第10話『完璧な俳優』
チップを入れてから、半年が過ぎた。
神谷龍の名前は、いつの間にか誰もが知るようになっていた。
ドラマの主演は各シーズンに必ずあり、映画の主演もひっきりなしだ。
CMは七社。
書店やコンビニには、龍が表紙を飾った雑誌が並んでいる。
SNSのフォロワーは、二百万人を超えていた。
「龍くん、また主演のオファー来てるよ」
マネージャーが新しい台本を渡す。
「ありがとうございます」
龍は台本を受け取った。
表紙を開く。
数ページめくる。
そして、静かに閉じた。
*
「よーい……スタート!」
ドラマの撮影が始まった。
龍が役に入った瞬間、現場の空気が変わった。
怒り。
悲しみ。
愛情。
絶望。
すべてが本物に見える。
相手役の俳優も、龍の演技に引き込まれていく。
台本には書かれていない感情まで、自然に引き出されていた。
「カット!」
監督が立ち上がった。
「……すごい」
しばらく、誰も動かなかった。
「龍、今の……」
「はい?」
「今までで一番よかった」
「ありがとうございます」
龍は丁寧に頭を下げた。
スタッフから拍手が起こる。
龍は笑った。
半年前まで、こんな場所に立っている自分を想像することさえできなかった。
*
撮影の休憩中。
龍は控室でスマートフォンを見ていた。
通知が大量に届いている。
『龍くん、今日もかっこいい!』
『演技うますぎる』
『新ドラマ楽しみ!』
『国宝級俳優』
龍は画面を眺めながら、小さく笑った。
そのとき、メッセージが届いた。
『今度、ご飯行きませんか?』
人気女優からだった。
龍は少し考えてから返信する。
『お誘いありがとうございます』
『今月は撮影が続いていて、なかなか時間が取れそうにありません』
『また撮影でお会いしたときに、ゆっくりお話ししましょう』
送信する。
すぐに返信が来た。
『わかりました』
龍はスマートフォンを伏せた。
*
事務所の壁には、龍が出演したドラマや映画のポスターが並んでいた。
何人かの俳優が、その前で話している。
「神谷龍って、スキャンダルないよね」
「ないね」
「女の子からあんなにモテてるのに?」
「そもそも、遊んでる暇がないんじゃない?」
「それに、誰に対しても丁寧だよね」
「スタッフへの態度もいいし」
「スポーツもできるんでしょ?」
「何でもできるらしいよ」
すると、一人の俳優が笑った。
「俺なんて、誕生日プレゼントにマーティンキムのTシャツもらったんだよ」
「マーティンキム?」
「そう。俺が好きって言ったの、覚えててくれたんだ。誕生日まで」
「それは男でも惚れるやつ!」
「ははは!」
その場に笑い声が広がった。
*
ある日の撮影現場。
事件現場に潜入捜査するシーンで、龍は見事なアクションを披露した。
「カット! 龍くん、よかったよ! アクションまで完璧だよ! かなりギリギリを攻めるから、ハラハラしたよ!」
監督が興奮した様子で声をかける。
「ありがとうございます」
龍は深々と頭を下げた。
「それでは、休憩入りまーす!」
ADが叫んだ。
龍は水を飲み、椅子に腰を下ろした。
ベテラン俳優が龍を見ながら笑った。
「しかし、お前は本当に隙がないな」
「そうですか?」
「ああ」
男は龍を眺める。
「演技も完璧」
「ありがとうございます」
「セリフも一発で覚える」
「まあ……」
「スポーツもできる」
「普通ですよ」
「顔もいい」
「それは……ありがとうございます」
周囲から笑い声が起こる。
ベテラン俳優も笑った。
そして、少しだけ間を置いて言った。
「でもな」
「はい?」
「完璧すぎて……なんだか作り物みたいだ」
一瞬。
龍の笑顔が止まった。
「……」
けれど、すぐに笑った。
「よく言われます」
周囲も笑った。
龍も笑った。
ただ――
胸の奥に、小さな違和感だけが残った。
*
その夜。
ホテルの部屋。
龍は窓の外を眺めていた。
東京の夜景が広がっている。
スマートフォンを見る。
フォロワー数。
2,000,000。
「……二百万人か」
少し考えてから、笑った。
「そろそろインスタライブ、始めようかな。末村さんに聞かないとな」
龍はベッドに腰を下ろした。
ふと、あの医師の言葉を思い出す。
『記憶することは、忘れることより簡単です』
龍は少しだけ眉をひそめた。
そして、小さく笑った。
「……チップを入れて、よかった」
東京の夜景が輝いている。
龍は微笑んだ。
ガラスに龍の姿が映る。
「俺は……売れたんだ」
*
その頃。
誰もいない真っ暗な部屋で、ひとつの画面が光っていた。
『RYU』
『MEMORY 100%』
『EMOTION 100%』
『PERSONALITY 98%』
『ACTING DATA 100%』
数字が、一つずつ更新されていく。
『COPY : 01』
『LEARNING COMPLETE』
そして――
『DIGITALIZATION : READY』
画面が暗くなった。
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HAPPY HALLOWEEN
「悪魔AI」は、まだ終わらない――。
TO BE CONTINUED
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