身もだえ、薄く目を開けた。
「ウリエルさん?」
彼に顔を寄せ、覗き込む。
すると彼の焦点が悠里の顔に定まった。
「うわっ!!」
似つかわしくない大声を上げて、ウリエルが飛び起きた。
心臓の辺りに手を当てて、悠里の顔を凝視しているウリエル。
その白い肌が見る間に赤くなっていく。
「ゆ、悠里?何して……」
「……ウリエルさん。髪を乾かさないと……」
「え?髪?」
戸惑ったように言って、ウリエルが自分の髪に手をやった。
「ああ。……別に、かまわないよ」
「だめです。いくらウリエルさんでも、髪が濡れたまま、こんなとこで寝てたら絶対風邪ひきますから。今からでも乾かして来てくださいよ」
「いいよ。放っとけば乾くから」
「それじゃだめだって、言ってるんです!」
悠里は立ち上がると、腰に手を当てて、ウリエルを見下ろした。
「もう。変なとこでずぼらなんですね?ウリエルさんがちゃんと乾かして来るまで、わたし、エステ行ってますから!」
悠里はぷりぷり起こりながら、休憩室を出て行った。
その姿を見送ったウリエルはと言うと……。
しばし呆然とした後、ぷっと吹き出した。
「行くんだ。エステ……」
髪を乾かすのを見届けなくてもいいのかな。
長椅子に座って上履きを履きながら、ウリエルの頭には先ほどの光景が甦る。
まだ心臓がばくばくいっていた。
顔が火照っているのも気のせいではないだろう。
一瞬、期待してしまった自分がいる。
悠里の顔を間近に見た時。
つい彼女の唇に目をやったことは否定できない。
「俺もいい加減、ダサいよな……」
そうひとりごちて、ウリエルは髪を乾かすべく脱衣場へと向かうのだった。
そんなウリエルの悶々とした心境など知る由もない悠里は……。
「はあ……極楽極楽……」
エステティシャンの神の手で、今までにない、極上のワンデイ健康ランドを満喫していた。




