5.馬車でまたまた二人きりなのです
それから事態は急速に動いた。
三日後には、ウリエルの父である外務卿から、直接話を聞きたいとのお達しがあり、悠里はウリエルと共に外務部のある宮殿まで赴いた。
出掛ける前に、コウメさまから、「実の息子だけど、底の見えない怖ろしい所のある子だから油断は禁物よ」と両手を握られて諭された。
(まさか)と思いながらウリエルを見ると、「いや。冗談でなく本当なんだ」と苦々しげに言われてしまった。
二人がそうまで言うなら、そうなのかも知れないが、親と子にここまで言われる外務卿っていったい……と、悠里は内心不安を禁じ得なかった。
「じゃあ、行こうか」
ウリエルはいつものラフなシャツではなく、きっちりとした正装を着ていた。
華美な装飾はないものの、黒地に金の糸で刺繍がしてあって、一見して高価だと分かる。そして、その長身を覆うように、服と同色のマントを羽織っていた。
その抑えたお洒落が、ウリエルにとてもよく似合っていて、素敵だった。
(はあ。この世界で何が良かったって、目の保養に困らないのが一番良かったわ)
それは裏を返せば、そんなことくらいしか、心ときめくことがないということだが、悠里は敢えてそこには触れないことにした。
その日の悠里の衣装も、一応外務部への公式な訪問だからということで、国王に謁見して以来の正装だった。
胸を強調し過ぎないデザインはもはや悠里の鉄板だったが、その分今回はウエストのくびれが目立っている。
「あら。そのくらいしなくては。若いんですもの」
悠里よりも遥かに気の若いコウメさまにごり押しされ、しぶしぶこのドレスを着たのだが、悠里としては、ゆるふわなワンピースが着たかったのだ。
日本人体系な上に小柄な自分には、体型が分かってしまうデザインは向かないと知っているのだから。
けれど、コウメさまは「よく似合う〜」と少々はしゃぎ気味だ。
(ほんとにこの人、八十過ぎてらっしゃるのかな……)
内心疑いを抱いてしまうほど、キャピキャピしていた。
当の悠里は、思い切り渋い表情であるにもかかわらずだ。
「ねえ、ウリエル。ユーリはどこに出しても恥ずかしくない令嬢ね」
不意に振られたウリエルは微妙な顔をしていた。
(ですよね……。困りますよね……。)
「俺は、土いじってるユーリの方がいいですけど」
(え!?)
思わぬ言葉に、大きく跳ねた心臓。
「あら、あら。それは、わたくしもそうですよ」
ほほほとコウメさまは暢気に笑っている。
顔が火照るのを自覚しながらウリエルを盗み見れば、いつもの飄々とした表情からは何も読み取れず、悠里は少しがっかりした。
きっと彼に他意はないのだ。
そんなこと分かっている。
けれど、彼の隠れた感情を期待してしまう悠里がいた。
(畑やってるわたしの方が、わたしらしいってことなのよ)
自分でも痛いくらいに分かっているのに、どうして顔が熱くなるのか。胸がドキドキするのか。
そして、ウリエルにとっては迷惑でしかないことを期待してしまうのか。
悠里は踏み出してはいけない一歩を出しそうになっていることに気付いて、急いでそれを戻し、また再び歩み出すことのないように自分の心を封印してしまった。
(危ない、危ない。わたし、また間違えるとこだったよ)
美形に対するときめきを恋と勘違いしてしまう。
そんな年ではないくせに、と。
だから、悠里は冗談めかして言ったのだ。
「は〜い。わたしは生涯、土と添い遂げま〜す」
「まあ、ユーリったら」
コウメさまは少し困ったような顔をした。
(あれ?)と思う間もなく手を引かれ、「では、おばあさま。行って参ります」というウリエルの声を頭の上で聞くと、引っ張られるようにして屋敷の外へ出た。
悠里は普段とは違うウリエルの乱暴な扱いに困惑しながら、馬車に乗り込んだ。
「頑張るのよ〜」というコウメさまの声に押されるようにして馬車が動き出す。
悠里はコウメさまに手を振るだけで精一杯だった。
邸の門を出ると、悠里は小さく息をついた。
「そういう意味で言ったんじゃない」
不意にウリエルの少し不機嫌な声がした。
「え?」
ウリエルの切れ長な目が、真っ直ぐ悠里を捕らえていた。
「土と添い遂げろとか、そんな意味で言ったんじゃないんだ。ただ、土をいじってるお前の方が生き生きしてるって言いたかっただけで。俺は言葉が足りないから、気を悪くさせてたら、ごめん」
「……」
また顔が赤くなるのを感じて、悠里は俯いた。
「怒ったか?」
悠里がふるふると首を振ると、くしゃっと頭を撫でられた。
小さく肩を震わせた悠里に、ウリエルはいつもの優しい声に戻って言った。
「この話が上手く行ったら、お前と一緒に畑をやりたいんだ。俺はおばあさまの手伝いをしてたから、きっと役に立つ」
「……」
「ユーリ?」
「わたしも、今日みたいな正装じゃなくって、よれよれのシャツを着てるウリエルさんの方が、好きですよ」
「そうか?」
ウリエルの飄々とした顔に、嬉しそうな笑みが零れた。
「俺も、そっちの方がいい」
「ですよねえ」
「ああ。気楽だしな」
「はい。畑も気楽です。人目を気にしなくていいし。無心になれます」
「それ、俺向きだな」
「ふふふ。ウリエルさんも人目を気にすることってあるんですか?」
「いや。ないな」
「ぷぷ。何ですか。それ」
思わず言ってしまった「好き」が、冗談のような会話の中で無かったことになって行く。
でも今はそれでいい。
畑をする自分を認めてくれるだけで十分なのだから。
だから悠里は、これからの外務卿との面会へと気持ちを切り替えようと頑張った。
その切り替え作業は思ったよりも難航したけれど、それはウリエルの何気ない優しさのせいであることを、悠里は認めざるを得なかった。
その優しさに、縋り付きそうになる自分がいることも……。




