八
数年後。
愛子は、白衣を着て、研究所の通路を歩いていた。胸には、研究員のIDカードがぶら下がっている。彼女は今、生命の起源に関する基礎研究チームの、若手研究員として働いていた。
進展は、まだ遅い。けれど、確かに、少しずつ、何かが見えてきている。
ある日、愛子は、実験室の窓から、夕焼けに染まる空を見ていた。研究はうまくいかなかった日だった。けれど、不安はなかった。
——一番目の願いから目をそらさず、追い続けること。
愛子は、ふと、ポケットからスマートフォンを取り出した。母からのメッセージが届いていた。
『今日、ピアノの発表会に出てきたよ。お父さんと一緒に聞いてくれたお客さんが、何人か泣いてた。愛子のおかげ』
写真が添付されていた。ステージの上で、ピアノに向かって座る母の後ろ姿。観客席の様子も、少しだけ写っている。
愛子は、その写真を見て、しばらく微笑んでいた。
そして、もう一度、空を見上げた。
夕焼けの中に、最初の星が一つ、ぽつりと光り始めていた。
愛子は、四歳の冬のあの夜のことを思い出した。布団の中で、心の中に灯した、温かくて、柔らかくて、どこまでも広がっていく、何か。
その光は、今も、確かに、彼女の中で輝き続けている。
「……まだ、続くよ」
愛子は、星に向かって、小さく呟いた。
そして、また実験室の中へと戻っていった。明日も、また同じ実験を、別の条件で、繰り返すために。
それが、彼女の、一番目の願いの形だった。




