11.分かり合えないって、辛いです(2)
アシュラムが去ってしばらくして、下草を踏む音が聞こえて、悠里は顔を上げた。
目の前にいたのは、ウリエルだった。
「ウリエルさん……」
悠里の泣き笑いのような表情に、ウリエルの顔が曇る。
「アシュラムは入って来たのに、なかなか来なかったから、心配になったんだ。あいつに、何か言われたか?」
けれど悠里はふるふると首を横に振った。
「何も。でも、何だかよく分からなくて……。アシュラムさんが何を考えてるのか、全然分からなくなっちゃった。仲直り、出来ると思ったのになあ」
「……あいつは……言葉の足りないところがあるからな」
「え?」
ウリエルは悠里のもたれる幹に、自分も寄り掛かった。
「お祖母さまがよく言ってる。神殿という閉鎖空間で過ごして来て、あいつは人との関わりが少なかったからって。召喚魔法を使える貴重な人材ってことで、付き合う人間を制限されてきたみたいだから、経験値が少ないんだよな。王宮にいれば経験出来るようなことも、あいつは出来ない環境にいた。だから、思うように自分の気持ちを話せなかったり、人の気持ちを汲み取ることが下手だったりするんじゃないかって。だから、お祖母さまは、あいつの事を何かと気にかけて邸に招いたりしてやってるんだ」
「……そう、なんだ」
「なかなかいないよ。あいつみたいな境遇の奴は。だから、こちらも戸惑うこともある。けどユーリは、あいつにとって、心をさらけ出せる相手なんじゃないかな」
「……」
「だから、つい色んな胸の内を吐露してしまって、余計に伝わりにくくなってしまう。ユーリに全部を受け止めろなんて言えないけど、見捨てないでやってほしい。って、俺もあいつの事をよく知ってるわけじゃないけど、分かるんだ。これだけは。あいつはユーリに心を許してるよ」
「わたし、アシュラムさんに何もしてあげてないのに」
「理屈じゃないんだよ。人が人に心を開くって。ユーリだってそうだろう?お祖母さまのことは信頼してるんじゃないか?」
悠里はこくりと頷いた。
同じ被召喚者としてだけでなく、コウメさまの人柄に全面的な信頼を寄せているのは確かだった。
「じゃあ、わたし、アシュラムさんに何をしてあげればいいの?」
「……何も。ただ寄り添ってあげるといい。あいつは孤独なんだよ、ユーリ。その孤独を癒してやれるのは、お前だけだ」
ウリエルは悠里を真っ直ぐに見ていた。
悠里はその時初めて、その瞳の色がアシュラムと同じであることを知った。
今までもきっと気付いていたのに、さして気にしていなかったのだ。
漆黒の髪に紛れるように輝く、薄青色の瞳。
アシュラムの清廉で神秘的な美しさではなく、ウリエルのそれは温かな春の陽射しのような輝きを纏っていた。
見つめられるだけで、心がほっこり温かくなるような、優しい瞳。
悠里は、この瞳に見つめられていたいと思った。
この瞳に見守られていたい。そう思った。
アシュラムのことはもちろん気掛かりだったけれど、それでも今側にいたいと思うのはウリエルだった。
「ユーリ?どうした」
その声に、自分があまりにまじまじとウリエルを見つめていたことに気付いて、悠里は真っ赤になって視線を逸らした。
「ウリエルさん。わたしはいつでもアシュラムさんと話したいって思ってるよ。……うん。今日だって、アシュラムさんに会えて嬉しかったし。次にアシュラムさんとお話しする時は、今のウリエルさんの話を思い出して、アシュラムさんの言いたいこと、ちゃんと聞いてあげる。アシュラムさんの本当に言いたいことが分かれば、きっとアシュラムさんだけ帰っちゃうようなことにならないもんね。そして、アシュラムさんは孤独じゃないんだって教えてあげたいな」
「ユーリは……」
「え?」
「いや、何でもない。……どうする?アシュラムの所に行くか?」
「今?」
「もともとお前は、あいつの離宮で生活することになっていたのを、お祖母さまが面倒見るって連れて行ったから。だから、お前がアシュラムの元に行きたいって言えば、すぐにそう出来る」
「だって、それじゃ、鍬の手配が出来ないよ」
「……」
「ウリエルさんと一緒に畑もするんだもん。今はアシュラムさんのとこには行けないよ」
「……畑か。そうだったな」
ウリエルは思いの外ほっとした様子で、そう言った。
「忘れてた?」
「いや。覚えてるよ。そうだな。まずはクワを手に入れないとな」
「うん。そうだよ。アシュラムさんが、わたしを元の世界に、日本に戻す方法を探してくれてる間に、わたしは家庭菜園を頑張るんだ」
「日本に戻す方法?」
「うん。さっきアシュラムさんが、わたしはやっぱり元の世界に帰るべきだって。だから、その方法を探すって言ってたの」
「あいつが、そんなことを?」
ウリエルは腑に落ちないという表情だった。
「ウリエルさん?」
「いや……。お前をこの世界に召喚した責任を感じてるのかな……」
「分からないけど。わたしに元の世界に帰りたいかって聞いてきたから。うんって」
「そうか……」
一瞬ウリエルの瞳に影が過った。
方法が見つかれば、悠里が日本に帰る?
そのことは受け入れ難いことであったけれど、受け入れなくてはならない事だった。
悠里がこの世界で伴侶を見つける。
彼女自身が自然とそのような気持ちになればいい。
だが異性に無理強いされて、そのような形に持って行くのだけは避けなければならない。
(だから、俺は待つしかないんだ)とウリエルは思う。
アシュラムもまた、そのように思うからこそ、あえて悠里を元の世界に帰すことを考えたのだろうか。
己れではない誰かが、悠里の心を得るのを見たくないから?
それは一見身勝手な事のようでいて、孤独な半生を送ってきた彼には仕方のない思考の流れのようにも思えた。
「よし、なら、クワを早いとこ手に入れよう。帰って作戦会議だ」
ウリエルは憂いを振り払うように殊更明るい声を出して、背中を預けていた木の幹から体を起こした。
「はい!!」
温度差はあるにせよ、悠里とウリエルは互いに共にあることを望んでいる。
しかし二人ともに、それに気付いてはいなかった。




