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悪魔AI  作者: 葉流風あやめ


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8/12

第8話『もう一人の記憶』

バラエティー番組の収録から数日後。


龍は久しぶりに実家へ帰っていた。


実家は都内にある。

それでも最近は仕事が忙しく、顔を出す時間もなかなか取れなかった。


駅から歩いて十五分。


見慣れた道を進み、石畳の階段を上っていく。


階段を上りきり、振り返る。


綺麗な青空の下、木々の向こうに住宅が小さく見えていた。


「……懐かしいなぁ」


龍は微笑んだ。


細い道を歩いていくと、見慣れた家が見えてくる。


玄関のドアを開ける。


「ただいま」


「おかえり、龍」


母親の声が聞こえた。


龍によく似た母親だった。

特に笑った顔は、まるで龍をそのまま女の子にしたようだった。


その声を聞いた瞬間、龍の表情が緩む。


「久しぶりね。ちゃんと食べてる?」


「食べてるよ」


「本当に?」


「本当だって」


リビングでは、父親がテレビを見ていた。


寡黙な父親。

がっしりとした体つきで背も高く、黙っているだけでも存在感がある。


「おう」


「ただいま」


「最近、よくテレビに出てるな」


「まあ……仕事が増えたから」


「そうか」


父親はそれだけ言うと、再びテレビへ視線を戻した。


そこへ妹がやってくる。


妹もまた、龍によく似ていた。


「お兄ちゃん、売れっ子俳優様じゃん」


「やめろよ」


「サインください」


「いらないだろ」


「将来、高く売れるかもしれないじゃん」


「売るなよ」


家族が笑う。


龍も笑った。


この感じ。


昔と何も変わらない。


「ご飯できてるから、手洗ってきなさい」


「はーい」


龍は洗面所へ向かった。


鏡を見る。


テレビに映る自分。


雑誌に載る自分。


CMで笑っている自分。


最近は、自分の顔を画面越しに見ることが増えた。


けれど――


実家の鏡に映る自分は、昔と同じように見えた。


ただの息子。


ただの兄。


龍は小さく笑った。


「……なんか、変な感じだな」


*


夕食のテーブルには、母親が作った料理が並んでいた。


「これ、龍が好きだったやつよ」


母親が皿を置く。


「覚えてる?」


「もちろん」


龍は箸を取った。


一口食べる。


「……懐かしい」


「でしょ?」


母親が嬉しそうに笑う。


龍はもう一口、料理を口に運んだ。


その瞬間――


頭の中に、昔の光景が浮かんだ。


小さなテーブル。


今より低い椅子。


向かいに座っている母親。


テレビから聞こえてくる音。


窓の外から差し込む夕方の光。


父親が新聞をめくる音。


隣では、妹が何かを話している。


龍は箸を止めた。


「……」


「どうしたの?」


母親が尋ねる。


「いや……」


龍は周囲を見回した。


今の家と、昔の家。


ほとんど同じだった。


それなのに――


さっき頭に浮かんだ光景は、あまりにも鮮明だった。


何年前のことなのか。


龍にはすぐに分かった。


六歳。


いや……七歳だったか。


その日の天気まで思い出せる。


母親が着ていた服。


テレビで流れていた番組。


父親が新聞をめくった回数まで。


「……全部、覚えてる」


「何が?」


「いや……なんでもない」


龍は笑った。


けれど、心の中には違和感が残っていた。


以前なら、こんなことはなかった。


子どもの頃の夕食なんて、もっと曖昧なものだったはずだ。


忘れていた部分があって当然だった。


なのに今は――


忘れていたはずのことまで、全部戻ってくる。


*


夕食が終わると、妹がソファに座りながらスマートフォンを見ていた。


「そういえば、お兄ちゃん」


「ん?」


「この前のCM見たよ」


「ああ……」


「子どもの頃のお兄ちゃん、めっちゃ笑ってたね」


「やめろよ。恥ずかしい」


「かわいかったじゃん」


「今は?」


「今?」


妹が龍を見る。


「……まあ、普通」


「なんだよ、それ」


二人で笑った。


母親が食器を片付けながら言う。


「昔から変わらないわね」


龍は、その言葉を聞いて少しだけ嬉しくなった。


変わらない。


その言葉が、今は妙に嬉しかった。


俳優として成功しても。


テレビに出ても。


CMに出ても。


家族にとっては、自分は昔と変わらない。


それでいい。


龍はそう思った。


*


その夜。


家族が眠ったあと、龍は一人で客間の布団に入った。


目を閉じる。


眠ろうとする。


けれど――


眠れなかった。


今日の夕食の光景が、頭の中で繰り返されていた。


母親の声。


父親が新聞をめくる音。


妹の笑い声。


料理の味。


部屋の匂い。


照明の明るさ。


すべてが鮮明だった。


「……」


龍は目を開けた。


天井を見る。


「忘れられないって……こういうことなのか」


しばらく天井を見つめる。


そして、もう一度目を閉じた。


その瞬間だった。


――知らない場所が、頭の中に現れた。


白い壁。


白い天井。


病院のような場所。


「……え?」


龍は目を開けた。


しかし、光景は消えない。


ベッド。


白いシーツ。


その横に立っている――女性。


知らない女性だった。


龍は、その顔を知らない。


会ったこともない。


なのに――


胸が締めつけられた。


苦しい。


悲しい。


そして――


会いたい。


「……誰だ?」


女性は何かを話している。


けれど、声は聞こえない。


その隣には、小さな男の子がいた。


泣いている。


涙を流しながら、女性に手を伸ばしている。


「……お母さん」


その言葉を聞いた瞬間、龍の胸が強く締めつけられた。


「……っ」


知らない。


こんな女性は知らない。


こんな子どもも知らない。


なのに――


なぜか、涙が出そうになる。


「……なんで」


龍は胸を押さえた。


「なんで俺が……」


次の瞬間。


光景が消えた。


部屋には、いつもの天井だけが残っていた。


龍はしばらく動けなかった。


呼吸が荒い。


額には汗が浮かんでいる。


「……まただ」


以前にも見た。


病院。


白いシーツ。


泣いている子ども。


けれど、今までより鮮明だった。


そして今回は――


感情まで、はっきり残っている。


龍はスマートフォンを手に取った。


画面を開き、先生とのメッセージを探す。


指が止まった。


少し迷ってから、文字を打つ。


『先生。今日、また変な記憶を見ました』


送信。


すぐには返事が来なかった。


一分。


二分。


三分。


龍は画面を見つめ続ける。


やがて――


既読がついた。


『どんな記憶ですか?』


龍は、見た光景を一つずつ書いた。


病院。


女性。


男の子。


そして、そこで感じた感情。


送信する。


しばらくして、先生から返事が来た。


『……その女性を、知っていますか?』


龍は画面を見つめた。


『知りません』


すぐに返信する。


既読。


けれど、今度は返事が来ない。


龍はもう一度、文字を打った。


『じゃあ、なんで俺はあんなに悲しかったんですか?』


画面には、既読の文字だけが残った。


返事はなかった。


龍はスマートフォンを伏せる。


静かな部屋。


遠くから、家族の寝息が聞こえてくる。


龍は目を閉じた。


すると――


さっきの女性の顔が、また浮かんだ。


知らない女性。


知らない子ども。


知らない病院。


なのに。


龍は、なぜかその女性に会いたいと思った。


「……誰なんだ」


暗い部屋の中で、龍は小さく呟いた。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


HAPPY HALLOWEEN


「悪魔AI」は、まだ終わらない――。


TO BE CONTINUED


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


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