2.語りました。
悠里が見ていた侍女は、トレーの上に銀色の食器を乗せていて、コウメさまのいる所までやって来ると、テーブルの上に急須やカップを並べていき、一通り並べ終わると、侍女は会釈をして、また元来た方へと帰って行った。
「ちょうどお茶にしようと思っていたの。あなたが来て下さって良かったわ。一人では寂しいものね」
そう言いながら、急須を手にしたコウメさまの所作を、悠里はぼんやりと眺めている。
「あなた、お名前は?」
そう聞かれて初めて、挨拶すら、まだまともにしていないことに気が付いた。
「あ。す、すいません。ご挨拶が遅れました。わたし、悠里と言います。あの、コウメさま、ですよね?」
「ええ、そうよ。ユーリさん」
くすくす笑いながらコウメさまは、悠里に椅子に座るよう促して、お茶の入ったカップを差し出した。
「ありがとうございます」
コウメさまの正面の席に座り、カップを持とうとすると、手が微かに震えていた。
悠里は緊張すると手が震える性質だった。
「アシュラムがあなたを探していたわ」
「え!?」
「ふふふ……あんなに顔色を変えたアシュラムは初めてだったわ。ずっと幼い頃から知っているけれど」
コウメさまは本当なら八十近い筈なのに、ちっともそんな年齢には見えなかった。
確かに顔や手の甲には皺が目立つけれど、話し方や振る舞いには年齢を感じさせないものがある。
ハキハキとしていて、とても上品だった。
元の世界ではどうだったのか知らないが、この世界で長く王族の一員として過ごして来た重みというものを感じるからだろうか。
「アシュラムの所に戻ろうと思って……」
高貴な人の纏う雰囲気に飲まれながら悠里が言うと、コウメさまはゆっくりかぶりを振った。
「どうしてですか?」
「今アシュラムに会っても、あなたはきっと平静ではいられないでしょうから」
「大丈夫です!少し頭を冷やしたし、アシュラムの言ってる事に突っかかったのはわたしの方だから、ちゃんと謝らないと……」
「まあ、少しゆっくり、お茶を頂きましょう。ね。せっかく同郷の人間同士が出会えたのだから」
「……」
「アシュラムには、あなたをしばらく借りるからって伝えてあるの。だから、少しお喋りしましょう。ね?」
コウメさまがこの世界で過ごした年月は、元の世界で過ごした年月より遥かに長い。
ここで、コウメさまは、何を思い、どう過ごして来たのか。
そのことを思い、悠里は首を縦に振った。
「ありがとう。ユーリさんは」
「あ、悠里って呼んで下さい」
「あら、そう?じゃあ、ユーリは今おいくつ?」
「今十八です」
「あら、そう。少し幼く見えるわね。わたくしがここに来た時は、まだ十二だったわ」
「じゅ、十二?」
「ええ。本当にね。子供でしたよ」
「……」
十二歳といえば、まだ小6?
そんな小さい時にコウメさまは召喚されたのか。
「あら。でもね。かえって、そのくらい幼い方が物事を深く考えないで済むというか、やはり順応性が高いのでしょうね。わたくしは案外すんなりとこの世界に溶け込んだのよ。ふふ。嫌いな人と結婚しなくて良かったわって」
「結婚?」
「ええ。わたくしの家はね。華族の端くれでしたから。親の決めた許嫁というものがいたのですよ」
「うっわ。大正ロマンだ……」
「え?」
「いいえ。何でもないです」
(そうか。コウメさまは華族のお姫さまだったんだ。どうりで、お上品な筈だ)
一人納得する悠里を、コウメさまは不思議そうに見たが、すぐに気を取り直したようにお茶を啜って、話の続きを始めた。
「その許嫁のことが、わたくしは本当に嫌いでしたの。その方はわたくしよりも家柄の良い華族でいらっしゃいましたけど、年齢がね、わたくしより二十も上だったんです。それに、その方にはね、愛人がたくさんいたのですよ……」
「二十……愛人……」
どこかで聞いたような話だが、実際昔はどこにでも転がっていた話なのだろう。
「本当に嫌でしたよ。十二の裳儀を終えて直ぐに、輿入れする予定になっていたの。だから、裳儀の夜に邸を抜け出してね。街をふらふらしていたら急に辺りが明るくなって、気付いたら、ここに来ていたのよ」
昔語りをするコウメさまは、特に何かの感慨があるという感じでもなく、ただ楽しそうだった。
「あの。裳儀って、何ですか?」
「え?あら、あなたはしていないの?女の子が成人しましたよっていう儀式」
「成人式なら、二十歳だから、あと二年後ですね」
「あらあら。七十年も経てば、いろいろ変わるのねえ」
それはコウメさまの何気無い一言だった。
けれど、それで悠里は気付いてしまったのだ。
こちらの世界と元の世界の時間の流れは同じ。
ここで二日経てば、あちらでも二日。こちらで十年経てば、あちらでも十年。
同じだけの年月を重ねることになる。
(そっか……。悠長に構えていないで、さっさとやることやってしまわないと、わたしも時代の流れに取り残されちゃうんだ……)
額然とする悠里に構わず、コウメさまは呑気にお茶のお代わりをカップに注いでいた。




