第5話 完璧な記憶
チップを入れてから、三か月が経った。
龍の仕事は、一気に増えていた。
ドラマや映画の出演が続き、CMや雑誌の仕事まで入るようになった。
以前とは、何もかもが違っている。
*
ある日の仕事帰り。
龍はドラッグストアに立ち寄った。
街はハロウィン一色で、あちこちでイベントが開かれている。
龍はマスクをして、帽子を深くかぶっていた。
日用品の棚を歩いていると、いつも使っているシャンプーが目に入った。
「そろそろなくなるな」
手に取ったのは、AURA――オーラ。
ボトルを眺め、裏面に目を通す。
成分、香り、商品の特徴。
龍はそのままカゴに入れた。
「オーラでいいか」
*
数日後。
「龍くん、次のCMオーディションなんだけど」
末村から渡された資料を見て、龍は目を止めた。
そこには、先日買ったシャンプーの名前が書かれていた。
「オーラ?」
「そう」
「俺、いつもこのシャンプー使ってるんです」
末村が笑う。
「それならいいじゃん。ちなみにオーラって、20年以上続いてるロングセラーなんだよ。昔は『オーラ薬用ヘアシャンプー』って名前だったんだ」
「そうなんですか?」
龍は少し考えた。
「……小さい頃に使ってた記憶があります」
「じゃあ、その辺も話せたらいいかもな」
「はい」
龍は資料をめくった。
*
オーディション当日。
龍は撮影を終えると、その足で会場へ向かった。
開始時間の三十分前に到着する。
以前なら、オーディション会場に入るだけで緊張していた。
何度も深呼吸をして、手のひらに「人」と書いて飲み込む。
そんなことを繰り返していた。
けれど、今日は違った。
不思議なくらい落ち着いている。
会場には、スーツ姿の審査員が並んでいた。
その中に、一人だけ黒いシャツを着た男がいる。
黒縁のメガネに髭。
日に焼けた肌。
有名プロデューサーの久我直樹だった。
以前、テレビ局ですれ違ったことがある。
面識はない。
それでも久我は、無表情のまま龍をじっと見ていた。
「神谷さん、次お願いします」
隣の女性に声をかけられる。
「はい!」
龍は立ち上がった。
「グランフォース・エンターテインメント所属、神谷龍、29歳です。学生時代は剣道部で、県大会で優勝しました。よろしくお願いします!」
「なぜ、このCMに応募しようと思ったのですか?」
龍は少しだけ目を細めた。
幼い頃の記憶が、自然によみがえる。
「僕は小さい頃から、オーラのシャンプーを家族で使っていました。一人暮らしになった今でも、変わらず使い続けています」
龍は微笑んだ。
「この商品の良さを、もっとたくさんの人に知ってもらいたいと思ったからです」
「ありがとうございます。では、オーラのどこが好きですか?」
年配の審査員が尋ねる。
龍は迷わず答えた。
「髪と頭皮にやさしい洗い心地なのに、洗ったあとはしっとりしていて、重たくならないところです。それに、清潔感のある香りも気に入っています」
審査員たちが顔を見合わせる。
龍は続けた。
「20年以上愛されてきた商品ですし、僕が子どもの頃に使っていたときは『オーラ薬用ヘアシャンプー』という名前でした。今は『オーラ』という名前になって、昔からの良さを残しながら、今の時代に合った商品になったんだと思います」
会場が静かになった。
一人のスタッフが、思わず呟く。
「……完璧だ」
そのとき、久我が初めて口を開いた。
「……神谷さん」
「はい」
「子どもの頃の写真、ありますか?」
「はい。あります」
「CMで使わせてもらうことはできますか?」
「もちろんです!」
龍は思わず身を乗り出した。
「撮影日は、またこちらから連絡します」
「はい!」
笑顔がこぼれる。
「ありがとうございます!」
龍は深く頭を下げた。
*
一か月後。
オーラのCMが完成した。
龍は、完成した映像を一人で見ていた。
画面に映ったのは、幼稚園の頃の自分だった。
お風呂上がりなのか、髪を濡らしたまま笑っている。
くりくりとした目。
少し高い鼻。
無邪気な笑顔。
画面が切り替わる。
小学生の龍。
サッカーボールを抱え、全身泥だらけになりながら笑っている。
次は、高校生。
剣道着を着て、竹刀を握っている。
真剣な表情。
そして――現在の龍。
オーラのシャンプーを手に、カメラを見つめている。
「僕は今でも、オーラを使い続けています」
優しく微笑む。
「僕の髪と地肌を、ずっと守ってくれてありがとう」
少し照れたように笑った。
「やっぱり、シャンプーはこれだなって思うんです」
最後に商品が映る。
『オーラ――20年以上愛されるロングセラー』
映像が終わった。
龍は、しばらく画面を見つめていた。
「……なんか、不思議だな」
幼い頃の自分。
高校生だった自分。
そして、今の自分。
全部が一本の映像になっている。
龍は小さく笑った。
「……あの頃から、ずっと俳優になりたかったんだよな」
22歳のとき。
龍は初めてテレビに出演した。
戦隊ヒーロー番組の追加戦士役。
あのときは、これからどんどん仕事が増えていくと思っていた。
けれど、現実は甘くなかった。
オーディションに落ちる。
仕事が途切れる。
名前すら覚えてもらえない。
「顔はいいんだけどな」
そんな言葉を聞くこともあった。
それでも、龍は俳優を辞めなかった。
七年間。
何度も、諦めそうになった。
それでも――辞めなかった。
そして今。
自分の子どもの頃の写真が、CMになっている。
自分が憧れていた世界の中に、今も自分がいる。
龍は画面を見つめたまま、静かに笑った。
「……やっとだ」
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HAPPY HALLOWEEN
「悪魔AI」は、まだ終わらない――。
TO BE CONTINUED
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