2、語りました(2)
「それで……コウメさまは、こちらの人と結婚されたんですか?」
そう尋ねると、コウメさまの表情に初めて感慨深げな色が浮かんだ。
それは心の底から湧き上がる、深く穏やかな感情だった。
「そう……。出会った時、あの方は若くて、とってもお美しかった。ふふ、今のアシュラムに似ていらしたわね。わたくしの一目惚れでしたのよ。ほほほ」
「え!?そうなんですか?」
「ええ。本当に優しくて、愛情深い方だった。一人この世界に来たわたくしを色々気遣って下さって。あの方に振り向いて頂きたくて必死だったの。そうしてね。やっと想いが叶って結婚したのが、18の時。あら、あなたの年齢と同じね。ユーリ」
「そう、ですね。あの。旦那さまが、コウメさまを召喚なさったんですか?」
「いいえ。それは、アシュラムの祖父。前の国王よ」
「はあ。そうなんですか……」
コウメさまはこの世界で伴侶を見出し、そして王族の一員として生活してきた。
それは、運命?それとも、偶然が重なって起きたことなのだろうか。
悠里には分からなかった。
ただ一つだけ分かったのは、同じ被召喚者とは言っても、コウメさまと悠里の辿る道は違うだろうということだ。
悠里はアシュラムを美しいと思い、ドキドキはするけれど、一目惚れなんてしていない。
彼を優しい人だとは思うけれど、それは彼の育って来た境遇や、召喚者としての義務から優しくしてくれているという面もあるだろう。
だから悠里は、その優しさに浮かれて、彼に恋なんてしない。
彼を信頼しようと思いながらも、彼に本当の意味で心を開いているのか、コウメさまの話を聞いたことで、悠里はまた疑問を抱いてしまった。
「……ユーリは少し思い詰めるところがあるみたいね」
その声にはっとして顔を上げると、悠里は自分がカップを握り締め、瞬きもしないで考えの中に沈んでいたことに気付いた。
「あ……すいません」
「若いうちは、わたくしもそうだったかしら。もう忘れてしまったわ。でもね、いろいろ思考を巡らすことはとても大事だけれど、考え過ぎは良くないわ。時には、勘で動いてごらんなさいな」
「勘……でも、それで失敗しちゃったら、とんでもないことになりますよ」
「あらあら。失敗を恐れて何も出来なくなるなんて、つまらないわ。せっかくの若さを台無しにしちゃうわよ」
ほほほと笑うコウメさまは、まるで少女のようだった。
(わたしより、よっぽど明るくて、元気でいらっしゃる……)
年齢が逆なのではと思う程、コウメさまは前向きで闊達だった。
「……コウメさまは、日本に戻りたいと思ったこと、ないんですね」
断定的に言うと、コウメさまは笑顔のまま首を横に振った。
「あら。思わない筈はないわ。故郷ですもの。父母や家の者はどうしているだろうって。でも、それ以上にわたくしには、この世界での生活が刺激的だったの」
コウメさまは言う。
華族の姫として、限られた環境、決められた習慣の中で生きることとが、如何に苦痛であったかと。
だが、ここではとても自由だった。
日々変化する生活がとても新鮮だった。
「わたくしは、ここに来て初めて、生きているのだという実感を得ることが出来たのです」
静かにそう話し終えたコウメさまは、とても綺麗だった。
顔の皺も、少し白髪の混じった髪も、全てが輝いて見えた。
と同時に、悠里は自分がとても惨めなものに思えてしまった。
「何か、見つけましょう」
唐突にそう言ったコウメさまに、悠里はキョトンとした顔しか返せなかった。
「ふふ。ユーリが夢中になれる物を探しましょう」
「わたしが、夢中になれる?」
「ええ、そうよ。わたくしは旦那さまへの恋に夢中だったでしょう?だからユーリも何か夢中になれることがあれば、ここでの生活も楽しいものになると思うの」
「はあ」
「あなた、何か趣味はある?」
「趣味……ですか?」
「ええ、そう。趣味」
「趣味……畑が、好きですけど……」
「畑?あら、いいじゃない、それ。さっそく始めましょう」
「でも、この国は作物が育たないって」
「あら、それは思い込みよ」
そう言うと、コウメさまは立ち上がった。
「コウメさま?」
「あなたに見せたいものがあるの。付いて来て」
そうしてさっさと歩いて行くコウメさま。
とても八十とは思えない脚力だった。
「あ、あの。テーブル、片付けないと……」
「侍女の仕事を取り上げないでね」
振り返ってみると、どこから現れたのか、数人の侍女が手際よくテーブルやいすを片付けているところだった。
「さすが、プロ……?」
「ふふ。こっちよ」
コウメさまは王宮の外れにある大きな邸の敷地に入って行った。
「ここが、大公でいらっしゃった、わたくしの旦那さまのお邸。今はわたくしが、ここの主です」
「は、はあ」
王宮の豪華さはないけれど、重厚で、立派なお邸だった。
コウメさま邸の中には入らず、そのまま庭の方へと回った。
そこで、すぐに、悠里はある物を見つけて足を止めた。
「コウメさま……」
「小さいながらも、楽しい家庭菜園。このくらいなら、大した知識がなくても出来るのねえ」
庭の一画に造られた、小さな畑。
そこには花々が先、数種類の野菜が出来ていた。
「これ、コウメさまが!?」
「ええ、そう。土作りから初めて、けっこうな年月を費やして、やっと最近満足のいく物が出来るようになったのよ」
「……」
悠里はのろのろと畑に近付いて行った。
緑の濃い、ホウレン草。ニョキッと顔を出した、白い大根。
見ただけで口の中に唾が出てくる、美味しそうな野菜たち。
「これを、コウメさまが……」
その時悠里の中に、何かがふつふつと湧き上がって来た。
それは今まで感じたことのない衝動だった。
「鍬を……」
「え?」
「鍬を貸してください!!」
この時のことを、後にコウメさまはこう語っている。
必死な形相で「鍬!」と叫ぶうら若き乙女の、未来が少し不安になったと。
けれど、この瞬間が、悠里という少女の確かな前進であったと。




