4.市場で食べ歩きしちゃいました
物珍しさも手伝って、悠里は露店を一つ一つ見て行った。
ウリエルも「店を覗くのは嫌いじゃない」と言って付き合ってくれている。
果物や野菜、肉、魚、そして衣類。
ありとあらゆるものが並べられている。
神殿では目にしなかった豊かな物資に悠里の心は弾む反面、これらを手に出来るのは、この国の限られた人達だけなのだと言うことが重くのしかかってきた。
「どうして……」
「ん?」
「あ、いえ……。あの、ここにこれだけ物があるのに、地方にはどうして届かないんだろうって、思っちゃって」
「ああ」
悠里の足りない言葉だけで、ウリエルは大体のことが分かったらしい。
うんうんと頷きながら、しかしすぐには答えずに、目に付いたオレンジ色の果物を二つ手に取ると、店主に小銭を渡した。
そして悠里に一つ手渡して、「これは、日本ではミカンという果物に似ているそうだ」
見た目は少し違うけれど、確かに皮を向いてみると、小さな房に別れた果実が現れた。
「ウリエルさんて、日本て言うんですね」
そう言うと、ウリエルは「おかしいかな」と言って、房を一つ口に放り込んだ。
「おかしい、と言うか、アシュラムさんとかは、あちらの世界とかそんな感じだったから。ウリエルさんにはやっぱり日本て身近なのかなって」
「うん。まあ、そうだね。何と言っても、祖母が日本人だし。俺には日本人の血が流れてるんだ」
「そ、そうですね」
何気無く言われた言葉なのに、悠里は何故かとても嬉しかった。
日本人の血。
その共通点が、これ程心強く感じられるなんて。
悠里はそっとウリエルを盗み見た。
顔立ちは彫りが深くて、やはりそこはこの世界の人たちと同じだったけれど、ふとした仕草や表情に日本人ぽさが滲み出ていると思うのは、悠里の思い込みだけではない筈だ。
お礼や挨拶をする時にお辞儀するのは、やっぱり日本人だろう。
(共通点を求め過ぎてるわけじゃないよ)
ついついウリエルの日本人ぽいところを探してしまっていることに気が付いて、悠里は自分にそう言い訳した。
その間にウリエルは次の食材に目を付けたのか、またお金を払っている。
白い紙で包まれたものを受け取って、また悠里に一つ手渡した。
「これ、最高に美味しいんだ。食べてみて」
「あ、ありがとうございます。あれ?これ、フライですね」
「白身魚に味の付いた衣を付けて揚げてるんだ。これは、隣の国の漁師が食べるらしいな」
「へえ。漁師さんが」
どこの世界でも、漁師飯というのは絶品なのだ。
「こんなふうに、ここには世界中の食材や料理が集まる。それなのに、ディントで作られた物は一つもない。いや。あるか。織物だけはね。けれど、それだけだ。王侯貴族が物資を独占するつもりはないのに、結果としてそうなっている。それは地方まで物資を回せるだけの輸入が出来ないからだ。輸出出来るものがないのに、流石に貰ってばかりも出来ないだろう?」
「じゃあ、やっぱり、作らないと駄目ですね」
「でも、どうやって?」
ウリエルの試すような眼差しに、悠里は顔を引き締めた。
「ウリエルさんは、どんなお仕事されてるんですか?」
「父が外交関係をしているから、俺もその真似事みたいな事をしているよ」
「外交、ですか」
「そう。輸入品の交渉に行ったり、他国の王族のご機嫌伺いしたり。楽しい仕事ではないな」
「でも、ウリエルさんは飄々とこなしてそうですけどね」
「はは。そうかな。うん、でも、そうかもね」
「じゃあ、外国の技術を輸入するっていうのは出来ませんか?」
そう言うと、ウリエルは即座に首を横に振った。
「それは、現国王になってから、何度か首脳級レベルでの会合でも交渉されているけれど、一度として条約締結まで至ってない。他国が欲しい技術は、その国が守りたい技術でもある。容易にはいかないよ」
「そう、ですか……」
外交の最前線に立つウリエルが無理だというのだ。
他国の技術はあてに出来そうになかった。
だとすれば、やはり地道な方法を取るしかない。
悠里の手がある物を求め、再びウズウズとし始めた。
「どうした?」
「ウリエルさん。この国に農機具屋さんてありますか?」
「うん。この市場にもあるんじゃないかな」
そう言いながら、ウリエルは視線を巡らせ、「ああ、あそこだ」と指差した。
「何がいるんだい?」
彼は、目的を定めると、さっさと行動に移すタイプらしい。
さっそく歩き出しながら、悠里に尋ねた。
「あ、えっと」
歩幅の広いウリエルに付いて行くのはなかなか大変だったが、小走りになっている悠里に気付くと、彼は歩調を悠里に合わせてくれる。
悠里はそんな彼のさりげない気遣いが、どうしてか嬉しかった。
農機具屋の品揃えは偏りがあって、鍬や鋤と言った肝心の土を耕す道具がない。
(困ったな〜)と思いながら真剣な顔で壁に掛けられた道具を見つめる悠里のことを、ウリエルは面白そうに眺めていた。
「この世界の人って、土を耕すことをあんまり重要視してないんですかね?」
「う〜ん。畑を耕す時は牛や馬を使うからね。広い土地で効率的に生産する為だろうけど……。ああ、うちのおばあさまみたいに家で畑をすることはあまりないんだよ」
ウリエルは聡い人だと思う。
悠里の質問の一歩先の答えまで与えてくれるのだから。
「これ、鉄ですか?」
悠里はふと目に付いた手植ごてを手に取ると、ウリエルに差し出した。
「ああ。そうだよ。鉄は隣国リュール王国のみで採掘される貴重な鉱物だ。ここにある鉄製品は全て、リュール王国から仕入れたものだろうね」
「そっか。鉄はあるんだ。鉄で、鍬を作れたら最高なんだけどな……」
木で作ってもいいけれど、木こそ、このディントにとっては貴重なものだろう。
神殿を守るようにして鬱蒼と茂っていた木々も、この王都ではあまり見ない。
この偏りの多いディントという国は、本当に薄い基盤の上に立つ、危うい国だと思うのだ。
だから、何とかリュール王国の鉄製品を輸入出来れば……。
この国の人は、もっと気軽に家庭菜園が出来るようになる!
その為には、ウリエルの立場と力が必要だった。
「ウリエルさん。お話があります」
急に威儀を正した悠里に破顔したものの、ウリエルはすぐに表情を引き締め、「何かな?」と自分よりもずっと年下の少女の話を聞こうとしてくれた。
そして……。
重い石灰を一袋。抱えてコウメさまの屋敷に戻ったウリエルは、祖母に挨拶する間も惜しんで、また出掛けて行った。
「せっかく腕によりをかけてお昼を作っていたのに。ウリエルったら、つれないわね」
庭の痩せた土に石灰を撒く悠里の側で、コウメさまは延々、孫の愚痴を言っている。
そんな話、真剣に土作りに励む悠里は、全く聞く耳持たずだったのだけど……。
コウメさまもそんな悠里を気にすることなく愚痴り続けていた。




