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悪魔AI  作者: 葉流風あやめ


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6/12

第6話 記憶の檻

翌朝。


龍は、いつもより早く目を覚ました。


カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。


昨日見たCMの映像が、まだ頭に残っていた。


幼い頃の自分。


高校生の自分。


そして、今の自分。


「……夢みたいだな」


龍はベッドから起き上がった。


スマートフォンを見ると、末村からメッセージが届いていた。


『龍くん、オーラのCMかなり評判いいぞ』


続けて、もう一通。


『メーカーからも喜ばれてるって。売上も伸びたらしい』


「……本当かよ」


龍は思わず笑った。


『よかったです!』


返信を送る。


すぐに末村から返ってきた。


『最近、本当にすごいな。今日も撮影あるから、遅れるなよ』


『はい』


龍はスマートフォンを置いた。


今日も仕事だ。


そう思うだけで、胸が軽くなった。


*

撮影現場に着くと、スタッフが次々と声をかけてきた。


「神谷さん、おはようございます」


「おはようございます」


「昨日のCM、見ましたよ」


「ありがとうございます」


以前とは違う。


名前を呼ばれる。


スタッフが笑顔で話しかけてくる。


龍は、その変化を嬉しく感じていた。


撮影の合間。


龍は控室で一人になった。


テーブルの上に置かれた台本を開く。


そこに書かれていたのは、今日の撮影とは関係のない、昔のドラマの資料だった。


何気なくページをめくる。


すると――


突然、頭の中に別の光景が浮かんだ。


高校の教室。


夕方のオレンジ色の光。


窓際の机。


黒板に残った文字。


「……?」


龍は手を止めた。


その光景は、一瞬で消えた。


「今の……何だ?」


考えてみる。


高校時代の教室。


確かに、昔そこにいた。


でも――


どうして今、こんなにはっきり思い出したんだろ

う。


*


撮影が終わり、龍は自宅へ戻った。


シャワーを浴び、冷蔵庫を開ける。


飲み物を取り出そうとした、そのとき。


また、何かが頭の中に浮かんだ。


高校の帰り道。


友達と歩いている。


「龍、今日どうする?」


「んー、帰る」


笑い声。


自転車のベル。


夕方の空。


道路脇のコンビニ。


――全部、鮮明だった。


「……」


龍は冷蔵庫の扉を閉めた。


「なんで、こんなことまで覚えてるんだ?」


今までなら、思い出そうとしても曖昧だったはずだ。


高校時代の出来事なんて、何年も前のことだ。


それなのに。


声まで聞こえる。


顔まで見える。


そのときの空気まで分かる。


龍はソファに座った。


目を閉じる。


すると、さらに別の記憶が浮かんだ。


初めて好きになった女の子。


告白した日のこと。


両思いで嬉しかったこと。


その帰り道、二人で一緒に歩いたこと。


「……」


胸が少し痛くなった。


さらに――


父親と喧嘩した日のこと。


『俳優なんて、いつまで続けるんだ』


父親の声。


『俺は絶対に辞めない!』


若い頃の自分の声。


母親が止めに入ったこと。


妹が部屋の隅で泣いていたこと。


全部、鮮明だった。


「……やめろ」


龍は目を開けた。


静かな部屋。


誰もいない。


それなのに、頭の中だけが騒がしい。


「なんで……」


龍は両手で頭を押さえた。


忘れていた。


いや――


忘れたと思っていた。


昔の記憶なんて、時間が経てば少しずつ薄れていくものだと思っていた。


でも違った。


今の龍の中では、何年も前の出来事が昨日のことのように残っている。


「……全部、残ってる」


その言葉が、口からこぼれた。


*


翌日。


撮影現場でも、頭の中から記憶が消えなかった。


スタッフの声を聞けば、昔の誰かの声を思い出す。


香水の匂いを感じれば、学生時代の教室が浮かぶ。


街を歩けば、何年も前に見た風景まで蘇る。


龍は何度も頭を振った。


「……集中しろ」


カメラが回る。


「スタート!」


演技は完璧だった。


それでも、カットがかかった瞬間。


また記憶が戻ってきた。


高校の教室。


夕暮れ。


友達の笑い声。


父親の怒鳴り声。


母親の声。


初恋の相手の顔。


次々と浮かんでくる。


「……っ」


龍は目を閉じた。


もう、何が今の記憶で、何が昔の記憶なのか分からなくなっていた。


*


その夜。


龍はスマートフォンを手に取った。


医師にメッセージを送る。


『先生』


しばらくして、返信が来た。


『どうしました?』


『記憶が多すぎます』


既読がついた。


『具体的には?』


『昔のことまで、全部思い出します』


『どのくらい前の記憶ですか?』


『高校時代です。家族とのことも、初恋のことも……』


少し間があった。


『それが、チップの機能です』


龍は画面を見つめた。


『でも、普通は忘れていくものですよね?』


『人間の記憶は、時間とともに変化します』


『変化?』


『忘れることも、その一つです』


龍は黙った。


さらに入力する。


『俺は……普通に忘れたいです』


しばらく返信がなかった。


やがて――


『それは難しいですね』


龍の指が止まった。


『どうしてですか?』


『あなたは「記憶するため」にチップを入れたからです』


龍は画面を見つめた。


胸の奥が冷たくなる。


『じゃあ……チップを外せば?』


既読。


返信はすぐには来なかった。


数分後。


『外すことはできます』


龍は息を吐いた。


しかし、その次のメッセージを見て、表情が固まった。


『ただし、保存されている記憶も失う可能性があります』


『……どの記憶ですか?』


『すべてです』


龍はスマートフォンを握りしめた。


『全部……?』


『はい』


部屋が静まり返る。


今までの人生。


俳優になったこと。


家族との記憶。


友達との思い出。


好きだった人。


辛かったこと。


嬉しかったこと。


全部。


もし、それを失ったら――


「……俺が、俺じゃなくなるじゃないか」


龍は呟いた。


しばらくして、医師から返信が届いた。


『だから私は、最初に言いました』


龍は画面を見る。


『忘れることは、人間にとって必要なのかもしれないと』


龍は何も返せなかった。


スマートフォンの画面が暗くなる。


黒い画面に、自分の顔が映っている。


龍はその顔を見つめた。


今までなら、忘れていたはずのこと。


時間とともに薄れていったはずの記憶。


それが今は――


一つも消えない。


龍は、もう一度スマートフォンを見た。


そこには、医師とのメッセージが残っている。


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HAPPY HALLOWEEN

「悪魔AI」は、まだ終わらない――。

TO BE CONTINUED

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