10.分かり合えないって、辛いです
常緑の立木の下で、悠里は幹を背に、アシュラムがその前に向かい合って立っていた。
太陽の光の乏しい冬の日。
けれど温暖な地域だけに、寒いと感じることはなかった。
「なんだか、とても久し振りなような気がしますね」
「うん。ほんとだね」
アシュラムは眩しい物でも見るように目を細めた。
「コウメさまに言われていたのに、どうしても我慢できなくなって、あなたに会いに来てしまいました」
距離を置いた数日。
お互い冷静になるには十分な時間だった。
彼が自分の生い立ちを悠里に語った意図。
それは何だったのか。
悠里にはまだ分からなかった。
ただ、彼女があの時思ったように、彼が同情を引きたいがために語ったのではないと今なら思える。
少し考えたら分かりそうなのに、あの時は頭に血が上ってしまって、彼を非難することしか考えられなかった。
(わたしって、本当に馬鹿だ)
一時の感情に任せることしか出来ないなんて、子供のすることで恥ずかしくなる。
二人の間をそよ風が吹き過ぎる。
アシュラムの銀色の髪と、悠里の黒髪がその風になびいて混じり合った。
「……私は己れの役目の為に姫を召喚した。父に認められたいが為に。姫にとって、これ程腹立たしく思われることはないでしょう。謝っても謝り切れないことを、私はしてしまったのです……」
そう言って頭を下げるアシュラムに、悠里はかぶりを振った。
「わたしはこの世界で、わたしに出来ることをしようって思ってます。コウメさまやウリエルさんに会って、そう思えるようになりました。ウリエルさんは一緒に頑張ろうって言ってくれます。だから、わたし、とても楽になりました。ウリエルさんやコウメさまは、召喚された人の気持ちがよく分かるから……。だから、わたし、頑張れると思います」
「……ウリエルのことを、信頼されているのですね……」
そう言って、アシュラムは目を伏せた。
長い睫毛が形の良い頬に影を落とす。
「そう、です。ウリエルさんはちょっと兄に似てるんです。優しい所とか、気遣ってくれるところとか。だから安心出来るのかも」
「姫の、兄上に?」
「はい。それに、ウリエルさんは日本人の血を引いているでしょう?だから、何となく通じ合えてるって思えるんですよ」
「……ウリエルと……?ウリエルと通じ合っていると?」
「そうなの。だから、アシュラムさんに心配してもらわなくても大丈夫。わたし、この世界で何とかやっていけると思います。今、ウリエルさんと鉄をどうやって調達しようかって考えてるんです。土を耕す道具を作るんです。そしたら、皆もっと家庭菜園を楽に出来るようになって、神殿の近くの家庭でも新鮮な野菜が食べられるようになって、この国の人が今よりもっと元気で幸せになれると思うんです。今がそのための最初の段階。だからわたし、諦めないで頑張ります!」
アシュラムの瞳が大きく揺らいだ。
彼の深い絶望を見たような気がして、悠里は思わず息を飲んだ。
「……もし、それが果せたら、姫は元の世界に戻りたいと思われますか?」
「え……?」
「それとも、コウメさまのように、この世界で生きて行きたいと?」
「……それは……それは、やっぱり帰れるなら帰りたいですよ。コウメさまのように素敵な恋人が出来て幸せになれるなら、この世界でずっと過ごしてもいいかもしれないけれど、でも、そんな保証、どこにもないですよね。……帰れる方法があるんですか?」
「姫がそう望まれるなら、私が見つけましょう」
そう言って、アシュラムは少し酷薄とも思える微笑みを浮かべた。
「姫を束縛するものがない内に、私が必ず姫を帰して差し上げます。お約束しますよ」
「束縛?」
「姫の生きるべき世界は、やはり元の世界ですから。元の世界で伴侶を見つけ、幸せに暮らすべきなのです」
そう言うアシュラムに、悠里はひどく違和感を覚えた。
やはり、彼の真意を推し量るのは難しい。
ウリエルなら、もっと簡潔に、分かりやすい言葉で話してくれるだろう。
「あの、じゃあ、帰る方法が見つかったら教えてくれますか?」
「もちろんです。ですから、姫も、必要以上にウリエルやその他の人間に心をお許しになることがないように。いずれは別れが待っているのですから」
「……」
もっと違う話がしたかった筈なのに。
数日ぶりに会ったアシュラムに話したいことは他にあった筈なのに。
どこかで、何かを掛け違えてしまったような。
そんな違和感ばかりを感じていた。
「戻りましょうか」
「アシュラムさん、あの」
「私は神殿に戻りますが、姫はどうしますか?」
「……わたしは、ウリエルさんとまだすることがあるから……」
「そうですか。では、失礼します」
冷たく言い捨てて、去って行くアシュラム。
あんなに優しかった彼の変貌に付いて行けなくて、悠里は木の下で呆然と立ち尽くしていた。
身分も容姿も能力も、何もかも優れてるのに、どうした、アシュラム!
へたれまっしぐらで、次回に続きます!




